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SNSとパーティの両者に存在するバカ

たまには刺激的なタイトルで書いてみる。

SNSとパーティには、バカが多くいる。

というのは、
両者に存在する繋がるという行為は、
繋がりたいという欲望から派生する。
そして、この繋がりたいってのは、
結局、褒められたい願望に源泉がある。

褒められたい奴は、
大抵、何も褒められることを、
やってない無いバカである。
そういうヒトに限って、
「褒められて伸びるタイプです。」
と平然と言う。

いや、SNSとパーティの話だ。

パーティに出て行われる会話として、
「私は○○で○○してます。」
「スゴいですね。」
という話の連鎖である。

そこで、「ゲーム化する社会は動物社会だ。」なんて話はしない。
無意味な名刺配って、
何も起こらないことを
起こったことのように見せ、
自分を褒めてもらい、自慰をする。

まぁパーティを飲み会って書き換えても良いと思う。
お酒飲むと本音が出るとか言ってるのは、あれ大嘘。
大半は、「素面で頑張れない俺を褒めて」っていうプレゼン。

僕、そういう飲み会が、大嫌い。
もっとシリアスな話か、
もっとクレイジーな遊びかの
飲み会しか行きたくない。


一方で、SNSもパーティと同じ。
○○して楽しい!
美味い!
悲しい!
泣ける!

のように、自分の行為に関して、
短絡的なワードを使って、
稚拙な表現で、
どうやら今日あったことを他人に伝えようとする。
丁寧に写真付きで。
そして、いいね!押される。
押されたい。
あぁ~ん、素敵ですね!
あぁ~ん楽しそうね!
ってコメントの羅列。
ふう~。

話がまた逸れるが、
企業が最近、消費者を応援するってよく言うけど、
そして、企画でも応援です!って言うけど、
あれ、根本的に間違ってて、
「消費者自体が応援されたい」んだよね。
特にSNSが出てから。
そこを少し勘違いしてるから、
応援のごり押しみたいなマーケティングばかり。


短絡的な褒められたいは、
動物化であり、思考停止状態で、
本能的だ。
快楽はあるが、
成長はない。

感動を短絡的な言葉で書いても、
表現にすらならない。

映画とか、本とか読んで、
「泣けた!」とかいうだけじゃ、
感動の理由とか意味とかぶっ飛んじゃって、
何のインプットにもならない。

さて、では何が問題なのか。
ここに存在する本質的な問題は、
「孤独が怖い」ってこと。

この恐れからの回避を簡単にしやすくなったのが、
SNSとパーティ。

僕が最近、話してておもろい奴は、
孤独を作っている奴だなぁと、
感じた。

孤独に耐えながら、
インプット作業と、
アウトプット作業を、確実にする。
毎日、きちんと、孤独になる奴。

確かに、孤独以外に自分を育ててくれることなんて無い。
共有されながらインプットできることは皆無である。

僕も、孤独と、向き合いたい。

まぁ、でも、僕、SNSも好きだし、
知らん奴ばかりのパーティは嫌いだけど、
飲み会は大好きです。

ただ何となく動物化したネットとパーティの問題点を書きたくなった。

その問題点である孤独の消失について、
避難的な表現で書きなぐってみました。