makiusiのすっとこどっこい日記 -5ページ目

物語『瀬をはやみ』

試合開始まで若干の時間があるので、結水子はトイレに立ち寄っていた。
ついでに愛用のカメラを持って来ていた。体育館の周りにある公園を散歩して、被写体の一つも探そうと思っていた。

結水子が手を洗っていると、他校の制服を着た女子高生が数人、賑やかに入って来た。
「絶対!隼人先輩以外あり得ないでしょ!宝田?ハァ?誰それ、だよっ」
と、いちばん大きな声で熱く語っている女子が、洗面台で手を洗っている結水子に気付き、じろりと睨み付け、フン、と顔を背けて個室の中に入って行った。
結水子はいい気はしなかったが、肩入れする選手がいるということは、その対戦相手のいる学校の生徒は敵に見えるのだろうなと自分なりの理解をして、その場を後にした。

ふらふらと木々の間を散策しながら、結水子は目に映る花や蝶、流れる雲にピントを合わせていた。
美しいな、と感じた。
でも少し、どこか、何か物足りないような気もしていた。
撮らずにはいられない、強い引力を感じる被写体に出会いたい・・・と、かすかに、無意識の領域、本能のようなところで、願っていた。

途中、彼氏とデート中の朝子からツーショットの画像が送られて来て、結水子はそれに対する意地悪な返信をしようと、携帯をいじりながら公園内に点在するベンチを見つけ、腰掛けた。
朝子への返信を終え、ベンチの背もたれに深く寄りかかり、結水子は空を見上げて伸びをした。
と、先日朝子と短歌の話しをしたのを思い出し、週明けに小テストがあった事を連動して思い出した。
「しまった!教科書持って来るんだった」
結水子は授業中に聞いた短歌を思い出そうとした。
「何だっけ・・・瀬をはやみ・・・瀬をはやみ・・・岩に・・・裂かれる、だっけ・・・瀬をはやみ・・・瀬をはやみ・・・岩に裂かれる、滝川の、か」

「岩にせかるる、じゃないですか?」
「うわっ!」
背後からの声に、結水子は軽く飛び上がって驚いた。
朝子への返信に夢中で、自分の座っているベンチの背後にもう一つベンチが、背中合わせに配置されていたことにも、そこに人が寝ていたことにも結水子は気付いていなかった。


物語『瀬をはやみ』

大会当日の朝は、雲ひとつ無い快晴だった。
大会会場に向かうバスの中、もったいない、と結水子は思った。

部活の一環とは言え、別に撮りたくもない柔道部員を撮影しなければいけないとは・・・こんな上天気の日は、空とか木とか、鳥とか花とかが撮りたいなぁ、と、そっと溜め息をついた。
そっとというのは、隣に座っている新聞部員の大滝に聞こえないように配慮しての事だが、当の大滝は全く気付かず、ひたすら今大会の注目選手について、結水子相手に熱く語っている。

「・・・で、順当に行けば73キロ級は、うちのエース宝田とT高の岩谷が決勝で当たるはずだ。番狂わせがあるとしたら、ケガで欠場したY高の薮田の代わりに・・・」

全く興味が無い結水子には何かの呪文のように思え、バスの揺れと大滝の圧で軽く吐きそうだった。

「そういや早瀬、文化祭に出す作品、もう撮ったの?」
ひとしきり大会の見所を伝え終えた安永が話を変えて来た。
「え?いえまだ・・・」
「再来月だろ」
「はぁ」
「去年、一年生でコンクールに出た訳だし、今年も期待されてるんじゃない?」
結水子の学校の写真部は文化祭で、部員が展示した作品の人気投票を行い、上位3作品をコンクールに出品している。
「どうなんですかね・・・」
「早瀬は腕前は確かだから、うちもありがたいよ」
大滝は無邪気に笑った。
「ははは・・・(腕前だけ?)」
バスが会場前に乗り付けた。

物語『瀬をはやみ』

瀬をはやみ岩にせかるる滝川の
われても末に逢はむとぞ思ふ

「これは『詞花集』にある崇徳院の恋の歌で・・・」

昼休みが終わった一発目の授業が古典・・・お腹いっぱいの早瀬結水子は、あくびを噛み殺しながら、先生の読み上げる短歌にぼんやり耳を傾けていた。

「・・・以上10句が、来週明けの小テストの範囲だから、よく読んでおくように」

まさか自分のオノロケ短歌が、900年の時を超えて、未来の教科書に載ろうとは、崇徳院もビックリだろうな~、と、結水子は眠い目をこすりながら思った。

「事細かに、逢はむとぞ の ぞ、は係り結びの係助詞で~、とか分析されちゃってさ。ラブレターなんて書き残すもんじゃないよね~」
放課後。結水子は所属している写真部の部室で、親友の朝子と雑談中。
「だいたい、岩なんて割れたら元に戻んないじゃん」
「は?割れるって、岩じゃないよ」
「え?」
「川の流れが分かれても、って意味だよ」
「え?水圧で岩が割れても、じゃなくて?」
朝子は静かに首を横に振った。
「・・・結水子と恋バナできる日はまだまだ先か」
「私はコレが有れば良いの」
結水子は手にした一眼レフをいとおしげに見つめた。
「人間に恋しなさいって」
「やーだね」
「・・・でもさ」
朝子は窓の外にうっとりと視線を移す。
「時を超えて自分の恋心が生き続けるなんて、ステキだと思うけどなぁ。われても末に・・・なんて、言われてみたいよ」
結水子もつられて窓の外の景色に目をやる。
オレンジ色の夕焼けが空いっぱいに広がっている。
校庭では、運動部員達がそれぞれに走ったり、ボールを追いかけたり、声だしをしている。
「朝ちゃん、彼氏走ってんじゃん」
ニヤリとして朝子の肩を小突く結水子。朝子ははにかみながら、結水子の肩を小突き返した。
「かっこいいでしょ」
「いやぁ・・・汗臭いでしょ」
「・・・本当、結水子って・・・」
朝子が呆れたと同時に、部室のドアが開き、写真部の部長・川上が入って来た。川上は部室を見渡し二人を見つけた。
「あれ、二人だけ?」
「はい」
「そっか・・・じゃあどっちか、明後日の日曜空いてる?新聞部からカメラマン一名派遣してくれって」
「あの、私・・・用事あります」
朝子は彼氏とデートの予定。
「そっか、じゃあ早瀬、頼むな」
「えっ、私も・・・」
用事はなかった。
「何?お前はデートなんて無いだろ」
「・・・どういう意味ですか・・・」
むくれる結水子。
「頼むよ。俺ら3年は模試があるから行けないんだよな・・・本当は俺が行きたかったけど」
「何の取材ですか?」
「ほら、柔道部の県大会!うちの柔道部、今年は精鋭が揃っているから、勝てそうだろ!」
川上は拳を振り上げた。
「えーーーっ!柔道!?よりによって・・・」
うちの学校でいちばん汗臭い、と喉まで出かかったが、頑張って飲み込んだ。
「結水子にも出会いがあるかもよ」
朝子がニヤリ。
「絶対、絶対無いね」

世の中に絶対という事が無い、ということに、結水子はまだ気づいていなかった・・・