makiusiのすっとこどっこい日記 -4ページ目

物語『瀬をはやみ』

体育館の壁沿いに、結水子と新聞部員の大滝が陣取って、先刻開始した試合を見ている。

三脚にカメラをセットし、我が校の選手達の活躍を職人気質に淡々と撮影する結水子だったが、シャッターを切る手が止まる時が何度かあった。
隣にいる大滝は、結水子が心ここにあらずになるのがどの時か、その法則を割と早い時期に見破った。
「・・・あのな早瀬」
「はい」
仕事モードの結水子は、大滝の顔も見ず、試合中の選手の写真を手際よく撮り続けながら返事をした。
「Aブロック、次の次出て来るけど・・・うちの選手がBブロックで出番かぶるから気を付けてな」
「!?」
驚いて大滝を見る結水子。
「な・・・んのことですか」
大滝がAブロック方面を無言で指差す。その先にいるのは、先刻結水子が遭遇した"ジャージ男子"だった。
「え?あ、その・・・え?」
「分かりやすく動揺するなぁ」
大滝は、仲間の部員と楽しそうにストレッチをしているジャージ男子を眩しげに見つめて言った。
「ウチのエースの最大のライバル、T高の岩谷隼人」
「岩谷・・・」
結水子は頭の中でその名前を繰り返した。
「対戦相手の選手を推すのもどうかと思うけど・・・俺も岩谷は格好いいと思う」
「え・・・?」
「いや、変な意味じゃなく!」
明らかに引いている結水子の表情に、大滝は慌てて弁解した。
「・・・今はあんな風にキャッキャしてるけど、試合直前になると全然変わるよ。スゴい集中力」
「へぇ・・・」
結水子はいつの間にかカメラを離し、ジャージ男子、岩谷隼人を見つめていた。
「露骨に職場放棄するなよ・・・次の次、岩谷ばかり見てウチの選手を撮り忘れるなよ」

大滝のその言葉が前フリであったかのように、結水子は隼人に視線を奪われ、その試合、自校の選手を一枚も撮影できなかった。

物語『瀬をはやみ』

ジャージ男子は小気味良くアキレス腱を伸ばしながら結水子に話し続けた。 その動きには無駄がなく、結水子はずっと、見てしまった。
「『崇徳院』でしょ。「われても末に買わんとぞ思ふ」って」
その人懐こさからか、何となく結水子には、彼がずっと昔からの知り合いのように感じられた。人見知りする方なのに、壁を感じなかった。
「・・・やっぱり、授業で習ったんですか?」
「いや、うちのじいちゃんが好きで、よく一緒にラジオとかで聞いてたから。寄席でも聞いたなぁ」
「はぁ・・・」
寄席とは何?と思いながら結水子は、何気なく、機敏な動作でストレッチを続けるジャージ男子を、カメラ越しに覗いてみた。
と、それに気付いた男子がストレッチを止め、結水子の向けたカメラに向かって、ニッコリ笑ってVサインしてみせた。

「あ・・・」
その笑顔を捉えた瞬間、結水子は妙な気持ちになった。

この笑顔を知っている、と感じた。



「せーんーぱぁーーい!」
と、その空気を一瞬にして壊してしまうような甲高い声が響いた。
スポーツバッグを肩に下げた、マネージャーらしい女子生徒が、ジャージ男子めがけてダッシュして来た。
先刻トイレですれ違った元気な女子だと結水子は気付いた。
「隼人先輩!なにこんな所で遊んでんですかぁ!もう集合ですよ!」
「はいはい」
女子マネージャーは、カメラ片手に成り行きを見ている結水子に気付いた。
「何ですか?」
「え?」
「あなた、M高の人ですよね。許可なく撮影とか止めてくれませんか?」
結水子は、明らかに喧嘩腰の女子マネージャーにひるんでしまった。
「あの・・・すみません・・・」
「写真、消してください」
女子マネージャーが、結水子のカメラに手をかけひったくって取り上げた瞬間、
「止めろ」
ジャージ男子がマネージャーの手首を掴んで、結水子のカメラを取り返した。
「俺が取材してくれって売り込んでたの。絶対優勝するから、今のうちインタビューしてくれって」
ジャージ男子は結水子にカメラを優しく返した。
「嫌な思いさせてゴメンな」
「・・・全然です」
結水子は実際、何一つ嫌ではなかった。
「良かった」
ジャージ男子はほがらかに笑った。 そして、面白くなさそうな表情のマネージャーに手を引かれて体育館に去って行った。

「・・・あ」
カメラを取り返してもらったお礼を言うのを忘れてた、と結水子はぼんやり思っていた。
それから、さっきの笑顔、写真に残したかったな、と、残念に思った。

物語『瀬をはやみ』

「えっ、あの・・・」
結水子は声の主を見返した。
どこか知らない他校のジャージを着ている。

「岩に、せかるる、滝川の」
と言うと、ジャージ男子は大きなあくびをしてベンチから立ち上がって、体を伸ばし始めた。
「・・・」
不審者を見るような結水子の視線に気付いて、ジャージ男子はしまった、という表情になった。
「いや、聞く気はなかっんだたけど、つい・・・ホラ、人の鼻歌が間違ってると気になるあの感じで・・・出過ぎた真似を・・・すみません」
ジャージ男子は頭を掻いきながら謝ってきた。
「いえ・・・ご指摘ありがとうございます」
結水子は探り探り、ジャージ男子に会釈した。と、男子はパッと笑顔を見せた。
「どういたしまして!」
そのオープンマインドさに、結水子は少しドキッとした。

耳や手の関節にできたタコから、またこの日この場所にいるということからも、恐らく柔道部員なのだろうと察しがつくが、急に話しかけてきたその人物は、結水子のイメージしているような、ゴリゴリの格闘家という感じではなく、中肉中背の、どこにでもいる普通の高校生という風情だった。
そして、もうすぐ大会が始まるというのに、人気のない公園のベンチで、一人こっそり時間を潰している・・・
雑用から逃げて来た補欠か、と結水子は判断した。

「その制服って・・・T高か。マネージャー?」
「えっ・・・と、マネージャーではなく、取材で」
「そっか。俺の取材もしとく?今のうちに何でも聞いて」
ジャージ男子はニコニコしながら結水子に向き合った。
「えっ、いや、別に・・・」
興味が無いから、というより、向き合った時、思いの他相手の身長が高かったことにドキリとして、無愛想な答えになってしまったのを、結水子は少し後悔した。
「後悔するなよ」
ジャージ男子が、ははっ!と笑って言った。結水子は考えを読まれた!?とばかりに驚いて男子を見返した。
「俺、優勝しちゃうよ」
ジャージ男子は、水が流れるようにさらりと言い放った。そこに気負いは全然なかった。