昨日で、巨人の契約更改は日本人選手だけは終了した。
それにしても、以前に比べると契約更改もかわってきている。
以前のジャイアンツの契約更改のやり方は一回目は信じられないくらいのアップ率や年棒を提示する。
そこで選手が大激怒し、2回目は納得のいく数字になる。
これは1992年のシーズンオフ時の原辰徳選手の契約更改のやりかただが、92年の年棒は9998万円?ぎりぎり一億行ってなかった。
そのシーズンは決勝打も多く打ち当然年棒があがるとおもっていたのだが、提示額が一億8百万円??わずか八百万円しか上がっていなかった。当然原選手も大激怒し、2回目の交渉はなんと一億二千万円で契約成立。最初からだせるならだしとけばとおもうのだが、当時の巨人おフロントはかなり弱かったように思える。現在は清武代表が巨人の球団社長だが、清武代表になってからだいぶん巨人軍が変わってきているように見える。
その境は2005年のストライキ以降がひとつの転機であっただろう。
社内関係がよくなることで契約更改も上手くいっているのかもしれない。
