wikiより
蝶になった夢をみる。そして夢から覚めて思う。
私が夢を見て蝶になったのか それとも蝶が私になった夢を見てるのか?
こんな話、みなさんどこかで聞いたことありますよね?
僕はといえば、いろんな場面でこの話を聞いていたのだけれど、まったく頭に入っていなかった
たとえ話としては よくわかるけど いつ誰が どんな意図で語った話かは 興味がなかった
「へぇ これが荘子なんだ」
それはある本 ずっと気になっていたある本を図書館で借りて読んで、ほんのさわりの部分で紹介されていた。その本は
人生は愉快だ/池田 晶子

¥1,575
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僕はアメブロで知り合ったある方の記事を読んで、この本を読みたいと思った
ところが近所の本屋は貸し出し中・・・
で、忘れていたこともあったんだけれど、やっとこの週末に図書館から借り出した。
で、この話に出会う
それは奇しくも・・・僕が書いている小説「静かなる老人」という作品のある場面に、なんとなく蝶のイメージがあって、それを書くかどうか 迷っているときだった
あー、あの蝶は そういう存在だったんだ!
って、それはまるで神のお告げ 天の声のようなものだった 或いは『サイン』
サイン [DVD]/M・ナイト・シャマラン,メル・ギブソン,ホアキン・フェニックス

¥1,500
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http://ameblo.jp/makake/entry-10509597011.html
↑昔、書いた記事ね
で、悩みをぶっとばして、胡蝶の夢のエピソードをその小説に昨日盛り込んだわけだけど・・・サインはそれでは終わらなかった。
その夜、ちょっとした探し物をしていて、あるゲームソフトに目が留まる
PS版「女神異聞録 ペルソナ」
ペルソナ/アトラス

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↑リメイク版ね
そういえば、このゲームクリアーしてなかったなぁと思い、オープニングだけでもちらっと見たくなって、ゲームを始めてみる・・・あらあら、こんなところにも「胡蝶の夢」のお話がw
なんでしょうね
最近、僕の周りではこんなことばかり起きます
無意識に支配された行動
そう解釈するか
神のお告げ 天の声 或いは「サイン」
と解釈するか
僕はそのどちらも ありだと思う
それこそが真の意味での「胡蝶の夢」じゃないかなぁ
池田晶子さんは、こんなふうに著書の中で述べてます
生と死 もしくは夢と現実 もしくは自己と他者というものは、どうもうまく分けられなくなる。
何が何であるかを 言えなくなるのである。
言葉すなわち論理でいえない
こういう混沌の領域は、しかし、いきなりそこに飛び込むよりも、やはり荘子がそうしたように
常に論理に立ち戻りつつ進んだ方がずっと面白い。
「万物斉同※」の妙味はいや増すのである。
※「万物斉同」とは
人はとかく是非善悪といった分別知をはたらかせるが、その判断の正当性は結局は不明であり、また、一方が消滅すればもう一方も存立しない。つまり是非善悪は存立の根拠がひとしくて相対的であり、それを一体とする絶対なるものが道である。
wikiより
ふむふむ
さもありなん