物語「瀬をはやみ」
体育館に隣接する3階建ての事務局内の各階にトイレはあり、様々な人が行き来する、出入り口付近の1階トイレは混んでいた。
人混みが苦手な結水子は、外側から混み具合をちらりと覗いて、並ぶのを諦め、上の階のトイレを目指し階段を上り始めた。
2階には、大会に出場する各学校の選手達が詰める控え室があり、昼休憩中なので、柔道部員達の声が賑やかに響いている。
バタバタと階段を降りる音も。
階段の上方に人の気配を感じ、結水子は顔を上げた。
「あ・・・」
ジャージ男子がいた。
目が合った。
次の瞬間、
「あっ、崇徳院さん!」
隼人が笑顔で結水子を指さした。
「え、あ!」
あまりに突然で、結水子は階段を踏み外しそうになった。言葉が出て来ない。
「何?隼人、彼女?」
隼人の隣にいた柔道着姿の男子部員が、驚いた様子で食い付いた。
「いつの間に作ったんだよ?」
「いや違うって」
隣の男子部員は、隼人の話をまるで聞かないで、結水子を興味深そうに見た。
「え、何、M高じゃん?彼女、よりによって宝田のM高か!」
「違うって・・・って、M高の子だけど」
彼女 というのを否定されたのが、チクッと痛かった。
しかし隣の男子部員は、やっぱり話を聞いていない。今度は結水子に質問を始めた。
「彼女は、やっぱりM高の応援で来たの?それとも隼人の応援?」
「え、あの・・・」
隼人の応援はし始めているけど、どう答えれば良いのか考えて、間が開いてしまった。
「だから違うって・・・いや、応援はして欲しいけどさ」
「おっ・・・応援はしてます!」
とっさに、結水子が言い切った。
その声の大きさに驚いた隼人と男子部員が、同時に結水子を見た。
「・・・してます」
「・・・ありがとうございます!」
隼人が結水子に深く一礼した。結水子は、綺麗なお辞儀だ、と感じた。
頭を上げた隼人の表情・・・屈託の無い、嬉しそうな笑顔だった。
「・・・先行ってっから、後は若い二人でどうぞ~」
男子部員は階段を降りて事務局を出て行った。
人混みが苦手な結水子は、外側から混み具合をちらりと覗いて、並ぶのを諦め、上の階のトイレを目指し階段を上り始めた。
2階には、大会に出場する各学校の選手達が詰める控え室があり、昼休憩中なので、柔道部員達の声が賑やかに響いている。
バタバタと階段を降りる音も。
階段の上方に人の気配を感じ、結水子は顔を上げた。
「あ・・・」
ジャージ男子がいた。
目が合った。
次の瞬間、
「あっ、崇徳院さん!」
隼人が笑顔で結水子を指さした。
「え、あ!」
あまりに突然で、結水子は階段を踏み外しそうになった。言葉が出て来ない。
「何?隼人、彼女?」
隼人の隣にいた柔道着姿の男子部員が、驚いた様子で食い付いた。
「いつの間に作ったんだよ?」
「いや違うって」
隣の男子部員は、隼人の話をまるで聞かないで、結水子を興味深そうに見た。
「え、何、M高じゃん?彼女、よりによって宝田のM高か!」
「違うって・・・って、M高の子だけど」
彼女 というのを否定されたのが、チクッと痛かった。
しかし隣の男子部員は、やっぱり話を聞いていない。今度は結水子に質問を始めた。
「彼女は、やっぱりM高の応援で来たの?それとも隼人の応援?」
「え、あの・・・」
隼人の応援はし始めているけど、どう答えれば良いのか考えて、間が開いてしまった。
「だから違うって・・・いや、応援はして欲しいけどさ」
「おっ・・・応援はしてます!」
とっさに、結水子が言い切った。
その声の大きさに驚いた隼人と男子部員が、同時に結水子を見た。
「・・・してます」
「・・・ありがとうございます!」
隼人が結水子に深く一礼した。結水子は、綺麗なお辞儀だ、と感じた。
頭を上げた隼人の表情・・・屈託の無い、嬉しそうな笑顔だった。
「・・・先行ってっから、後は若い二人でどうぞ~」
男子部員は階段を降りて事務局を出て行った。
物語『瀬をはやみ』
「・・・早瀬も一応女だったんだなぁ」
缶コーヒーをすすりながら大滝がボソッと言った。
体育館の外で、結水子達は昼休憩をとっていた。
隼人の姿を見て涙していたのを、大滝に目撃されてしまい、結水子はかなりばつが悪かった。
「・・・これまで何だと思ってたんですか」
照れているのを見られないように、大滝に背中を向けている結水子が呟いた。
「記事にはしないから安心しな」
「・・・誰も読まないでしょうよ」
「で?」
「?何ですか?」
「どうすんの?」
「いつ告る?」
「は?」
「早いとこ勝負かけないと、岩谷モテるからな」
「いや、別に私は・・・」
「ホラ」
大滝があごをしゃくって示した方向を見たら、隼人が取り巻きの女子学生にチヤホヤと囲まれている様子があった。
その中には先刻の女子マネージャーの姿もあった。
「見てるだけで良い?」
「え・・・」
そう言われると、良いという気はしなかった。
「学校も別だしな・・・連絡先も誕生日も趣味も特技も好みのタイプも、情報何にも知らないだろ、今日この時が、最初で最後のチャンスかも分からんよ」
「・・・そんな急に色々言われても・・・」
実際、どうしたら良いのか、結水子には全く分からなかった。ただ惹かれているだけで、現実に何か関わりを持ちたいかははっきりしなかった。
「・・・トイレ行って来ます」
「おぉ、しっかり告って来いよ」
「告らないし・・・」
結水子は足下の小石を軽く蹴飛ばし、歩き出した。
缶コーヒーをすすりながら大滝がボソッと言った。
体育館の外で、結水子達は昼休憩をとっていた。
隼人の姿を見て涙していたのを、大滝に目撃されてしまい、結水子はかなりばつが悪かった。
「・・・これまで何だと思ってたんですか」
照れているのを見られないように、大滝に背中を向けている結水子が呟いた。
「記事にはしないから安心しな」
「・・・誰も読まないでしょうよ」
「で?」
「?何ですか?」
「どうすんの?」
「いつ告る?」
「は?」
「早いとこ勝負かけないと、岩谷モテるからな」
「いや、別に私は・・・」
「ホラ」
大滝があごをしゃくって示した方向を見たら、隼人が取り巻きの女子学生にチヤホヤと囲まれている様子があった。
その中には先刻の女子マネージャーの姿もあった。
「見てるだけで良い?」
「え・・・」
そう言われると、良いという気はしなかった。
「学校も別だしな・・・連絡先も誕生日も趣味も特技も好みのタイプも、情報何にも知らないだろ、今日この時が、最初で最後のチャンスかも分からんよ」
「・・・そんな急に色々言われても・・・」
実際、どうしたら良いのか、結水子には全く分からなかった。ただ惹かれているだけで、現実に何か関わりを持ちたいかははっきりしなかった。
「・・・トイレ行って来ます」
「おぉ、しっかり告って来いよ」
「告らないし・・・」
結水子は足下の小石を軽く蹴飛ばし、歩き出した。
物語『瀬をはやみ』
試合直前、それまでニコニコ機嫌よく動き回っていた隼人は、場外に正座をし、自分の出番に備えて静かに目を閉じ精神集中を始めた。
結水子から見てその姿は逆光で、隼人が光を背に、何かに祈りを捧げているように感じられた。
思わず、レンズの焦点を合わせてシャッターを切っていた。
祈りの邪魔をしてはいけないと思いつつ、その瞬間を閉じ込めたい、という気持ちに負けて、一枚だけ・・・
背筋を伸ばして、深く呼吸をし、凪いだ水面のように静かに、隼人はそこに座っていた。
結水子の世界からも、音が消えた。
隼人が立ち上がり、試合場の中心部の白線の前に立ち、対戦相手に深々と一礼した。
その礼の姿勢、身のこなしが、それまで見た他のどの選手達よりも、美しく感じられた。
相手選手と柔道着を取り合い、掴み、押して、引いて、一瞬の隙を感じ取り、足払いをかけて相手の重心を崩し、くるっと一気に投げ倒す・・・その一連の動き全てが、いきいきと、無駄なく流れていた。
一枚、また一枚、その姿を、結水子はカメラに収め続けていた。
不思議な感覚だった。
自分の目の前に隼人がいて、彼が今この瞬間を夢中で生きている。その姿を見ている自分が、何故か、喜んでいる。
その喜びは、結水子の心の奥深くから、静かに、でもすごく強いエネルギーで沸き上がってくる。
懐かしさが溢れ、胸が締め付けられるように痛んだ。
自分ではない別の誰かが、結水子を通じて感じているような感覚・・・
気付いたら、結水子の頬を涙が伝っていた。
後日、隼人と同時に別ブロックで試合をしていて、見事な一本勝ちを決めた自校の選手に、一枚も写真が無いとクレームをつけられる事になったが、結水子はこの時、申し訳ないが正直それどころではなかった。
本人の意思でどうすることもできないような思いに囚われ、動揺していた。
結水子から見てその姿は逆光で、隼人が光を背に、何かに祈りを捧げているように感じられた。
思わず、レンズの焦点を合わせてシャッターを切っていた。
祈りの邪魔をしてはいけないと思いつつ、その瞬間を閉じ込めたい、という気持ちに負けて、一枚だけ・・・
背筋を伸ばして、深く呼吸をし、凪いだ水面のように静かに、隼人はそこに座っていた。
結水子の世界からも、音が消えた。
隼人が立ち上がり、試合場の中心部の白線の前に立ち、対戦相手に深々と一礼した。
その礼の姿勢、身のこなしが、それまで見た他のどの選手達よりも、美しく感じられた。
相手選手と柔道着を取り合い、掴み、押して、引いて、一瞬の隙を感じ取り、足払いをかけて相手の重心を崩し、くるっと一気に投げ倒す・・・その一連の動き全てが、いきいきと、無駄なく流れていた。
一枚、また一枚、その姿を、結水子はカメラに収め続けていた。
不思議な感覚だった。
自分の目の前に隼人がいて、彼が今この瞬間を夢中で生きている。その姿を見ている自分が、何故か、喜んでいる。
その喜びは、結水子の心の奥深くから、静かに、でもすごく強いエネルギーで沸き上がってくる。
懐かしさが溢れ、胸が締め付けられるように痛んだ。
自分ではない別の誰かが、結水子を通じて感じているような感覚・・・
気付いたら、結水子の頬を涙が伝っていた。
後日、隼人と同時に別ブロックで試合をしていて、見事な一本勝ちを決めた自校の選手に、一枚も写真が無いとクレームをつけられる事になったが、結水子はこの時、申し訳ないが正直それどころではなかった。
本人の意思でどうすることもできないような思いに囚われ、動揺していた。