この日記を書いていたのは今からおよそ8カ月ほど前の自分。
バングラデシュでのインターンを終えて帰国した後の自分が書いていたものである。
バングラデシュでさまざまなものを感じてからすでに8か月がたち、また平穏な日本での生活に安住してしまっていた。
この日記を書いたころより成長した、と思ってきたが、もしかしたら全く成長できていないのかもしれない・・・。
この夏何をするのか、どこに行くのか、自分にとって最高の夏の過ごし方はなんなのか。。。
そんなことを考えながらこの日記を見ていたら、今この瞬間にもう一度決意を新たにするために、
ここに書き記しておきたいと思った。
mixiも見てくださっている方には重複する結果となってしまい、申し訳ありません。
1、
今この瞬間から。この言葉の本当の大切さをおれはバングラで見つけたと思う。それは将来のために、夢のために、そして人間関係のために。
この日記を書くのは、今の自分の決意を忘れないために、自分の決意から逃げないため。
今一番大事なのは自分の将来やりたいことを見つけるために動くこと。そしてそれと同じくらい大切なことはやりたいことが見つかった時に、それをやれる可能性を残していること。
生まれたとき可能性は無限にあった。その可能性を閉じてきたのは自分。そしてどの可能性にかけるかを決めるのも自分。だけど既に閉じてしまった可能性に賭けることはできない。だからやりたいことが見つかるまでに今ある可能性を絶対に消してはならない。消してしまってからではもう間に合わない。
それを忘れちゃいけない。
2、
今日小田急線に乗っているときに感じたこと。こういう感覚って日本になじめば忘れてしまう。だから今ここに書き留める。
この国は本当に物理的に恵まれている。電車に乗って周りを見渡し、ボロボロの服装の人なんて一人もいない。ガラスはあり、空調の効いた電車。これをみなが当たり前だと思ってる。
物理的に満たされた人々はみな外見を取り繕い、かっこよく、そしてかわいく見せることに夢中だ。たしかに外見を磨くことも大事だと思う。けれどこの国はみんな外見を重視し過ぎている。どんなに外見がかっこよくても、中身がなければ意味はない。世の中にはなにも言わずともオーラをまとう人間がいる。そういう人は外見を取り繕う必要なんかなく、輝いている。その輝きを感じられるかどうかは自分次第、どれだけ自分自身を磨けているのかにかかっているのだけれど。
俺はそういう輝きを持てる人になりたい。
そのために、今この瞬間から動く。
3、
この国で子供は欲望のままに生き過ぎている。親のしつけが悪いってことも当然にあるのだろう。電車の中で奇声を発する子供。親の言うことをきかずに走り回り、他の乗客に迷惑をかける子供。
この子たちは、そしてこの親たちはきっとこれを当然のことと思っているのだろう。けれどバングラの子供でこんな子は一人もいなかった。記憶に残っている子どもたちの中で、恵まれている子は勉強に夢中だった。農村での就学率は限りなく100%に近かった。夜、停電の時間帯に外を歩けば、窓越しに電池式のスタンドライトを利用して勉強に励む子供たちの姿があった。昼間は外でのびのびと、そして粗末だけれど楽しく遊ぶ子供たちの姿があった。


それと同じ時間帯に、一方では公共機関である船の上でチップスやジュースを売り、売店の手伝いを必死にする子供たちがいた。笑顔を絶やさず、みんなに話しかけ、必死に売っていた。この子たちはきっと学校には行けていない。行きと帰りの船の中で同じ笑顔の可愛い男の子に出会った。まるで今の生活が最上の幸せであるかの様な笑顔で、決してホスピタリティーを忘れずに働いていた。
でもそんなことはなかった。船の上で自由時間がもらえたのだろう。俺らのところにやってきて、ペンと紙を借りたがった。貸してあげたらすぐに絵を描き始めた。その時のその子の笑顔は、物売りをしている時とは全く違う顔だった。描けること、自分の好きなことがやれる喜び、そういうものが笑顔からではなく、全身から感じられた。本当はこの子だって学校に行き、遊びたいのだろう。

その翌日、ダッカでバスのドアから体を半分外に出して、周りの車にどなり、そして停留所付近で客の乗り降りを見守る仕事をしている子どもに出会った。その子は頭の半分が怪我によって禿げあがってしまい、指先がなく、体中がひきつっていた。きっとドアから出していた体の半分が事故によってやられてしまったのだろう。しかしその子はその怪我のまま、かつてと同じように、同じ危険が存在する仕事をしていた。
その二日後、ダッカの24時間やむことのない喧噪のなかで、頭の先から5センチのところを絶え間なく猛スピードで車が走る道路の中央分離帯の上で、ただ一人横たわっている子どもがいた。ほとんど動かず生死も不明。しかしそれを誰も気に留めす、その子をまたぐようにして道路を渡っていくたくさんの大人たち。まだ幼稚園に通っているくらいの年齢だろうか。親もいなく、何もない中央分離帯に横たわっていた。

こういう世界も確かに存在することを忘れずに生きていこう。