映画『夜明けのすべて』
『夜明けのすべて』
(上映中~:J-MAXシアターとやま、TOHOシネマズファボーレ富山、TOHOシネマズ高岡)
PMS(月経前症候群)のせいで月に1度イライラを抑えられなくなる藤沢さんは、
会社の同僚・山添くんのある行動がきっかけで怒りを爆発させてしまいます。
転職してきたばかりなのにやる気がなさそうに見える山添くんでしたが、
彼もまた、パニック障害を抱え生きがいも気力も失っていました。
そんな二人がお互いの殻を溶かし合っていくという物語です。
瀬尾まいこさんの同名小説を三宅唱監督が映画化しました。
三宅監督は『ケイコ 目を澄ませて』と同様、今回も16mmフィルムでの撮影。
独特のザラザラした映像の質感に、なんともいえぬ温もりを感じます。
32mmでもなく16mm。差し込む夕日も柔らかくて優しい光になります。
それと、『ケイコ~』の岸井ゆきのさんもそうでしたが、
本作の上白石萌音さんもノーメーク(風?)がしっくりくる女優さんで、
その表情も16mmの方が映えるのかな・・・なんて感じたりもしました。
藤沢さんは上白石萌音さん。山添くんは松村北斗さん。
『カムカムエヴリバディ』(好きでした!)のコンビですね。
萌音さんは言うまでもなく、松村さんも達者な俳優さんだと思います。
にしても、この映画、企画・制作はホリプロなんですが、
主演は東宝芸能とSMILE-UP.(旧ジャニーズ)所属の俳優さんですね。
ひと言で終わらせるなら、私の好きなタイプの映画でした。
主人公の二人には病気があるけど、それも含めて日常が描かれています。
全ての出来事がそんなに特別じゃないから感情移入もしやすい。
山添くんではないパニック障害の人の日記に
「生きるのが辛い。でも、死にたくもない」という一節があって、
正直、私もしょっちゅうそんなことを感じながら毎日を送っています。
(以下、“適度”にネタバレしています。ご了承ください)
好きなところが幾つもあって、
藤沢さんも山添くんも、病気に関係なく、特に“いい人”じゃないんですよ。
山添くん、その正直さはパニック障害関係ないですよね。
いや、ハッキリしないよりハッキリした方が良いのですが、
その言い方がね、ちょっと感じ悪いですよ。ということの自覚がありません。
でも、私も似たようなところあります。はい、私もいい人じゃないので(^_^;)
一方の藤沢さん、症状が出ないときの藤沢さんは気を遣いすぎで、
私はいい人じゃないから(しつこい!)、その気遣いは重く感じてしまいます。
やたらと同僚社員に差し入れをするのを、先輩社員が優しく咎めました。
久保田磨希さん演じる先輩女子社員。さりげない優しさがある人でした。
私は後輩にあんなふうに接してこれたかなぁ・・・。
「いい人」というなら、二人が勤める栗田科学の社員の皆さんの方です。
社長と先輩女性社員は間違いなく事情を知っています。他の社員も多分。
でも、問題が起きたら対応するだけで、普段から気を遣ってるわけでもない。
新年の目標は会社を潰さないことと社長が言うような経営状況の会社ですが、
「俺もここで働きたい」と思える社内の雰囲気がありました。
PMSもパニック障害も本人にとっては症状としてもつらい病気だし、
周囲の理解も得られにくいという点でもつらい病気なのだと思います。
なので、本作でも重要なポイントであることは間違いないですが、
実はつらい思いは栗田科学の社長も山添くんの元上司もしています。
光石研さん、渋川清彦さん、好きな俳優さんです。
みんなそれぞれに事情を抱えていて、誰が一番つらいとかじゃないですね。
そして、それを互いに理解し合うのは簡単なことではないです。
藤沢さんは最初に勤めた会社ではPMSのことは黙っていました。
当然、症状は出ます。何も知らない会社側としては対処に困りますよね。
あの会社の上司さんも、そんなに悪い人ではなかったように思います。
でも、話していたら環境が良くなったかどうかは難しいところです。
藤沢さんも経験上、そこは分かっているので話さなかったのかもしれません。
そんな中、栗田科学にはパニック障害の山添くんがいた。
藤沢さんが思わず「一緒に頑張ろう」なんて言っちゃったんで、
山添くんは「それは違うんじゃないか」と心閉ざして・・・。
でも、なんだかんだで接触を試みる藤沢さんに対して、
山添くんも彼女を理解してみようと思い始めます。
同僚ですから。仕事も一緒にします。
ならば、自分も病気があるし、同僚の病気も理解してみようかな。
マニュアル的に対処法を考えるんじゃなくて、
その病気を理解した上で対処の仕方を考える。違いがありますよね。
で、藤沢さんを理解しようと思ったら、
会社の他の同僚の人たちの気持ちも少し分かり始めた。
前の会社に戻りたいと思っていたけど、栗田科学も悪くないな・・・。
そんな感じですかね。特別な話じゃないんです。なので共感できる。
徐々に藤沢さんと山添くんの距離も近づきました。
私がこの作品ですごく好きなのは、その距離感といいますか、
あくまでも二人は気のおけない同僚になっただけだったところです。
もし恋愛関係なんかになっていたら、
いや、そういうこともあるでしょうが、私は興ざめしたかもです。
他にも放送部の中学生のこととか、プラネタリウムのこととか、
残されていたカセットテープのこととか、
キリがないので、書かずにおきますが、いろいろ良かったです。
その後、藤沢さんはなるようになる決断をしました。
これも、そんなに紆余曲折なくて、なるようになってます。
でもって、ラストシーンの栗田科学の雰囲気がまた良くて・・・。
暗い夜が明けて、昼間は陽がさして、柔らかい雰囲気の日常がある。
こういう映画、好きなんです。確定ではないですが、「今年の10本」候補です。