「ロングウォーク」

スティーブン・キング原作。ホラーというよりは友情もの、ヒューマンドラマだ。
歩くか、さもなくばほ死か。休憩は一切なし、一定のスピードで歩き続けなければ即、死が待っているというルール。
ゴールはなく最後のひとりまで残った者が勝者となり、賞金を得られるという国家主催のデスゲーム。それがロングウォークだ。このゲームに若者50人が参加することに。最後まで残るのはだれか、そしてその間にどんな展開があるのか、いやでも期待が高まる。
一本道を人がただ歩き続けるだけなので、緊張感はあるがどうしても絵が単調になる。そこは参加者同士のリアルな会話でほぼ108分もたせる。
参加者のキャラが決め手だ。主人公レイとさっそく親しくなったピーター。皆がライバルとはいえ、この過酷なレースを孤独で戦うのは無理だ。極限状態の中、そこに友情が生まれる。支え合わなければとても続けられない。
この2人を中心に、他の参加者も絡んできてドラマが生まれるわけだ。止まることは許されないので、靴紐を結び直しただけでも銃殺、なんてことに。靴に入った石を取り除くだけでも命がけだ。
うまいな、と思ったのは人数の減り方とタイミング、その配分も。もちろん個々にそれぞれの事情がありドラマもある。嫌な奴だなと思っていた人が、意外な一面を見せたり。
それでもみんな仲良くゴールすることはできないのだ。だれもがそれをわかっているから、ことさらむなしい。
ラストは、こうなるかも…という予想を見事に裏切られた。別のヴァージョンもあったという話だが、このオチが好きかどうかはあなた次第。私はこれもアリかと思ったが。

しかし人間、不眠不休で500キロも歩けるものかと疑いたくなるが、まあ一種の寓話ということで。
69年の映画「ひとりぼっちの青春」を思い出した。男女ペアになって踊り続ける、死のマラソンダンス・コンテスト。若き日のジェーン・フォンダが主演。


 

「急に具合が悪くなる」

上映時間が198分と聞くと、ひるんでしまう人もいるだろう。私もそのひとりだ。
長尺の映画が苦手で、できれば映画は(内容にもよるが)2時間以内に収めてほしいと思っている。
それでもこの映画に足を運んだのは、濱口監督の前作「ドライブ・マイ・カー」も同じように3時間近かったが満足感が高かったからだ。不思議と長さも感じさせなかった。
今回の「急に具合が悪くなる」は、さすがに長さは感じたが、それでも十分観る価値のある1本だと思う。
舞台はパリ郊外。介護施設のディレクターとして働くマリーと、舞台演出家の真理。似た名前を持つ2人は偶然に出会い、たちまち親しくなる。
日本語とフランス語を半々に混ぜながらの会話は、内容が非常に多岐にわたりそして深い。まるで何十年来の友のように、いきなり核心を突く話題になったりするが、どちらかが合わせているわけではなく、無理な同調もしていない。会話が自然な流れでとめどもなく溢れていくのだ。
2人の女性の会話シーンは非常に長いが、その内容に興味が持てなければ映画はただ退屈で長いだけだろう。個人的には大変興味深く、感心して聞いていたので退屈している暇はなかった。
真理は末期ガン患者であり余命は限られている。今はまだ元気が残っているが、「もし私の具合が急に悪くなったら、その時は…」と、マリーは真理から告げられる。
真理が演出家ということで、前作と同様に演劇シーンがふんだんに取り入れられている。介護施設内でのワークショップなども新鮮だ。
日本の現状にも通じる介護や施設の問題と、演劇という芸術が結びついていくストーリーはなかなか斬新。知性と経験のすべてを結集し、本気で交わされる2人の対話は見事というほかはない。
さすがに中盤でやや中だるみと感じるシーンもあったが、それでも充実の3時間強だった。



 

「Michael / マイケル」

マイケル・ジャクソンの自伝映画、といっても前半生にスポットを当てた作品だ。
60年代のジャクソン5への参加から、1987年「バッド・ツアー」までの期間が描かれている。
私はマイケルの絶頂期を、洋楽リスナーとしてリアルタイムで見てきたので、特別ファンでなくとも彼がどれほど人気があって売れていたかは、よくわかっているつもりだ。
だがマイケル・ジャクソンというアーティストがまぎれもなく稀有な才能の持ち主ということは、彼の死後に公開された「This is It」を観て思い知ることになる(それまでまともにアルバムを聴いたこともなかった)。
「マイケル」は話題性だけで鑑賞したわけではないが、ファンでなくてもこの人物に興味があったことは事実だ。
だれがマイケルを演じるかが最大の問題だろうと思われたが、実の甥がキャスティングされ多くの人と同じ様に納得した。
実際、兄ジャーメインの息子のジャファー・ジャクソンは、半端ないプレッシャーがあっただろうが、見事にやってのけた。ダンスはもちろん、あらゆる身のこなしや歌い方などマイケルが乗り移ったようだ。
傲慢で支配的な父親との確執がこの映画のテーマのひとつだが、そのあたりのドラマは想定内。他のきょうだいがどう感じていたのか、ほとんど触れられないのが少し残念だった。
ジャネット・ジャクソンがいなかったことになっているのは、ご本人の希望だそうだけど。
また、少年虐待疑惑については、当初映画の中で触れていたそうだが「法的理由」でカットされたそうだ。だから、というわけではないが、きれいにまとまりすぎた印象は否めない。もう少しマイケルの影の部分や苦悩、といったものに踏み込んでほしかった気がする。
とはいえ子役の活躍ぶりも見事で、テンポはいいしサクサク見られる。歌唱シーンもたっぷりで、ファンには申し分ない作品に仕上がっているのではないか。
個人的には、85年の「We are the World」 が出てくるのを楽しみにしていたのだが、権利の問題とかで外されたようだ。
すでに続編の撮影も開始しているようだが、その後のマイケルが見たいか?! 

おいしいところはほとんどこちらで描いてしまっているように思えるのだが。まあ、たぶん見ると思うけど…。
 

「シンプル・アクシデント/偶然」

かつて理不尽に投獄され、拷問の被害に遭った主人公ワヒド。自分の一生を台無しにした義足の看守を、偶然見つけてしまった。復讐心に燃えたワヒドは彼を無理矢理拘束し、荒野に掘った穴に埋めようとする。だが彼は人違いだと主張する。
当時は目隠しされて看守の顔を見ていないワヒドは、絶対に彼だという自信がない。そこで復讐をいったん止めて、看守を知る仲間を尋ねてまわることに…
物語は冒頭からスリリングで、話が進むにつれミステリアスさも増してくる。非常にテンポもいいし、思わず引き込まれてしまう。

しかし復讐譚として非常にシリアスなのに、この映画、どこか可笑しみがある。
たまたまウェディングドレス姿だった女性がワヒドに付き合わされ、引っぱりまわされるところも滑稽だし、途中で赤ちゃんの誕生とかおめでたいハプニングも起きたりして、凄惨な話のはずなのにどこかほっと和んでしまう。
監督はイランのジャファル・パナヒ。長年にわたり国家と対峙してきて、自身も何度も投獄された経験があるそうだ。今回も投獄覚悟でこの映画を撮ったのか。映画を武器に闘っているなんてすごいことだ。
ワヒドの疑心暗鬼がこの映画のテーマであるが、結論は観客まかせである。こうした終わり方に納得できない向きもいるだろうが、個人的にはまったく構わない。
私は○○だと思う、と自分で考えて結論を出せばいいし、他の人と意見を交わすのにも向いている内容だ。
いつまでも心に残る作品だった。


 

「シラート」

モロッコの砂漠地帯で行われるレイブ・パーティー。そこに出かけたまま行方不明になった娘を探すため、息子とともに旅に出た父エステバン。娘はすでにそこにはおらず、父と息子はレイバーたちに付いて捜索の旅に向かう。
砂漠の強い陽光、巨大なスピーカーから流れる音楽、膨大な人々が集まるレイブ・パーティー。そこでは簡単に人がいなくなるし、人も死ぬ。
「ただ今ある音楽を感じ楽しむだけ」と参加者は言う。この空虚感。
エステバンと息子は娘を探したい一心で砂漠にまで来てしまったが、それは地獄への道行の始まりだった。
過酷な自然環境の中、信じられないような危険な行程を辿ることになり、見ているこちらも生きた心地がしない。
世捨て人のようなレイバーたちともいつしか心の交流が始まるわけだが、あることをきっかけに恐怖と絶望がエステバンを襲う。
この映画のキャッチフレーズが「予測不能のロードムービー」とあるが、まさにその通り。もう娘探しとか、本来の目的はどうでもよくなってしまう、というか頭にも浮かばなくなる。
極限の緊張が支配する中、エステバンはふらふらと砂漠を彷徨う。極限状態の向こうには虚無しか存在しない、もうやめてくれとも叫ばない。
観ている方も手に汗にぎり、喉はカラカラになる。心臓にも悪い。
ふと、ミケランジェロ・アントニオーニの「砂丘」という映画を思い出したが、共通するのはたぶん砂だけだろう。
だれもが楽しめるという作品ではないが、観るのなら音響のいい大スクリーンでの体験をお勧めする。

主演のエステバンと息子以外は、俳優ではなく素人ばかりを起用したそうだが、そのことで一層リアル感が増した気がする。

 

「サンキュー・チャック」

とても好きなタイプの映画で、こんな作品に出会えて幸せを感じてしまった。
スティーブン・キング原作の短編小説を映画化したそうだが、ホラーではない。
ちょっとミステリアスで奇妙な味の作品だが、小さなことを描きながらも、人の生死や壮大な宇宙、哲学的なことまで感じさせるところが凄い。
よくある底の浅いヘンテコ映画とは格が違う気がする。想像力豊かでさすがはキング原作、というか、監督の手腕とセンスも光っている。
大規模災害などで世界の終末が近づく近未来。インターネットが一切つながらなくなった世の中で、テレビやラジオや街頭に「チャールズ・クランツに感謝します。すばらしい39年にありがとう、チャック」という謎の広告が突如現れる。その広告で埋め尽くされた街で、それでも人々はそれぞれの日常生活を送っているのだった…
謎にまつわる話が展開していくのだが、面白いのは最初に3章→2章→1章と逆に遡って進んでいくことだ。時間が逆戻りするわけだが、わかりにくさはない。
チャックという平凡な男の一生を語りながら、実に深いところまで人生を感じさせる。世界は終わりなのに、それでも人生は美しく楽しく、喜びに溢れている。キングらしいギミックもきかせながら感動作に仕上がっている。
トム・ヒドルストンのダンスシーンは圧巻で、名作のダンスシーンにも引けを取らないほどの出来映え。思わず目が釘づけになってしまった。打楽器のみで踊るのも新鮮。
また、子ども時代のチャックが年上の女性とダンスするシーンも微笑ましく、希望と楽しさに満ちている。使われている曲が「ギミ・サム・ラヴィン」という古いナンバーなのだが、スティーヴ・ウィンウッド推しの私には大変うれしいサプライズだった。ここも映画のハイライトのひとつ。
時間を遡っていくと書いたが、各章が進むにつれ最初に観たシーンの印象が変わってくるのが面白い。思わぬ発見もありそこまで計算された演出なのだと唸ってしまう。
全部を観終わった後、すぐもう一度観直したくなる作品だ。

 

脇役もそれぞれ光っているが、中でもマーク・ハミルは際立っていた。


 

 

「プラダを着た悪魔2」

前作から20年。ヒロインのアン・ハサウェイだけでなく、主要キャラが4人勢揃いというのが何よりうれしい。
1作目は若い女性の自己発見のお話だったが、再見することないまま2を観に行ってしまった。やはりおさらいしておいた方がよかったな(と後悔したがすでに遅かった…)
前作は、ヒロインであるアンディのフレッシュさもあって、作品全体がキラキラ輝いていたのに対し、今回はのっけからハードな展開が待ち受けていた。
20年も経っているのだから当然だが、みなそれぞれに年を重ねている。彼らがその間どう過ごしたかは、あまり詳しく触れないのだが(個人的にはもっと知りたかった)、キャラそのものは変わっていない。
編集長のミランダは相変わらずシニカルではあるが、さすがに今の世の中、以前のような底意地の悪さは影をひそめている。おまけに経費削減で、出張ではエコノミークラスに乗せられるハメに。これもご時世だから仕方ないのか。あのミランダ様が。
日本も同じだが、出版文化の衰退はもう歯止めが効かない。残念だがこの事実があるかぎり、雑誌「ランウェイ」に明るい未来を見出すのは困難なのだ。
それを踏まえた上で、2はよく考えられた脚本だったと思う。アンディの私生活や恋バナはあまり語られず、お仕事映画に徹していた。
それでも前作同様、ユーモアのセンスと軽みを忘れず、レディー・ガガの使い方もうまく感心させられた。もちろんファッション・アイテムの数々もたっぷりでひたすら目の肥やしとなった。
買収劇のバタバタは、現在の映画界にとっても人ごとではないはず。そんな「今」も感じさせる続編だった。



 

「1975年のケルン・コンサート」

音楽青春映画は好きなジャンル。とはいえ洋楽ロック一筋の私には無縁なジャズの世界なので、あまり期待していなかったのだが、これが意外にわかりやすくて興味深く鑑賞した。

私と同様にジャズに詳しくない人が観てもきっと楽しめると思う。
キース・ジャレットの歴史的名盤、「ケルン・コンサート」の舞台裏には、当時18歳の女性プロモーターの奮闘があったとは。これが実話なのだからさらに面白い。
ヒロインのヴェラはドイツのケルンに住む女子高生。1975年当時、この年齢でロックではなくジャズに傾倒するとはなかなか渋いな、とまず感じた。
権威主義の父親にうんざりしているヴェラは年齢を25歳と偽って、来独公演を招聘するプロモーターのアルバイトを始めた。
ベルリンのフェスでキース・ジャレットの演奏を聴いて感動したヴェラは、ケルン公演を実現させようと動き出す。このあたり女子高生ノリで、この時代ならではということもあって、するするとうまく事が運んでいく。
途中、音楽ライターがキース・ジャレットと話をするシーンがけっこう長い尺を使って出てくるが、その内容がなかなか興味深くジャズに疎い私にはとてもタメになった。
「ケルン・コンサート」の音源は、映画では使用できないということで、ちょっと残念だったが、劇伴がジャズ以外の音楽が多く使われていて意外だった。
マニアックだがドイツのロックバンド、カン(CAN)なんかも使用されていて少しうれしくなった。ジャズ・ファンには不評かもしれないけど。
10代の少女が夢をかなえるために奔走する姿は、ありきたりな表現だが「元気もらえる」感じで爽快感があった。
主演の女優さんはJKを演じるには少々無理があったが、まあ、いいか…