
生涯現役 95歳の挑戦
【石岡市】
本多忠俊さん(95歳)は、86歳から絵筆を握り始め、90歳になってからは、色鉛筆も持つようになり、昨年10月始めての個展を開くほどの腕前となって、周囲を驚かせている。
ヨーロッパのスケッチ旅行で見た景色から、郷里の北海道や日本各地の原風景など、繊細なタッチと絵筆を使い分けてできる陰影をつけた作品が見る人の心をひきつける。
本多さんは、1921年(大正10年)北海道生まれ。戦時中召集されたが結核を患い、除隊。傷痍軍人療養所で2年間療養し、完治退所。
戦後、明治乳業に入社。国内外を飛び回った。
定年退職後は病院事務長を17年勤める。
ふと振り返ると、何の趣味もないことに寂しさを覚え、自宅の庭でバラを栽培に夢中になり、300種類のバラを栽培するようになった。品評会に出展すると県知事賞を受賞し、豊富な知識と腕前で茨城バラ会の会長に就任し、自宅のバラ園を開放するようになった。訪れた地域の人たちに「見事なバラですね」とほめてもらうと嬉しくてやりがいを感じたと、あのころを懐かしんでいた。
95歳になった今は、老人福祉施設で生活しながら毎月2枚の新作を描くほど意欲的だ。
2007年から土浦市の水彩画家・田中己永(みのり)さんが主宰する石岡教室に参加。米寿を過ぎてスケッチ旅行したスイス、イタリアなど雄大な景色など、鉛筆で細部まで下書きしてから水彩画や色鉛筆画を仕上げる。または北海道に住む娘から送られた写真をもとに書くこともある。
最近は、一面に広がるそば畑を書くつもりと意気込みを語ってくれた。
陶芸やパソコンなどにも挑戦し、留まるところをしらない。
「いくつから始めても遅くない。今から始めてもいいんです。絵を描き始めると何も考えず集中できて達成感があります。みんなが喜んでくれるのが一番うれしいです」と微笑む笑顔はいきいきとしていた。
本多さんのHPです。下の文は引用です
バラが大好きで、定年と同時にバラを約250本植え楽しんでいました。しかし2000年に、わたくしは胃癌、家内は肝臓がんを患いました。
わたくしが朝、病室に入ると家内が「お父さん」と呼んで「がんは治るから、バラをやっていなさい」と言って亡くなりました。
その悲しみと寂しさを、バラに慰められ、またバラに励まされてきました。
バラの時期は、庭を解放して沢山の方々と楽しんでいます。
87歳から水彩画、90歳から色鉛筆画を水彩画画家田中己永先生の指導されているアトリエハートタイムで学んでいます。
現在94 歳、歳とともに絵を描くことの楽しさ、喜び感謝の日々を送っています
略歴
1921年4月29日 北海道生まれ
1939年 18歳 明治製糖(株)入社
北支要員として召集 肺結核のため除隊 2年間療養 完治
1950年 明治乳業入社 1977年 石岡市居住 1994年病院事務長退職
2006年NHK学園生涯学習通信講座を受講
2007年 86歳 アトリエハートタイム(田中先生)の教室に参加
88歳 アトリエ・ハートタイム「ヨーロッパツアー」に参加
89歳 石岡市美術展で奨励賞
2012年91歳NHK学園生涯学習第20回美術展・色鉛筆が部門でNHK学園賞(ハイビスカス)
2016年 95歳 石岡市まちかど情報センターで個展開催