約束のベンチ Ⅱ | まじょねこ日記

まじょねこ日記

魔女の大切な仲間の猫たちの日常をみてください

 

《オダギリくん》の鼻先の皮膚に小さな黒いものを発見した時

すぐに病院で診てもらいました

 

それは扁平上皮癌でありました

以前に詳しいことはブログに書いたと思うので、ここで改めては書きませんが

 

先生と真剣に話し合い

私たちは《オダギリくん》を無理に生かし続ける方法ではなく

例え短くとも彼の尊厳を重視し、日々を猫らしく幸せな心で暮らす道を選びました

 

 

 

あれから3年が経ち

その間癌は進行を続けましたが、この冬までは仲間たちと共に元気に暮らすことができました

 

その後、更に進行し大きくなってゆく患部

浸潤が深くなって大きな血管に至れば失血死もありますが

私が大きく懸念したのはこの夏です

 

それは蠅類です

 

《オダギリくん》は、その本能からその類のものが今の自分にとって命取りになることを知っています

どんなにぐっすり寝ていても蠅の羽音には過敏で飛び起きます

 

蠅が患部に卵を産みつければ最期

ウジが患部から皮膚を食い荒らし

《オダギリくん》は壮絶な痛みの中で命を落とさねばならないからです

 

外の暮らしではどこに行っても蠅を避けることは不可能です

 

既に体力がなくなり始めた今

私はそれを恐れ、もう限界だと感じていました

 

 

約束を願い出た日の前日は、《オダギリくん》は公園に姿を見せませんでした

これからもそういうことはしばしば起こるでしょう

もう動くのもしんどいのです

 

残念だけれど、 これ以上この子を外に居させることはできない

10数年を過ごし、馴染んだ場所と共に暮らした仲間と離れがたいのは承知の上で・・

 

 

 

 

 

翌朝、いつもより早い時間に

魔女は片手に猫のご飯が入ったバッグ

そして、もう片方にはキャり-バッグを持って公園に向かいました

 

この日から子供たちは夏休み

公園では夕方から町内の盆踊りが催されるということで

猫たちのご飯を早めに終わらせないといけない、と思ったからです

 

向かう途中で公園を見上げると

そこには既に何人かの人間が園内を行き交うのが見えました

 

それを見た瞬間、私の頭は熱くなり、心には激しい痛みが走ります

こんなに早くから祭りの準備を始めているとは・・ 計算外でした

 

 

階段を掛け上り、公園の入り口に立った私は目の前に広がる非日常の風景に立ち尽くしてしまいました

 

そこには数十人の人々が蠢いていて

いくつかのテントを設営やら、何台もの屋台の用意がなされており

物を運ぶための小さめの重機も動かされていました

 

そのすぐ向こう、いつも猫さんたちが待つ場所にも人々が往来しており・・

当然、猫なぞは誰もおりません

 

 

たくさん持って来た猫たちのご飯が急に重みを増し

何よりも《オダギリくん》を昨日の朝に保護すべきだった・・と

悔やんでも悔やみきれず

深い後悔から心がおかしくなりそうでした

 

 

 

それでも魔女は、人々の間を縫うようにして、設営のテントや重機を避けながら

いつもの場所に向かいます

 

猫たちは誰もいないとわかってはいても

私はいつものようにそこに向かわずにはおられませんでした

 

 

 

潰れそうな心を抱えて歩いていると

行き交う人々やテントの向うに・・ 

 

 

 

ひとりの猫が小さく見える

 

 

その猫は、公園正面のベンチの中央に座って

通りすがる人たちから自分に向かって放たれる奇異の眼差しをもろともせず

毅然としてこちらを見据えておりました

 

 

 

 

 

オダギリくん・・

 

声にならない声が漏れて、思わず立ち止まる

周囲のざわめきのすべてが私の中から消えて

 

涙で歪んだ景色の中の《オダギリくん》は、まるで蜃気楼の中に浮かんでいるように見えました

 

 

人々にぶつかりそうになりながら彼に駆け寄り

その体に触れるまでは到底信じられなくて・・

 

《オダギリくん》は、抱き寄せる泣き顔の魔女を見上げ

眉を寄せたような顔つきで目を大きく広げて (どうしたの) と訊ねます

 

私は胸が詰まっていてそれにも答えられなかった

 

のらさんたちが最も恐れる多数の見知らぬ人間たちの中に身を置いて

この子は約束を守るために、たったひとりで待っていてくれた

 

 

約束のベンチの上で

 

 

 

 

《オダギリくん》は腕に抱かれて大人しくキャリーに入りました

鳴きもしませんでした

 

 

10年以上もの間、暑さ寒さに耐え

春には桜を眺め

秋は落ち葉の上で寝て

 

そうして仲間たちと暮らしてきた公園と、《オダギリくん》はさようならをしなければなりません

 

もう、生きてここに戻ることはないでしょう

 

 

透明なキャリーの中から周囲を見詰める《オダギリくん》は

どんな気持ちで最後の風景を眺めているのだろう

 

祭り支度の人々が見詰める中

私はゆっくりと、そして《オダギリくん》は堂々として公園を後に致しました

 

 

 

 

 

公園の前には迎えの車が来ていました

 

せめて私に家まで送らせてくださいと

ひとりの猫ボラさんがそこで待っていてくれたのです

 

 

 

《オダギリくん》はまじょ家の猫になりました

 

残された時間を、少しでも穏やかに過ごすために