ここまで辿りついてくれた大好きなあなたへ
「身近にある幸せのために、大きな幸せを手放す」
自分がいくら幸福になろうと、多くの人が幸福にならないかぎり
何かを変えたことにはなりません。
たった1人の人が知識人になって誰かへ繋げていくことは簡単ではありません。
多くのことを自分の意思で知ろうとしないと、判断を見誤り幸せを失っている事実に
気がつきません。
なんでも興味を持つことができる人はなんでも手に入れたいと思う人で、
何かに興味がないという理由で人は無駄な時間を使いたくないという観点から、
人は人を見誤るのかもしれませんね。
たとえ純粋で何か成し遂げたいと思うことがあっても、そこに目に見える勲章がないと
誰も何も信じません。
あなたの価値というものはいつも、目に見えるもので支配されています。
目の記憶が強すぎることでその価値観の共有や、自分の価値存在意義を認めることになるのでしょう
その存在に関しては、人にいい影響も悪い影響も与えることになりますが
悪い影響力の方が強いかもしれません
私は最近また、英語を学びたくてリスニングしたりシャドーイングしたりするのですが
全く聞き取れないこと
これは日本語も同じことで耳のキャッチ力が本当に乏しくなってしまっていることが
目の影響に左右されているのかもしれないと感じています
耳の筋力が弱っているせいなのでしょうか?
子どもの頃に中耳炎になったこともあったので、それに関係しているのか?
わからないですが三半規管が弱すぎて乗り物酔いは激しいです
なので長時間車に乗ることも好きではありません
もし車でドライブするとしたら?
そうですね、海を見に行きましょう
海岸で夕日眺めてひたすら黄昏れるんです
1日の中で好きな時間が夕方です
ここ1ヶ月色々なことがあり、ブログ書くことを怠ってしまいました
ですがそれも自由だと思っているので、自分の中では許しています
何かに縛られていることは自由でなくなることなのかもしれませんが、
縛られているからできることもあるのでしょう
私は自由を愛していつどこでも行けるようにスタンバイしておかなければ
ならないと考えています
準備はいつからでも始められますが、それによって本当に欲しいものを手放そうとも思っていません
人は皆、何かを持っている人が好きです
人は何も持っていない人が好きではないようですが、それでも小さな世界で動いていることだって
あるのです
地位や名誉に興味を持たず、穏やかに過ごして人間らしく振る舞うことができる日は
いつか本当にやってくるのでしょうか?
そうしたことに興味がない人や、自由を選ぶ人は日本を出ているのかもしれません
それも本人が下した結論であり、何かの原因によって促した行為なのかもしれません
それは本人にしかわかりません
誰もが羨む世界が人の心を潤すことになるのでしょうか?
人が売り買いする資本主義社会では、どうしても付き纏ってくる人の心理のようなものがあり
本心は違うところにあったとしても、暗黙の了解というものが存在しています
どうやらこのことについては複雑そうで、あまり行きたい世界でしゃありません
人は場合によっては嘘をつきます
嘘は人を傷つけるためのものではありません
後ろめたさが嘘をついてしまうのか、
嘘をつくことで誰かに本当の私を見抜いてほしいと願っているか、
誰かのことが好きではないから嘘をついて誤魔化しているか、
理由は様々ですね、
だけど嘘というのは危険性があります
どこでいつ誰に嘘をついたのか把握していなければなりません
あのときこう言っていたのに、今は違うことを言っている
違うことを言っているということは、あのとき言ったことが嘘で
今言っていることが本当かもしれないけど、どちらが真実かはわからない
嘘をつき続けるとどれが本物だったのかわからない
自分でもそれが本物の自分なのかもわからなくなる可能性
多くのことを話せば多くの混乱は生じるけれども、共有はできる
混乱をさせたくて言葉を発信することを望んではいない
誰かのことを伝えるのは難しくなるから、少なくとも自分のことだけのことにフォーカスして
話していれば自分だけに影響があると思うから、自分だけのことをずっと話し続けてましたが
実際にはそこまで人は人に興味を持っていませんでした
おまけに母にもディスれられてしまい否定することしかしませんでした
誰にも肯定されず生きていくことは辛く悲しいものかもしれません
そういった肯定というのは、私だけでなく同じような境遇にあっている人がいるからであって
その人はいくら経っても満たされません
肯定を人はしない
人は否定ばかりして、自分を癒している
人を悪者に変えて自分が満たされればあとはどうでもいい、人の幸せどうでもいい
という風にどうしても感じてしまいます
それが住み心地のいいものだとでも思っているかのように、人を嘲笑っています
だけど、あなたという存在は通り過ぎてしまってもいい私の存在を無視せず、
いつも目の前で私のことをどうしたらいいか考えてくれました
ずっとそばで私のことを見つめてくれていました
ずっとわかっていましたよ
何者でもない私があなたにとってはどんな存在なのでしょう
きっとまた私に引き寄せられてくる人はいるんでしょう
いつもありがとう