「異端者の家」

モルモン教の若いシスター2人が、布教のために訪れた古いお屋敷。玄関に現れたのは品のよい気さくな中年男性リード氏。

中に妻がいるとの言葉を信じて家の中に入った2人を待ち受けていたのは、想像を絶する事態だった。一度入ったら決して脱出できない家からのサバイバルが繰り広げられていく。
最近とみに「怪演」が印象的なヒュー・グラントがリード氏を演じている。柔和な笑顔の陰には、一筋縄ではいかないドス黒いものが見え隠れする。
シスターたちはモルモン教について話をしようとするが、博識なリード氏は宗教に関して自論を展開し2人を言い負かしてしまう。
このあたりのやりとりは、宗教観の薄い人(私もだ)にはあまり興味が持てないのだが、彼が支配欲をむき出しにし、ちょっとアブナイ人物であることは伝わってくる。
不穏な空気を感じた2人は密かに帰ろうとするが、当然無理。もう引き返せないところまできていた。リード氏の罠にまんまと引っかかった2人は、恐ろしいやり方でその信仰心を試されることになる。
これは猟奇ホラーというか、スピリチュアルな要素もある心理サスペンスで、緊張感が半端ない。
後半はおなじみのホラー展開なのだが、「家」が重要な意味合いを持っているところが興味深い。デザイン的にも素晴らしいし、まるでひとりの登場人物のようだった。


 

「JOYKA 美と狂気のバレリーナ」

バレエが好きなので、バレエやダンスものの映画はよく観ている。
この映画はその中でもかなりいい出来で、純粋に劇映画として楽しめる。
サブタイトルに「狂気」とあるが、「ブラック・スワン」のようなサイコ的な要素はない。
ジョイ・ウーマックというダンサー(アメリカ人女性で初めてボリショイバレエに入団した)が書いた暴露本が元ネタになっている。
単身ロシアに渡り、アカデミーの練習生になったジョイを待ちかまえていたのは、想像を絶する厳しい世界だった。
レッスンが過酷なことも、生徒同時の足の引っ張り合いもまだわかる。だが「あなたのバレエはアメリカ的だから」とダメ出しされては何も言い返すことができない。
他のロシア人生徒たちは、小さい頃から何年もかけて同じメソッドで練習を積んできたのだ。アメリカ育ちのジョイは才能はあってもそこでは異分子。
それでもジョイは決して諦めず、必死で食らいつき、ボリショイが求める完璧なプリンシパルを目指していくのだった。
しかし、次第に精神的に追いつめられたジョイはとんでもない行動に出る。そこまでやるのか、と思うが実話なので本当なのだろう。
ボリショイバレエというと以前に、当時の芸術監督が顔に硫酸をかけられて襲撃される、という事件が思い出される。
バレエ団といっても日本では考えられないぐらい大きな組織であり、そこでは当然のように権力争いがありお金も動く。
ジョイ自身も無関係ではいられなくなる。パワハラどころか性接待までが日常茶飯事で行われていたのだ。
暴露話はそれだけでも興味惹かれるが、ヒロインを演じたタリア・ライダーが精神的に追いつめられ次第に常軌を逸していく様子を熱演した。
教師役のダイアン・クルーガーは自らバレリーナ経験があるようで、冷酷な指導者ぶりが非常にリアルだった。
ヒロインのボディダブル(バレエの吹替)を、ジョイ・ウーマック本人が演じていたのも興味深かった。
また、キャストのひとりとしてバレエダンサーのナタリア・オシポワが出演しているが、登場シーンは3分程度なのであまり期待しない方がいい。


 

「教皇選挙」

ローマ教皇の死去により次の教皇を選ぶための選挙(コンクラーベ)、という遠い世界の話のはずだった。しかし実際にローマ教皇フランシスコが4月に亡くなったため、リアルでのコンクラーベが近々行われることになった。
というわけで公開から1ヶ月以上経ったこの映画の人気が急に爆上がりで、GWもあいまってシネコンで連日満席という事態が起きている。

アメリカでも同様の現象が起っているそうだ。何ともタイムリーな結果になってしまった。
そうか、今ごろは映画のように枢機卿同士での腹の探り合いとか、影の陰謀とか画策が行われているのかな、と思わず想像をめぐらせてしまう。
もともとは原作ものではあるが、とにかくよく出来た映画で極上のエンタメ作品だ。最初の方で人物関係が少しわかりにくい部分はあるが、次第に引きこまれて目が離せなくなってしまう。キャストも主演のレイフ・ファインズ始め、ジョン・リスゴーやスタンリー・トゥッチ、イザベラ・ロッセリーニまで登場し、ベテランぞろいでみな巧い。
候補者同士の足の引っ張り合いや、派閥争いといったどこの社会にもありそうなことを絡めて、新教皇を選ぶまでの3日間。役割を任せられたレイフ・ファインズ演じる主席枢機卿(いつも困ったような表情が印象的)の目を通して、ミステリアスに語られていく。

また、俯瞰で撮られる映像や、光や風、建物の内と外との陰影など、とてもきめ細やかな演出がなされている。
教皇選挙は混迷を極めるが、ようやくあるところに落ち着くことになる。しかしもうひとつその先があった。そのあたりのどんでん返し的なオチに、思わず声を出しそうになってしまった。いや、まいった。そうきたか、と。
兎にも角にも、大人が十分に楽しめる作品なので、個人的にはGWいちおし。
もうすぐバチカンで行われる本物のコンクラーベも気になるところだが。



 

「BETTER MAM/ベター・マン」

私は昔から洋楽好きだが、テイク・ザットもロビー・ウィリアムズもほとんど興味がなく、よく知らない。が、この映画はめちゃめちゃ面白かった。さすが「グレイテスト・ショーマン」の監督だけのことはある。
私のように、彼のことを知らない人でもきっと楽しめると思うのでお勧めだ。
アイドルの話なのになぜ肝心の顔を猿にしたのかは、「ありきたりの伝記映画にしたくなかったから」とのこと。
意外なことに猿顔は割とすぐに慣れて、違和感がなくなってくるから不思議だ。
サルだけにダンスがキレッキレで見ていて本当に気持ちがいい。
内面描写や心の葛藤に焦点を当てているところも、作品に深みが増し興味深かった。
家族、特に父親との関係は愛と憎が混ざり合って複雑で、これは本人しかわからないだろうが、肉親とは非常にやっかいなものと感じているのだろう。
劇中のナレーションはロビー本人による音声で、監督が特に目的なく彼に話してもらったインタビューの中から選んで使用したようだ。この語りがもたらした影響は大きく、作品に真実味を増すことになった。
しかし何といっても作中のハイライトは、だれでも知っているあの名曲を歌うステージ・シーン。盛り上げ方もエモさもハンパないのはさすが、マイケル・グレイシー監督だ。
音楽好きとしては、90年代英国音楽事情とか、ロビーとオアシス(弟)との因縁など、見ていて興味深くニヤリとさせられるところも多かった。


 

「エミリア・ペレス」

ハリウッド映画におけるジェンダー云々の問題は、やや食傷ぎみなのだがこの映画はすごい。
原作ものではあるが、まず発想がかなり突飛だ。
女性に生まれ変わったメキシコの麻薬王(カルテルのボス)が、秘密裏にその手はずを整え実行してくれた女弁護士と再会し、新たな人生を歩み始める。
しかもこれがミュージカル仕立てなのだから、最初は面食らった。
でも不思議とこれが違和感なし。
弁護士役のゾーイ・サルダナが怒りをこめて歌い踊るオープニングからして、もう目が離せない。否が応でも引き込まれてしまう。
ミュージカルは時として、歌やダンスが話の流れを止めてしまうリスクがあるが、この映画にはそれがなくて秀逸だ。実に歯切れもテンポもいい。
前半、麻薬王が女性に変わるまでは非常にサスペンスフルでもあり、なかなか先が読めずにどう展開していくのかと思ったら…
主演はトランスジェンダーの俳優が、ひとりで手術前と手術後を演じている。この大化けも見ものではある。
現代社会におけるさまざまな問題を盛り込んでいる割に、説教くさいところもなく文句なしに楽しめた。まさに人生リセット・ミュージカルとでも呼べそう。
少し貫禄がついたセレーナ・ゴメスが、脇役ではあるがいい味を見せてくれた。
特に女性にお勧めしたい1本だ。きっと元気が出ると思う。

 

「Flow」

ラトビア人監督によるアニメ映画。私はジブリその他、アニメ映画は通常ほとんど観ないのだが、この作品は例外。大絶賛したい。
アニメーションの質に関して、日本のアニメと比較して云々という人がいるようだが、そんな瑣末なことはこの際どうでもいい。少なくとも私にとっては。
とにかく作品の世界観にたちまち引き込まれ、魅せられてしまう。
舞台は人類が絶滅した?! と思われるディストピア。そこに生きる1匹の黒猫。
大洪水が襲ってくる無人の街から脱出し、流されてきたボートに乗る。たまたま居合わせた他の動物たちと協力し(時に敵対することも)、さまざまな苦難と立ち向かいながら旅立って行くのだった。
こういった動物アニメにありがちな、擬人化は一切なし。当然セリフもなく、動物たちが発するのは本来の鳴き声のみである。
それでもそれぞれの動物の特徴は非常によく表現されているし、コミュニケーションも見事だ。ナレーションや解説もないので、すべて観客の想像力で補わなければならないが、変に小難しいこともなく素直にその世界に入っていける。
よく本を読んでいるような子どもなら小学生にも理解できるだろう。説明過多のアニメばかり観ている人には退屈かもしれないが。
本当に、心が洗われるような素晴らしい作品だった。そして深い。
鳥が光の世界に飲み込まれていくところなど実に感動的だ。
主人公がたまたま猫、ということで私のような猫好きにとっては魅力倍増だが、特に猫が好きでなくても十分に楽しめる。ただ猫が主体だとどうしても犬には分が悪くなってしまうものだが(でも作中のレトリーバーはいいヤツ)
第97回アカデミー賞長編アニメ賞受賞。

 

「アノーラ」

この映画を観に行った時、近くの席に年配のご夫婦と思われる方がいた。終わって場内が明るくなった時、奥様の方がとても気まずいような表情をされて席を立ったのが印象的だった。オスカー受賞作ということだし、若い子の恋愛映画だろうと、この映画を選択されたのかもしれない。
うーん、確かに作品賞受賞作ではあるが(全部で5部門受賞)、同時に「R18」であることにも留意しなければ。何しろヒロインの職業はストリッパーだ。
のっけからハードなストリップシーンが炸裂するし、Fのつく言葉が15秒に1回ぐらいぽんぽん飛び出す。アノーラももちろん濃厚サービスを提供していく。
彼女はロシア語を少しだけ話せるということで、店の客であるロシアの富豪の息子に気に入られる。出張サービスを頼まれたかと思ったら、その勢いでラスベガスへ行って結婚までしてしまう。
しかし甘い新婚生活は続かず、富豪の両親は大反対し2人を引き裂こうとやっきになる。豪邸にはロシア人の用心棒たちがやってきて、アノーラは命の危機を感じるほど危ない目に遭ってしまう。
前半はとにかくバカップルの恋愛ごっこが激しくて、実に騒々しく破廉恥だ。
ロシア人が乗りこんできてからは、暴力というよりはドタバタだったりして思わず笑ってしまったり。

ありきたりのシンデレラ・ストーリーとはいかないよ、と予想通りの展開と思ったら、最後の最後でもうひと捻りあった。その前の騒々しさがウソのような沈黙が流れる。ここが重要。
アノーラはその時初めて「愛」といいうものを知るのだ。そういう意味ではやはり恋愛映画だ。年配のご夫婦にはちと刺激が強かったかもしれないが。
プーチンに似た用心棒のひとりがいい味を出していた。

 

「名もなき者」

ボブ・ディランのことをほとんど知らなかったというティモシー・シャラメが、5年かけ見事に本人になりきった。これは本当にすごいことだ。
私自身はディランのファンではないが、それでも70年代から洋楽を聴いている身なので、彼の名曲の数々は自然と耳にしてきた。だが95年生まれのシャラメにしてみたら、親が好きで聴いていたのならともかく、知らないのも当然だろう。
ギターを弾き時にはハープも吹き、そしてそっくりに歌う。ゼロから始めて、まるで憑依したようにディランを演じたことに驚かされたし、その才能に感心した。
伝記ものとして、長いキャリアの最初の5年間にのみ絞ったことは正解だったと思う(この映画には原作があるが)。ヒット曲を散りばめただけの大雑把な作りにならず、曲が出来る工程も丁寧に描かれていたし、何よりもディランというミュージシャンの原点を見ることができた。
これがフィクションなら特に挫折もなく、あれよあれよという間に人気者になってしまう過程に不満が残ったかもしれないが、こればかりは本当のことなので仕方ない。
恋人役のエル・ファニングがもっと活躍すると期待していたのだが、やや物足りなかった(ウディ・アレンの映画で2人は恋人役で共演し、とてもいいコンビだったので)
でもジョーン・バエズやピート・シーガーの曲も聴けたし、その歌詞とともに60年代前半の空気感もしっかり味わえた。
ディラン・ファンにはどう映ったのかわからないが、個人的には音楽映画として十分に楽しむことができた。

 


「ドライブ・イン・マンハッタン」

ダコタ・ジョンソン演じる女性がNYのケネディ空港から自宅のあるマンハッタンまでタクシーに乗る。その運転手がショーン・ペン。登場人物はその2人のみ、映像はほとんどが狭い車内だ。
この段階で映画好きの人なら「ナイト・オン・ザ・プラネット」とか「オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分」といった動く密室ものを思い浮かべるだろう。
イエローキャブの運転手って、けっこうおしゃべりなのですぐに会話が始まる。最初はどうということはない世間話だが、次第に彼らの人となりが明らかになっていく。
女性の方は時々スマホに手を伸ばして、含み笑いをしながら彼氏らしき人物とエッチなLINEトークを続けている。
お互いこれっきりの関係だからと、会話は遠慮なく、かなり突っこんだ内容にまで踏みこんでいく。そして運転手はさすが人生経験者なので、女性の秘密にも気づいてしまい、彼女も胸の内をさらけ出す。
空港から目的地であるミッドタウンまでは30分程度で着いてしまうが、それを100分の映画に引き延ばすには何か起こらないとならない。このあたり、うーん、もうひと捻りしてほしかったかな。
スリリングさや緊張感といった面では「オン・ザ・ハイウェイ〜」には及ばないが、まあ、ぜんぜん別のタイプの映画だからね。
それと、ニューヨークの夜景がもう少しよく見たかった、期待していたのだが…
女性映画なので、主人公の女性にエールを。クズな男とは1日も早く別れることと、今夜はとにかく身体を休めてぐっすり眠りなさい、とだけ言いたい。