一年前の今頃は

どんどん自制が効かなくなる母を見守ることに限界を感じ

姉妹で何度も話し合い

自宅で母を見れないとなると

残された道は・・・

どれも自分たちの望むものではなくて

何かいい方法はないものか

考えて、悩んで

考えて、悩んで、悩んで。。。

 

そうしながらも

母の万引き行為や

失便にも

日々脅かされ対応しながら

毎日葛藤していました。

 

自分たちの気持ちを納得させてくれる施設があるかもしれない・・・

 

などと

小さな期待を胸に

始めた施設見学。

 

 

葛藤しながら

15件の施設見学と

診療情報提供書の作成に奮闘していました。

 

 

 

 

 

本当にこれでいいのかなぁ・・・ショボーン

 

 

体と心の限界に達している自分が

母の施設入所に納得せず拒否している自分を

見て見ぬふりしていたあの頃。。。

 

頭の中がぐちゃぐちゃで

本当に辛かったです。

 

 

 

 

何がどう転んでもそこに喜びはなくて

どれも仕方なく選ぶばかりの苦渋の決断。

 

本当に苦しかった。。。

選んだ道で結局施設事故してしまうのですが・・・ガーン

 

 

 

そんな苦しくて辛くて

どうにかなりそうな自分に

実際にいつも大変な母をみててくれて

診療情報を得るためにも手伝えるところは、

手を貸してくれたのが

母を、私達を見捨てなかった

あのデイの責任者さんでした。

 

 

 

これまでを振り返ってみても

ここまで

心から困ってる人を助けようとしてくださる介護者に

出逢ったことはなく

実際に家族以上に私を助けてくれました

仕事を超えて

人間として自分の立場で出来ることは

してあげたいと思って下さる方でした。

あの方がいなかったら

我が家はどうしていただろう。。。

もっともっと孤独で苦しい戦いになっていたはずです。

 

 

 

今回、家族の休息時間の確保として

デイサービスを視野にいれた私たちは

歩けない

話せない

どんな行動にでるか分からない

車椅子時は拘束ベルトが必須

そんな母を

受け入れてくれるデイサービスがない

とケアマネさんから言われあせる

受け入れ、預けられるとすれば

あの方しかいない!

最後の切り札に置いておいた

あの責任者さんに約1年ぶりに連絡しました。

 

 

責任者さん

『もしもし~ニコニコ

 

大山のぶ代さんのような特徴的なあの声でハート

電話越しに聞く元気そうな声は

とてもなつかしく

お世話になったあの日々が一気に頭の中に蘇り

胸が温かくなりました。

 

 

 

笑い泣き 

『お久しぶりです!

makeikoです!!

お元気でしたか??』

 

 

責任者さん

『ひやぁ~makeikoちゃん、

お久しぶりやねぇ~

お母さん、元気ぃ??』

 

 

滝汗  

『いやそれがぁあせるあせる

かくかくしかじかでーおいで

 

 

責任者さん

『えぇぇー--あせるあせるあせる

そりゃ大変やったんやねぇあせるあせる

 

 

滝汗   

『そうなんですよ・・・

で今回は相談がありまして・・・

かくかくしかじかで・・・・お願いあせる

 

 

 

責任者さん

目・・・

はははは。

そうなんやねぇ。

ほんなら、とりあえずお母さんの様子見に

会いに行かせてもらおうかなぁ。

ふふふふ。

私ねぇ、今、また癌が再発してねぇ。

抗がん剤治療中なんよぉ。

私が生きてるうちに

お母さんお風呂でもいれてやりたいねぇ

ふふふふ。。。ニコニコ

 

 

滝汗

『え・・・』

 

 

 

衝撃的な話を持ち掛けた私に

もっと衝撃的な話が返ってきて

頭の中が止まってしまいました。。。。

彼女は6回目のがん治療中なんだそうです。

 

 

その時は、ちょっと考えられなくなりましたが

その夜、一人でお風呂に入りながら

彼女が

母に、私に、してくれたことを思い返していました。

 

デイでゆったり出来ない母は

いつもある程度誰かの指示が必要な状態。

そんな母を一人車に乗せて

遠くに買い出しに連れだしてくれたり

大きな公園でウオーキングさせてくれたりと

いつもいつも工夫して

なんとか預かってくれていました。

 

診療情報を得るのに苦戦していた私を見兼ねて

母を病院に連れて行くのにも協力して下さり

レントゲン室で

一緒に無理やり母の服を脱がせようと頑張ったことや

無事血液検査を終える為、

必死に母の体と腕を二人で押さえたこと。

連日待合室で母を座らせることに工夫したり

車から降りない母を

黒飴でなんとか釣って降ろさせたこと。

 

 

全部全部

私一人では出来なかったことばかりで

改めて彼女の存在に感謝すると

どうしようもなく悲しくなり

私はとにかく泣いていました。

 

 

正直、心は、母のデイサービスどころではなくなりました。

私にとって

あの方は、知らぬ間にそんな存在になっていたようです。

母の介護者としての存在だけではなく

私にとって

大切な大好きな人になっていました。

 

 

とにかく

会いに来てくださる日を

色んな意味で

待つことになりました。

 

 

 

 

 

 

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