人への言葉がブーメランとなって返ってきた話 | 自分の考えや氣持ちを言葉にするためのブログ

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「目の前の出来事をすぐに、どうにかしようとするのをやめてみる」
をテーマに生きていくためのリハビリブログです。

後から
自分が読み返したくなる
ブログを書けれるようにしたいと思っています。

とあるブログを読んだ。

 

引きこもりの高校生を持つ

お母さんが書いているブログ。


 


この引きこもりの高校生が

 

大学を中退して

フリーターをしていた時の

自分と同じように思えた。



自分には何もない

何もできないと

自分を蔑み


「ない」ばかりを見て

投げやりになっていた自分。

 


あ〜、

ちょっと前の自分とも似てる ことに

今、氣づいた(笑)




そして

そんな子供のために

色々奮闘している

お母さんの視点が


何だか

とても ずれていると思えた。

 



だから

直接アドバイスを送るのは

大きなお世話だから

ブログにアップしようと

書き始めてみた。

 

 

引きこもっている高校生にも

お母さんにも

どんどん

言いたいことが出てきた。

 

 

あれも言いたい

これも伝えたい

 

あ〜、足らん!

 

ってなり、

いったん書くのをやめて

 

いったい何を伝えたいんだろうと

考え直してみたときに

 

私が

お母さんに対して

腹を立てていることに

氣づいた。

 


「お子さんを自分の思い通りに

動かそうとするのは

やめてください!」

 

「お子さんが

『自分で自分のことを何も出来ない』と

言って

自分を否定しているが、

そう言わしているのは

あなた自身が

お子さんの言葉を

否定も肯定もしないからですよ!」

 

 

こう書いてみて

ふと

なぜこんなに腹を立て

この親子に執着しているのかと

疑問に思った。

 

 

そして

その答えは

ブーメランとなって

自分へと帰ってきた。

 

 

 

 



この親子を

どうにかしたいと思って

こうしてブログを書き始めたのは私。

 

そして


このお母さんが可哀想。

 

この息子さんが可哀想。

 

何とかしてあげたい。

 

そう思ったのも私。

 

 

それは

自分の中の


「可哀想」という氣持ちが不快


 

そんな自分の氣持ちを

どうにかしたくて

文章にしてた。

 

 

結局

このお母さんと一緒だった。

 

 

 

「他人をどうにかしようとする」

という行為は

 

自分の感じたくないと思っている

イヤな氣持ち、

不快な氣持ちを

 

どうにかしたいだけ。

 

つまり

自分のための行為。

 

その人を救いたい

助けたいと


どれだけ綺麗事を並べても

自分自身のため。

 

これほど

自己中な行為はないだろう。



自分の嫌な氣持ちを

どうにかするために


他人を自分の思い通りに

動かそうと

画策しているのだから。




誰かを

自分の思い通りに

コントロールしたいと

思うのは


実は、

自分が氣持ち良くなるため。


決して

相手のためなんかじゃない。

 

 

私自身は

こんな風にされるのを

極端に

嫌ったるするくせに、


同じ事を

他人にしようとしていた。


ブーメランが

返ってきて

自分に刺さった。



 

 

 

ということで

最初は

 

引きこもり高校生を持つ

お母さんのブログに向けての

ブログを書くつもりでしたが
 
書くのはやめて
 
自分の情けなさというか
器の小さい部分
ダメな部分を
書くことにしました。
 
 
本当は
こんなことは
書く必要はなく
自分の心の中に
留めておいた方が
いいのかもしれませんが
 
そうやって
留めると
また
同じことをすると思うので
 
自分への戒めも兼ねて
こうして
ブログにしました。
 
ここでも
自分のためですが
これはありなんじゃないかなぁと
思っています。
 
 
 
あっ
以前、
同じように
とあるブログを読んで
思ったこと
感じたこととして
 
というブログを書きましたが、
 
これらは
その とあるブログの方への
思い入れがほとんどありませんでした。
 
また
「許す・許せない」について
思っていることや
氣づいたことを
書きたかったのがメインでしたので
 
今回の場合と違っていると
思っています。