「嵐が丘」
原作は遠い昔、中学生の頃に読んだが、たぶんよくわかっていなかったと思う。
今回の映画化は、原作の後半部分をばっさりカットして、ひたすらキャサリンとヒースクリフの物語に焦点を当てた。
それ自体は悪くないし、理解もできる。だが全体的な印象がどうも「文芸エロス」になってしまい、きっと原作ファンの評価はよくないだろうと思った。
主演のマーゴット・ロビーもジェイコブ・エロルディも個性の強いキャラを、大変な熱量で演じた。感情的にも肉体的にも濃いラブストーリー、破滅的で激しすぎる愛。
2人の愛憎劇はもちろんだが、脇で登場するキャラも見逃せない。家政婦ネリーはベトナム系女優が演じたためか、物語を掻き回す要因になるヒール的な存在で興味深いし、キャサリンを慕うイザベラに至っては完全にヤバい人だ。
監督が「プロミシング・ヤング・ウーマン」のエメラルド・フェンネルというのが妙に納得できる。時にキャサリンの言動が現代的に感じられたのは監督のセンスだろう。
キャサリンの衣装にしても、この当時にはあり得ないような素材を使用したりとかなり冒険的だが、それがあまり不自然に感じられないのだ。
ヒースクリフ役のジェイコブ・エロルディは「フランケンシュタイン」で好演したが、このタイミングでのキャスティングは大正解だと思った。
個人的な好みで言えば、キャサリン役にはもう少しヨーロッパ的な雰囲気の女優で見たかったかな、とも思うがマーゴット・ロビーがプロデュースまで担当しているので、まあ、それはそれでアリだろう。
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日本人の女性監督が、ハリウッドでこんな素敵な映画を撮ったなんてうれしい限りだ。
クールさと可笑しみが混在している空気感が「ロスト・イン・トランスレーション」を思い出してしまった。異邦人 in Tokyo という共通点は確かだが。
ブレンダン・フレーザー演じるフィリップは、以前はそこそこ人気のある俳優だったが、今は東京でひとり暮らししながら細々と俳優業を続けている。
そんな彼のもとに「レンタル・ファミリー」の仕事が舞いこんでいる。嘘をつき通す仕事に後ろめたさを感じつつも、彼はその仕事を引き受けるのだった。
何といっても、ブレンダン・フレイザーあっても映画だ。あの大きな身体を小さく丸めながら満員電車に揺られる姿は、それだけでほのぼのしてくる。
顧客の要望に合わせて家族のようなふりをすることに、最初のうちは良心がとがめるフィリップだが、次第にその仕事にのめりこんでいく。
仕事と割り切れない「情」や「共感」がわいてきて、逸脱しそうになってしまう。
彼の葛藤は丁寧に描かれるが、決して重くなりすぎず、あざとさもなく、時にユーモアが感じさせるのは、彼のキャラによるものだろう。
そして驚くのは彼を取り巻く役者たちの芸達者ぶりだ。柄本明の存在感は言うまでもないが、平岳大や山本真理が思いのほかいい味を出しているし、子役の少女は将来がとても楽しみだ。
あまり期待しないで鑑賞したのだが、いい作品に出会えたと満足度は高かった。
「ブゴニア」
この映画が韓国映画のリメイクだったとは。しかもそれを勧めたのがアリ・アスター監督(「ブゴニア」の製作にも携わっている)だったというのは、意外だがさもありなんという感じだ。
エマ・ストーンはヨルゴス・ランティモス監督とはよほど相性がいいいのか、もう5本目の出演だ。
今回は映画のため本当に坊主頭にもなったが、本人はそれにまったく抵抗がなかったというから驚きだ。
エマ・ストーン演じる製薬会社のCEOミシェルが、地球侵略を目論む宇宙人だと信じこんでいる陰謀論者のテディとその手下。彼女を誘拐して地下室に監禁し「地球から手を引け」と迫るのだった。
正直、陰謀論者の話とかもううんざりなのだが、今回はミシェルのキャラのおかげか一気に観てしまった。皮肉なユーモアもそこここに散りばめられているし。
登場人物の背景は、話が進むにつれて少しずつ判明してくるが、最初は何だかわけがわからない。このもったいぶったような演出が苦手な人にはキツいだろう。
ミシェルは心理学の専門家でもあるので、テディたちを言いくるめながら何とか窮地を乗りきろうとするが、事態は思わぬ方向に転がり始める…
予想もつかない展開に驚きながら怒涛のようなラストを迎える。
もともとの韓国映画がどんな感じだったのか、観てみたい気もするが。20年以上前の作品、伝説的カルト映画だそうだ。こういう作品を見つけてくるところもすごい。
エマ・ストーンもだが、陰謀論者を演じたジェシー・プレモンスの芸達者ぶりも光っていた。
「HELP / 復讐島」
こともあろうに出張途中での飛行機事故で、パワハラ上司と無人島に取り残されてしまったヒロイン。助けは来ないので孤島での2人きりの生活が始まる。
ところがこのヒロイン、テレビのサバイバル番組が大好きで知識だけは豊富、おまけに度胸と体力も持ち合わせている。かたや上司の方は何ひとつできず、食べ物も調達できずにスネてばかり。
無人島での立場逆転劇といえば、近年「逆転のトライアングル」をすぐに連想する。あれもなかなかの名作だったが、こちらも引けをとらない。何しろ監督はサム・ライミだから。
いわゆるホラー映画とは異なるが、ドッキリがあったり血まみれの格闘劇とかスプラッター度も高い。そして何より、いけすかない上司との心理劇が興味深い。
職場ではざんざん馬鹿にされてきたけれど、無人島では明らかに彼女の方が立場が上。それなのにこの上司は彼女に従う素振りを見せながら、突然裏をかいたり一筋縄ではいかない。
極限状態でお互い助け合う美しい人間愛など生まれない。いつ足を引っ張られるかわからないから気を抜けないのだ。
このあたり、サム・ライミらしい皮肉に満ちて、またユーモラスでもある。
話は終盤に向かって二転、三転して最後までハラハラ、ドキドキ。どう着地させるのかわからない。
途中で「やはり! 」という展開があったが、それでもまだ終わらないところが「やられた! 」と思った。
ラストは胸がスカッとしたが、よく考えるとこのヒロインもかなりイタいキャラであることは確かだ。このあたり、現代的でよくできているな、と感心した。
ヒロインのレイチェル・マクアダムスが大熱演。
「恋愛裁判」
深田晃司監督の作品はずっと見ているつもりだが、今回はいい意味でとても見やすく一般受けもする作りになっていた。
恋愛禁止事項に違反したとして、芸能事務所から訴えられたアイドルの案件(実際にあったこと)をヒントにした作品だ。
この監督だから、アイドル時代のことは回想で軽くふれるぐらいと予想していたのだが、前半はたっぷりとアイドルの日常を描いてみせた。
もちろんそれはそれでとても興味深かく、思わず引きこまれてしまった。が、やはり何といっても裁判が始まってからが面白い。
クールにアイドルを演じた齊藤京子が、闘う女へと変貌したのだ。アイドルの衣装と作り笑を脱ぎ捨て、紺スーツに真顔で法廷に臨む。もう少しスリリングな法廷劇があってもいいと感じたが、実はテーマはそこだけではなかったのだ。
倉悠貴演じる大道芸人の恋人は、なかなか秀逸で好演していたと思う。アイドルの世俗性とは正反対のアーティスト気質の彼。こりゃ、惹かれるのも無理ないわ、と思っていたら……
彼は彼女の王子様ではなかった。早々に化けの皮がはがれ、世俗に戻っていってしまった。
このあたりは深田晃司監督らしい皮肉に満ちていた。
ラストシーンは何となく予想がついていたが、それでもやはり感動的で、頑張れとヒロインの細い肩を押してあげたくなるのだった。
「アグリーシスター 可愛いあの娘は醜いわたし」
ノルウェー発、シンデレラの義姉妹をヒロインにしたホラー映画。といってもホラー要素は少なめだが、よくあるおとぎ話の変形版ではなく、独特な視点で興味深い作品だった。
「意地悪姉さん」のキャラは、バレエの「シンデレラ」では女装した男性ダンサーが踊ったりする。大げさなドレスを着てコミカルな仕草で、はっきり言って道化というか嘲笑の対象なのだ。
この映画のヒロイン、エルヴィラはさほど意地悪ではないが、ロマンス小説に夢中で見た目もパッとしない。いつも母親の言いなりになっている。
娘を王子と結婚させたい母親はとにかく必死で、とりあえずルックスだけでも何とかさせようと、あやしげな整形手術を受けさせる。麻酔なしの手術は、本人でなくてもホラー並の怖さ。いくら食べても太らないサナダムシのダイエットとか、ぞっとするというより狂気の沙汰だ。
母親はあの手この手で賄賂を使ったりして、娘を王子に売り込むためやっきになる。
だがそんな努力もむなしく、王子は舞踏会でシンデレラに一目惚れ。ここはおとぎ話と同じだ。落とした靴の持ち主探し、というのも同じ展開。
決定的に違うのは、この映画では脇にまわったシンデレラ自身のキャラだ。無垢で心やさしいおとぎ話とは真逆。腹黒くてしたたか、おまけになかなかのビッチぶりで、玉の輿に乗るにはこのくらいでなくちゃと思わせる。このあたり、現代的だし女性監督ならではの視点と感じた。
シンデレラの靴が小さすぎて入らないエルヴィラは、追いつめられて何をしたか。ここまで書けば想像に難くないだろう。まったくをもってクレイジー。
予想もつかないラストといい、インパクトありすぎな映画だった。しかしこの哀れなヒロインを、どこか憎めないところがある人物に描いた監督の視線がいい。
「おくびょう鳥が歌うほうへ」
とにかくシアーシャ・ローナンの演技がすばらしく、去年の主演女優賞オスカー候補にならなかったのが不思議なぐらいだ。
ロンドンの大学院で生物学を学ぶロナは、自分を見失いアルコール依存になってしまった。リハビリを経て断酒生活を送るのは、故郷スコットランドの果ての小さな島。大自然の中に身を置き、野鳥保護団体で働きながら自分自身を見つめ直していく…
シアーシャ・ローナンのこれまでの芸歴を考えても、実にぴったりな役ではないか。原作ものだが、まるで彼女のために書かれた脚本のように見える。
アルコールに溺れ、恋人とも別れ、暴力沙汰にも巻き込まれていく悲惨なロンドン時代。島にきて孤独の中厳しい自然と戦う禁欲的な生活まで、振れ幅の大きな役を見事に演じきった。
依存症を克服する姿がリアルなのは、原作者が脚本にもたずさわっていることも大きかったかもしれない。過剰な根性ものにせず、家族問題もからめてどちからといえば淡々としている。それだけにローナンの眼差しひとつ、小さな演技が光っていた。
またこの映画の第2の主役は、島の自然だ。都会から離れた彼女は、荒れ狂う海や吹き荒れる風、荒涼とした草地の中で、ひたすら自分自身と向き合っていく。
凍てつく空気の中、たくさんのアザラシが頭を出している海で泳ぐ、というシーンには思わず目を奪われた。こんな体験をしたら、だれだって人生観が変わるのではないかと思ってしまった。
監督は「システム・クラッシャー」という映画で、感情を制御できない9歳の少女を描いてとても印象的だったノラ・ファングシャイト。撮影も同作と同じスタッフだったようだ。






