映画『ケイコ 目を澄ませて』 | 牧内直哉の「フリートークは人生の切り売り」Part2

映画『ケイコ 目を澄ませて』

『ケイコ 目を澄ませて』

(上映中~2/3:ほとり座)

公式サイト:https://happinet-phantom.com/keiko-movie/

 

生まれつきの聴覚障碍で両耳とも聞こえない小河恵子は、

再開発が進む下町の一角にある小さなボクシングジムで日々鍛錬を重ね、

プロボクサーとしてリングに上がっているという物語です。

実際に聴覚障碍の元プロボクサーである小笠原恵子さんの自伝を原案に、

三宅唱監督が共同脚本も担当し、岸井ゆきのさん主演で映画にしました。

 

これは何度も何度も当ブログに書いてきましたが、

主演の岸井ゆきのさん、本作でも本当に素晴らしかったです。

恵子は聴覚障碍者でほぼ声も出しましませんし、

手話で訴えるシーンも多くなく、笑顔が少ないだけでなく、

表情も形はそんなに変わってないんですが、

でも、彼女の中にある感情みたいなものはちゃんと出てるんです。

ボクサーとしての動きも相当稽古したのではないかと思われます。

そして、ボクサーの時はノーメイク(orノーメイク風)で、

仕事の時のメイクも薄目で、それもやけに魅力的でした。

 

物語の始まりで、既に恵子はプロボクサーとして1勝してました。

生まれつきの聴覚障碍者がボクサーになるのもたいへんですから、

プロを目指して、合格して、1勝するまでの過程を描いても良さそうですが、

本作はその後の彼女の日常が、さして劇的でもなく展開していきます。

でも、目が離せない、集中して観てしまう99分でした。

物語というより、日々の積み重ねの中で恵子の感情が展開していたので。

 

(以下、“適度”にネタバレしています。ご了承ください)

恵子は2戦目も勝利しましたが、1戦目はKO勝ちで今度は判定。

勝ったけど、相手のパンチもかなり受けて顔が大きく腫れています。

心配する母親の「いつまで続けるの?」という問いには答えませんが、

実はリングに上がる怖さも感じてはいるのでした。

「お休みしたいです」と書いた紙をジムの会長に渡したいと思った矢先、

ジムの閉鎖を知り、しかも、会長が倒れて入院してしまいます。

 

岸井ゆきのさんもですが、会長役の三浦友和さんも素晴らしかったです。

ジムの他のトレーナーさんも、それぞれに恵子のことを見ていますが、

会長だけが恵子の不安を感じ取り、次の試合を延期してもいいと言います。

でも、その一方でボクサーとしての彼女にも期待してるんです。

前のジムではスパーリングもさせてもらえなかった彼女を預かり、

対話をして、意思を確認して、プロになるまでに育てたのですから。

 

会長は手話も筆談も使わず、恵子に優しく語りかけていました。

ミット打ちの相手をしているときも、言葉ではない対話をしているよう。

会長をはじめ、ジムの人たちは手話を使いません。

恵子の弟は流ちょうに、言葉を発しないで手話で会話をしています。

母親は手話を使いますが、同時に言葉も発していました。

 

この辺の違いは、昨期のドラマsilentでも描かれていて、

それについて、ドラマではいろいろ語られるシーンがありましたが、

本作ではその違いについて特にああだこうだは言ってません。

去年は映画でもコーダ あいのうたがあって、

ドラマでは今期も聴覚障碍者が主人公のものがあって、

でも、描かれ方がそれぞれに違うなぁと思います。

 

それと、本作の演出で面白いと思ったのは、

恵子と弟との手話での会話は、サイレント映画調の台詞字幕が登場して、

恵子の職場の手話が上手な同僚との会話では、いわゆる普通の字幕が出て、

聴覚障碍者同士の手話での会話は、まったく字幕が出てきませんでした。

なので、その会話は私は理解することができませんでした。

あと、本作は音楽が流れません。生活音だけが聞こえてきます。

街の音、ボクシングの音、人の声、怒号・・・など。

何か研ぎ澄まされた感じがします

 

プロボクサーとしてだけではない日常も描かれています。

すぐに感じるのは、世間の健常者の多くは、

障碍者に理解がないというよりも、接し慣れていないということ。

特に聴覚障碍者は、パッと見ただけでは分からない難しさがあります。

コンビニの定員さん、マニュアル通りの応対をしていますが、

聴こえないから返事ができない恵子の真実に気がつきません。

夜中に川岸で一人立っている恵子を見つけた警察官は、

彼女が聴覚障碍者だと知っても、マスクしたまま話しかけてました。

 

当然ですが、プロボクサーとしてのハンデもあります。

リングでは選手にトレーナーの指示が飛ぶのが普通ですが、

彼女には大声を張り上げても何も伝わりません。

レフェリーの注意も、ダウンした時のカウントも聞こえない。

あの3戦目のレフェリー、彼女の耳のこと知ってたんですかね。

知っててあのジャッジングはないんじゃないかなぁと思ったりして。

 

恵子は孤高のプロボクサー。本人もそう自覚していました。

が、日々を重ねる中で、その感情に変化が訪れます。

終盤、彼女がはっきり笑顔になるシーンが少し増えました。

世の中の全ての人とコミュニケーションを取らなくてもいいけど、

孤高を決め込む必要もなく、歩み寄ってくれる人には素直に接する。

障碍の有無に関わらず、そういうことなのかな・・・とも感じました。

え?ここで?というところで映画は終りますが、

彼女の人生は当然、まだまだ長く続くわけで・・・ということです。

 

ほとり座では珍しく3週間のロングラン(?)上映です。

1月21日(土)からは三宅唱監督特集も始まり(~2/3まで)、

27日(金)には三宅監督の舞台挨拶も予定されています。