天童一中1年女子生徒は何故命の終わりを決断したのか -5ページ目

天童一中1年女子生徒は何故命の終わりを決断したのか

心の中は 自分にも 誰にも見えない

気が付いたら 心も 身体にも 冷たい風が吹いている

あなたの心に 何かが起きていたのですね

笑顔にかくされた学校での悲しい出来事が

少女のすべてを奪ったのかもしれない

先に第三者調査委員会の記事

 第三者委の野村武司委員長は5日の記者会見で「(加害生徒の中には)今でもあまり重大ないじめを行っていたわけではないという認識の生徒もいるかもしれない」と指摘。具体的な事実は先生から直接話をすべきで「報道を通じて内容が伝わることは、ふさわしいとは思わない」と述べ、生徒への指導を優先させる重要性を強調した。
 野村委員長は加害生徒が本年度で卒業することを踏まえ、在学中の指導に役立てるため、報告書の提出時期を決めたことも明らかにしていた。


この報告書が出来上がるまで、生徒達(加害者グループ)平気で過ごしていたのですね。昨年、校長から口頭注意されても自殺に追い込んだ意識が未だにないとは恐ろしい生徒達ですね。「かもしれない」というソフトな言い方をしているが、聴き取りの印象がそうだったのでしょう。でなければ「生徒達は、深く反省して後悔しているので卒業と進学を踏まえ」と書かれるでしょう。こういった場合はどうなの?加害生徒の家庭でも保護者共に話し合うとかしないのでしょうか?何故に保護者迄もが平気でいられるのか理解出来ません。

報告書の再発防止は、直ちに必要ないのが理解出来ましたか?この加害者達が反省も謝罪も(教育関係者も全員)行わないうちに再発防止など書いても無駄なのです。
今回も、いじめの内容を黒塗りで公表って見えなければ公表とはいえないと思うのですが、私の解釈が間違っているの??
内容を黒塗りで16の学校に配布する?
見えない内容では陰湿ないじめの自殺の主因で今後の再発防止に繋がるの?私は、文字を上から黒く塗られたら読めないし文章も繋がらなくて理解出来ないのですが、他の人だったら理解出来るの?


それから、教育委員会と校長の謝罪会見ですがマスコミ取材陣に対して謝っているのでしょうか?一番先に謝罪する場所が違うと思います。

今、私は某高校の生徒の不登校問題に取り掛かり中です。
義務教育と違って高校は、特に出席日数と単位と行事参加等の評価が進路への目標に大きく関わってきます

高校生の不登校実態率が少ないのは、この出席日数不足によって自主退学を勧められる場合があるからで本人の強い希望でない事例も多い


しかし、私が2年前に出会った高校教師の言葉で、自主退学を安易に考えなくても良いのだという希望をもらっています。
この教師の言葉
「上に立つ者が諦めずに生徒に接するという意欲があれば下の者はその意欲に従う。上に立つ者が嫌だと思うような接し方をすれば下の者は嫌だと思う事に従う。だからこそ上に立つ者は従わせてしまうからやってはいけない事に気付く必要があるんだ」

ちょっと分かりにくいかな?

この教師は、不登校の生徒自身が登校出来るようになるまで待つ。出席とか単位とか勿論大事だけど例えギリギリでも足りなくても現時点での生徒の気持ちを優先させて下さい。校長の私が責任を持ちます。この校長の言葉で教師は規定を考えず思い存分生徒に時間をかけて接する事が出来るという自信になったと話していました。
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その後、休日に補習とレポートを続けて卒業式には間に合いませんでしたが証書を校長室で受け取りました。生徒にとって教師との出会いは人生までもを変えてしまう事もある。でも教師も出会った校長の意気込みひとつで風通しの良い働きやすい学校になる。


しかし、今取り掛かり中の教師は、校長とも相談していますがと言いながら遠回しに出席日数不足での自主退学を匂わせてくる。話し合いにも困惑顔で、生徒と直接話したいと言い張る。教室に堂々と話し合いに来れる位なら不登校せずに保健室にたどり着いてるわ!それともまた本人に直接自主退学を勧めるのかと心で叫ぶ。

交渉を引き伸ばせる為にも我慢我慢の私ですが、2年前の教師の言葉を泥だんごの中に詰めて投げたい•••いえ塩大福に詰めて食べさせたい気分です。

また愚痴ってしまいました
第三者調査委員会によって報告書の公表に注目されるところですが
天童一中の報告書の着目点は自殺の原因にいじめがあったかだと思われがちですが、私の着目点は違う。

いじめがあった事は、昨年夏前に校長も認めている。アンケートに名前が載っていたと思われる数人の生徒も既に口頭注意を受けている。その後生徒達は、少女と同じソフトボール部での練習に励み壮行式後は大会へ向けて意欲ある中学生活を満喫していた。調査委員会の聴き取りは当然校長からの口頭注意も済んだ後なのです。
以前にも書きましたが、自分達の中では終わった事のような期間に受けた聴き取りへの言葉がどのようなものだったのか?
私の着目点はこの部分です。

生徒達は口頭注意を受けて何が変わったのか?何か少女に対しての謝罪があったのか?その保護者達はどう行動したのか?

第三者調査委員会等が設置されると静観するような傾向がありますが、それは何故なのか?全てを明らかにしたいと望む被害者の要望と実際の結果に誤差はつきもの。では第三者調査委員会の報告後に再度認識のズレを話しても報告書が絶対であるかのような認識で収束されつつある。時間だけが過ぎ聴き取りを受けた生徒達も卒業と進学を迎える。裁判に至った場合など、この第三者調査委員会の報告書が重要資料として扱われる。だからこそ調査委員会と同時進行で被害者も調査する機会を持っていないといけないのです。

天童一中の報告書は、特に口頭注意後の関係者達と保護者の行動も考えた上で読んでもらいたいです。