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文化系寄り道倶楽部

アラフォーで2児のパパであり、80年代の音楽をこよなく愛し、ガンプラを愛で、パソコンをいじくり倒し、台所を妻から奪い取り、キングの小説におびえ、究極超人あ~るで笑いころげ、夜な夜なUST配信をしている

大晦日ら元旦にかけて見た夢は、僕が前の会社の上司の夢だった

僕はその人たちに『お世話になりました』と決別の挨拶をした

紆余曲折あって、僕はそれなりに過去を引きずっているのだけれども、その夢はひとつの区切りをつける、あるいは僕の中でついたという意味を持っているように思え、そう解釈することにした

翌日見た夢は、もう覚えていない。というかあまりにも雑多っで、日常がそのままという夢だった。

僕の日常。
それは前日決別した人たちとの日常が長いこと繰り返され、それが突然終わってしまったことですっかりかわってしまった。

ブログからミクシィ、そしてツイッター
小説も書き始めた
すばらしいアーチストとであった
FBでリアルにつながり、広がる人との縁

いつでも繋がっている

僕の業務は元来、毎日のように外を飛び回るような仕事ではないのだけれど、この一年、なぜかイベントがある場所と仕事で行かなければならない場所が一致している

これはまず 偶然である。同時に必然でもある。

おはようございます

偶然であり、必然とはすなわち、ネットワークが広がれば広がるほど、偶然が発生する可能性が高まるということ

これを啓蒙的な言葉に置き換えれば
『そうありたいと思うことで実現するようになる』
なのだろうか?

『そうありたい』と思うことと『そうなりたくない』ということは単純に正と負のベクトルなのだろうか?

『どうでもいい』と思うことはゼロなのであろうか?

しかし、僕はこの『どうでもいい』の中にも二種類あると思う
それは放棄なのか受容なのかの違い

不可能と思われることに対して、どうでもいい と放棄するのではなく
今はできない自分を受容し できる自分になるためにどうするか という時間軸を含めての問題に対する見方ができるかどうか

それを出発点として『そうありたい』の方向に行くのか 『そうなりたくない』という方向に背を向けるのか

もっとシンプルでいい

会いたいと思えば、いつかかならず会える
会いたいと思える人が、必ずどこかにいる
だから、会いたいと思える人に出会えるよう 外に出よう

扉を開けるのは 自分自身なんだ
そうだなぁ

僕が終末論を唱えるのであれば、単にいついつに世界は滅亡するとか恐怖の大王がとかそういう言い方はしないなぁ

『世界の終焉の始まり、それは○年○月○日に生まれた一人の科学者の悪魔の発明によってもたらされる。』かな?

で、『未来の人類』はその予言を信じて、奔走するわけ
悪魔の発明というところが味噌で、単に科学者だけではなく、宗教なんかも絡んじゃって大騒ぎ

科学界と宗教の対立
そしてそこに複雑な政治情勢や経済不安なんか盛り込んじゃって

いろいろな『発明』が闇に葬られたり、逆に悪魔に対抗して『メシアプロジェクト』なんてものが始まって、世界の役に立ちそうなすばらしい発明が次々とされて、エネルギー問題なんか解決しちゃうの

でも、それによって不利益をこうむる人たちがいて、自体はさらに複雑な状況になる

つまりメシアが旧体制を滅ぼす図式 それに対抗しようとする既得権益者

そしてメシアプロジェクトはついに 放射能除去技術を獲得するわけ

ところがこれこそが悪魔の発明

人類はついに核戦争をおっぱじめる


おはようございます


浜名湖の周辺には SF的な発想を助長する何かがあるようです
木曜日の出張からの流れで昨日から浜松にきているのですが、ここは昔からSF好きの方の交流が盛んな場所なんです


SFパワースポットみたいなw


人類滅亡の発明はもう1パターン考えていて それはつまり不老不死の発明
アンデットピープル=死から切り離された人類の出現は恐らく世界を滅ぼすでしょう

知性的で利己的、生に対する慈悲を持たず、死に対する恐れをしらない

それはまるで悪魔のような存在ではないでしょうか

生きることに感謝することは死に対して畏れを抱くことであり、実は『死』こそ『神』である というのが僕の持論です

今日生き残った人たちには、明日死ぬ権利を有します
つまりボクらは一日一日命を使う権利を持ち、同時によりよく生きる義務を有している


人類滅亡なんてイベントがたまにあったほうが、そういうことを考える時間ができていいのかもしれませんね
ビートルズやジョン・レノンに関する風化が進んでいる実感はかなり前からあった
僕自身 ビートルズのかかわりはそれほど多くも大きくもなかったけど、それでも僕の周りにはビートルズがたくさんあった

知らず知らずのうちにビートルズに慣れ親しんだ
それはビートルズを愛していた人たちの影響でもある
ビートルズを知らなくても 自分が好きなアーチストが 雑誌のインタビューで「ポールよりもジョンのほうが好きです」なんて答えていたら、やっぱりジョンのことが気になって、レコードを聴いたものだ

これが遊び方 僕の遊び方

ビートルズを神格化するよな楽しみ方もいいと思うけど、ぼくはそれとはちがう接し方をしてきたし、うん そこについては みんな好き好きでいいと思う

若い頃、酒場で、酔っ払いのおっさんと音楽の話になって、ビートルズも知らないのかという勢いで まくし立てられたことがあった

危うく僕はビートルズを嫌いになりそうになった

そういう気分を味わった人 案外多いのかな?

音楽をやるのなら ビートルズくらい聴いておけ

なんて言葉にもかちんときた おいら フーが好きなんだ! と言い返せる相手じゃなかったw

それでもなんでも、僕はビートルズを知っているし今日がジョンの命日だということを知っているし、毎年誰かと ジョンの命日だねって そういう会話がある

語り継がなければならないとか 知っておかなきゃならないとか そういうことじゃなく、僕は 遊び方として 音楽を聴くのなら やはりビートルズは知っていたほうが楽しいに決まってると思うし、ビートルズを愛してやまない人たちがいることを知って、そういう人たちの熱い思いを聴くのが楽しいと思う

僕はそういう遊び方が好きだ

今聴いている音楽が、どこで生まれ、どう進化したのか

それは、漫画でも、アニメでも、映画でも なんでも同じ ゲームもAVもそう

自分がいいなぁと思ったものにより深い興味を持つことだよね

だからいつもどおりにジョンの命日を過ごそうと思う

僕らが楽しげにジョンを語ることこそが 後の世代に大事な何かを伝えることにつながるんじゃないかな 大事な何かって なんだろうね たぶんLOVEでもPEACEでもないと思うけど

ともかく 想像してみることだね
『傘がない』
http://ncode.syosetu.com/n7871n/1/



この作品を書いてから2年半が立とうとしてます
最初に書き始めた作品は『蟲夢』という作品でしたが、最初に完成した作品はこの『傘がない』という作品でした。

このころはまだ、文章の書き方というものをぜんぜん知りませんでしたので、かなりはちゃめちゃなところもありました。が、知らないがゆえにかなり自由に書いたこともあり、今の僕の作風と比べると多少若々しいところがあるように思えます。

今年の9月に入ってから、これまで書いた作品の手直しをしきましたが、実は一番 手が付けられないなぁと思っていた作品がこれでした

今回の改訂もかなりマイナーチェンジですが、当時はまだ、『下駄の男』のイメージが固まっておらず、なおかつシリーズ化をしようなどと考えもしていなかったので、そのあたりの整合性をとる作業をメインに手を加えました

やはり最初の作品というのは、なんというか『自分らしさ』が一番出ていると思いました。

初めて完成させた作品

初めていただいた 読んでいただいた方からの感想やコメント

自分らしさとは何かと問われれば、それは『因果律』へのこだわりと 『いざなう存在』の探求でしょうか

この作品の主人公には 徹底して『こだわり』を持たせました
何かに固執する性格
そして主人公にとって 今の生活からはみ出してしまうような『誘惑』と『納得性』
『あるべき姿』への憧憬


僕のこだわりは主人公ほどではないし、僕の憧憬は主人公ほど具体的ではない

だけど、誘惑と納得性は、誰の身にも日々起きていることだと思います

小さな誘惑 その誘惑を正当化するような納得性を見出したとき

人は どのような 行動をとるのでしょか?
圧倒的な情報量を前に、僕はフリーズしてしまうことがある

初めて山作戰のランチライブに参加したときがまさにそれだったし、浜名湖のバーベキューイベントに参加したときもそうだった

新しい人に出会うということは仕事をしていれば案外と当たり前のことである
僕の仕事ではそう毎日新しい人と出会うことはない

いや、『出会う』という定義と『人』という定義について、まずは整理しないといけない

おはようございます

仕事で新しい人と出会うという状況を解析してみると、それは案外人でも出会いでもなく、サポートという肩書で、相手は受付という肩書で 業務伝達 以外は必要がない

つまり限られたパーソナル、限られた情報なんだ

一方、土曜日~日曜日に僕が横手で出会った人たちは 人間対人間 であり お互いを UST配信、地域、食、音楽など いろんなチャンネルで『理解し合おう』とするのだから 情報量は圧倒的なものになる

新しい出会い、或いはヴァーチャルからリアルへとより深い出会い

僕ははたして自分をしっかりと伝えることができただろうか?
出会った人たちのことを理解できているだろうか?

再びヴァーチャルにもどり、これから僕は僕の活動を通じて僕をアピールし、
青森や仙台、福島、秋田の方々の活躍をチェックしながら より理解を深めていきたいと思う

結果を恐れる必要はない なぜなら結果は必ず出るのだから

さぁ、新しい一週間の始まりだ



実際この配信は座学のあとの実施で、セミナーに参加した人たちが ライブメディアコーディネーター ヒマナイヌ代表の川井さん、映像監督の金田さんの指導の下で制作したものです

僕も最後の方でカメラのスイッチングを担当させて頂きました

秋田県横手市 秘密基地 MIRAIにて

NPO法人Yokotter 代表
青森県庁 県庁なう 推進事業担当
のお二人の対談に カウンター内に福島市でぶらっとwebTVを配信しているプロデューサー



[00:00:00]
カメラ位置はカウンターの左右 話相手の肩越しに右人物の正面、左人物正面の位置
店の全体を捉える3つのカメラでスタート

カメラの切り替えるタイミングに注目!
飲み物を手に取った瞬間にスイッチングしています

[00:05:00]
配信をプレビューしていて 画面右側の人物の後ろの背景が淋しいということになり
背後に植木を設置します

[00:06:00]
画面左側人物の背景のロウソクの位置を調整

[00:08:00]
画面左側人物の背景に上着を掛けます
これによって、『この店の入り口そばに 上着を掛けるところがある』という情報が書き足され、なおかつ季節感=上着が必要な気温  という情報が足されました

[00:10:00]
カウンター内は カウンターバーから寿司屋に早変わり
実はこの配信後、実際にここで寿司がふるまわれます
品川 大井町 すし処 さいしょ http://saisho.net/

第3のカメラ位置を カウンターの中の動きがわかる位置に変更

[00:16:00]
モノクロ配信へ


[00:19:00]
メンバー交代
横手→青森県の南部から参加のWEB製作会社代表

トークテーマ
津軽と南部はなかよくなれるのか
カラーへ戻す

スイッチャ―も交代しました

[00:24:00]
カウンターにお酒を設置
背後からみて右側に設置したがカウンター上に移動


[00:27:00]
さいしょさんの動きが見えるようカメラ位置を変更

[00:29:00]
画面右下にテロップ 追加『南部VS津軽 特別対談』
さらに『分かりあえない青森対談』に変更
さらに『スイッチングは福島人 テキストは宮城人』に変更
さらに『お寿司のいいにおいが伝えられないのが残念』に変更
『そろそろ交代しようか』

[00:34:00]
メンバー交代
トークは仙台市と秋田市

・・・ここで東京の僕がスイッチング


映像表現の可能性をいっぱい感じました
是非自分の配信いも生かしたいと思います