確かに、以前の私は、自分が他者からどう見えているのかよりも、自分の心に焦点を当てていて、姿形には気を配っていなかった。
正直に言うと、自分の心の悲しみだったり、苛立ち、焦り、怒り、恐れ…その他諸々のマイナス感情にとらわれていた。
毎日毎日自分の心のそんな部分ばかりを見ていれば、自分の世界は次第にそれ中心となってくる。
笑う事なんて出来なかった。
笑顔を向けてくれる人に対しても、私の事をバカにしている笑いとしてしか捉えられなかった。
それでも、もう限界となるまで、私は私の意思でそこに留まった。
とうとう、自分や周りに対しての変な期待をやめて心の底から本当に諦めた時、物凄く楽になった。
その時にやっと、自分の本当の想いを知った。
本当の想いを見つけるのに時間がかかった。
余計なマイナス感情や、条件や未来への期待などによって、それは見えにくかったり、一瞬良く見える場合もあるし、どれが進むべき道なのかわからなくなる。
諦めた時全てが無くなったと思ったが、そうではなかった。
そう思っていた幻の心が消えただけだった。
目の前にヨガがあった。
無心で取り組んでいたヨガがあった。
体力的にも精神的にも、他には何も出来ない状態だったが、ヨガだけは続けられた。
ヨガを学び続けて心身ともに健康になってくると、新しい事がしたくなってきた。
無理と思い込んでいた職種に就いた。
出来るかどうかは不安だったが、周りの人たちの助けでやっていけた。
そこで、現在芝居をする事になる演出家と出会い、以前書いた「演劇」への想いが復活し、どうしてもお芝居に関わりたくなった。
私は過去7年間くらいある劇団に所属していた事がある。
だから自分が落ちていた時も、時々芝居がしたいと思って、インターネットで自分でも出来そうな所を検索していたりもしたが、時間も気力も体力もなくて、眺めているだけだった。
それが、目の前にお芝居が出来る状況が現れたのである。
やってみようと思った。
最初はなかなか(今もですが)、芝居をやっていた人とは思えないくらい、恥ずかしかったりわからなかったりで、脚本を読む事さえままならなかった。
それでも、続けた。
私は感情の解放が出来ていなかったのだ。
だから、演じられない。
今も出来ていないかもしれないが、感情を解放出来た時には、恥ずかしさとかちゃんと出来ているかなんて、どうでもよくなる。
次にどうしよう!どうしたい?楽しい!!と、先を見つめて進んでいける。
演出家の厳しいダメ出しも、仲間の温かい励ましも素直に受け止められる。
『感情の解放』
笑う事さえ自分に禁じていたのが、心から笑えるようになった。
容姿は心の表れでもある。
心から笑う事が出来るようになって、このページの初めに書いた言葉、
「最近、いつも笑ってるね」
人を真っ直ぐ見れる、見られるようになりつつある。
感謝(=´∀`)人(´∀`=)
