映画『すばらしき世界』 | 牧内直哉の「フリートークは人生の切り売り」Part2

映画『すばらしき世界』

『すばらしき世界』

(上映中~:TOHOシネマズファボーレ富山、TOHOシネマズ高岡)

公式サイト:https://wwws.warnerbros.co.jp/subarashikisekai/

 

佐木隆三さんが実在の人物をモデルにつづった小説「身分帳」を原作に、

これまでオリジナルにこだわってきた西川美和監督が映画化したものです。

例によって原作未読ですが、

西川監督の過去作はいろいろと考えさせられる面白さがあるものばかりで、

本作もまさにそんな感じで★5つでございました。

殺人犯だった三上正夫が13年の刑期を終えて出所し、

今度こそ堅気の暮らしをするのだと決意したのだけれど、

思い通りの生き方はできずもがく姿が描かれています。

 

先日観たばかりのヤクザと家族と重なるところがありますが、

あの作品より少しだけ救いがあります。でも、“少しだけ”です。

また、三上役は役所広司さんが演じてまして、

役所さん、うなぎ(1997年)でも殺人犯で出所して・・・という役でした。

正直、公開当時に観たっきりで記憶は薄れていますし、

特に比較の必要もないですが、あれよりは救いがなかった印象です。

 

序盤の数分で、三上はかなりひどい高血圧症であること、

長く刑務所にいたからか、そもそもの人柄でそうなったのか、

刑務官からの心証はそれほど悪くはないけれど、

ちょっとどこか面倒なところがあるとも思われているであろうこと、

そして、三上は自分が犯した殺人を、

行為としては間違っていたとは思っていないことが分かります。

なので、仮出所ではなく満了するまで刑務所にいたのでしょう。

この人間性の三上が堅気の生活を始めると・・・。

 

(※以下、ネタバレはあまり気にせず書いてます)

三上は社会復帰したら幼い頃に自分を捨てた母に会いたいと思い、

テレビ番組に母親を探してもらおうと自分のことを売り込んでいました。

ここでディレクターの津乃田という青年と出会うことになります。

津乃田はいったんはテレビの世界を離れ、今は作家を目指していますが、

芽が出ておらず、やり手の女性プロデューサーの吉澤に声をかけられました。

 

吉澤は殺人犯が更生して母親との涙の再会という流れを考えていましたが、

津乃田は“身分帳”という受刑者の経歴が細かく分かる個人台帳を読み、

「十犯六刑」という彼の前歴に嫌な予感を覚えずにはいられません。

ところが、実際に会ってみると、特に怖い人ではありませんでした。

津乃田はまず、三上の「更生」の部分をカメラに収めようとします。

この津乃田を演じているのが仲野太賀さん。今回も好演してます。

 

とにもかくにも、三上の堅気としての生活が始まりました。

上は200以上、下は130台という高血圧の彼は、医師から安静を言われ、

身元保証人の弁護士はしばらく生活保護をもらって暮せと助言しました。

しかし、生活保護は恥だと考える三上はすぐに職に就こうとします。

 

これが、当然のように見つかりません。

刑務所でミシンを学び、洋裁の技術を身につけても働く場所がない。

ケースワーカーの井口から「反社の人は・・・」と言われてしまいます。

この井口を北村有起哉さんが演じています。『ヤクザと家族』ではヤクザ役。

ヤクザから公務員まで凄いふり幅ですが、北村さんはいつでも上手い。

ちなみに、康すおんさんも本作では序盤に堅気(医師)役で出演されてます。

 

もう一人、重要なポジションで登場するのが近所のスーパーの店長さん。

狭い町内で三上が殺人犯だったことを知った町内会長でもある店長は、

普通に買い物をしただけの三上に窃盗の嫌疑をかけますが、

その誤解が解けると、今度は親身に就職の相談に乗ったりしてます。

で、運転免許があれば運送屋の仕事を紹介できると助言しました。

この役は六角精児さん。もう味がありすぎる。

 

三上は刑務所暮らしで運転免許を失効していました。

自分の都合で担当者に食って掛かりますが、再交付されるわけもなく、

かつては運転していたのだからと、一発試験で合格しようとしますが、

これは普通の人でも簡単じゃありません。三上の運転は無茶苦茶でした。

ここはコメディータッチでもありますが、三上はかつてはヤクザだったわけで、

その時も多分“そういう”運転だったのではないかと想像できます。

 

そう、三上は堅気として暮らした時間がほとんどないので、

我慢する、コツコツやるということができません。すぐに答えを欲しがります。

そして、実は自分の正義感を即行動に移さずにはいられない、

しかも、暴力によって解決するしか手段を知らない男でした。

50代半ばかもう少し上かと思われる三上は人生の大半を刑務所で過ごし、

要は堅気としては何も学んでこなかった人生だったということです。

子供時代の環境と学習はやはり大事なものだと感じずにはいられません。

 

ある夜、中年男性がチンピラに絡まれているところに遭遇した三上は、

中年男性を助ける方法として、迷いなくチンピラを半殺しの目に合わせました。

人助けは正義。悪人を懲らしめるのも正義。彼の中では正義の行為。

しかし、半殺しにするのは正義なのか。三上にはそこへの思慮はないのです。

津乃田はカメラを持ったまま、その現場を撮影することなく逃げだしました。

 

凄く興味深かったのは、その時に吉澤が激怒して津乃田に吐いたセリフ。

「あんた終わってる。撮らないなら止めろ、止めないなら撮れ!」

「終わってる」は言い過ぎというか、ちょっと酷い感じがします。

その一方で、「撮らないなら・・・」に関しては、

私は仕事柄ということを抜きにしてもある程度の理解を示せます。

が、マスコミ嫌いの人が聞いたら喜んで飛びつきそうな一言と吉澤のキャラ。

長澤まさみさんが演じてまして、短い出演時間でインパクト大でした。

 

結局、テレビ番組の企画はお蔵入りになり、

津乃田はディレクターでなくなりますが、逆に三上との距離は縮まります。

彼だけでなく、何人かの人が三上に更生の手を差し伸べ、助言をします。

なんと、堅気の窮屈さに耐えられずに向かった旧知のヤクザの家でも、

そこの極道の妻にヤクザの世界に戻らないよう諭されました。

これは『ヤクザと家族』で描かれていた没落した組の惨状そのままでした。

極妻役のキムラ緑子さんの心が少し揺れた演技も印象的でした。

 

極妻は別れ際、三上に「娑婆は我慢の連続」と言い聞かせました。

これは前にも書きましたが、そう、堅気の方が我慢強いんです。

三上は今度こそ、堅気の生き方をしようと誓い組を後にします。

帰ると、実は親身になってくれていた井口の働きで仕事が見つかり、

その井口はなぜかいなかったけど、弁護士夫婦、津乃田、店長が集まり、

三上の就職祝いを開いてくれました。そこで彼らはまた助言・・・。

 

これがね、例によって堅気の我慢を説くものだったんですが、

以前の三上なら「そんな生き方なら死んだ方がましだ」という内容でして、

その場では受け入れる旨を伝えた三上でしたが、本当にできるのかしら・・・。

そして、新しい職場でその助言が試されるシーンが訪れます。

三上が選んだ選択、そして、その後の表情。さすが役所広司さんでした。

説明臭い台詞のないまま、一気にラストシーンに向かっていきます。

 

堅気の助言者たちの無言の表情。そこに我々は何を感じるか。

単純に悲しいとか悔しいとかではない、それぞれに違う思いがあるような、

でも、そこは説明されていない。こういう描かれ方、私は好きです。

堅気の助言者たちはいつの間にか三上にマウントを取ってました。

そして、その助言は本当に正しかったのか。

「正しく生きる」と「賢く生きる」は違うよね。そもそも「正しい」とは?

 

これは鑑賞中ではなく、自宅に戻ってしばらくしてから感じたのですが、

三上はあの晩、薬は飲んだのかなぁ、飲めなかったのかなぁ、

それとも飲まなかったのかぁ・・・と。さすがにこれは考えすぎでしょうか。

いずれにしても、三上ほどではないですが、私も血圧には気をつけます。