約束のベンチ Ⅰ | まじょねこ日記

まじょねこ日記

魔女の大切な仲間の猫たちの日常をみてください

 

先週金曜日

雨が降ったり止んだりの蒸暑い日でした

 

公園組は食事を終えて雨の当たりにくい場所のいくつかでそれそれが固まっていて

まじょは入り口正面の細長いベンチに《オダギリくん》とふたりでおりました

 

 

その前に

《オダギリくん》は水道水ではなく、雨水を飲みたくてゆっくりと森に向かいました

そこは地面から150cmほどの高さの崖の上で

崖下の一部に枯葉が積まれた部分があり、そこからだと50cmほどを上るだけで済みます

その50cmもちゃんと上れないで落ちそうになる《オダギリくん》

 

目も弱ってきて、ちゃんとものが見えてないような気もします

 

 

翌日の土曜日はこの場所でお祭りがあると聞きました

同時に夏休みも始まるのです

 

夏休みは公園猫たちにとって長い受難の日々となります

 

昼間は小学生に追い回され

夜は中高生や若者が集まり、奇声を発して騒いだり、打ち上げ花火に興じたりするのですから

彼らは蒸暑い草むらにじっと身を隠してすべてをやり過ごすしかありません

 

そうなったら病気の《オダギリくん》が穏やかに過ごす場所などなくなる・・

 

ずっとここにいさせてあげたいけど

もう限界だと・・

 

 

 

ベンチで《オダギリくん》の頭を撫でながら話しかけます

 

《オダギリくん》はもうあまり喋れません

けれどその表情で言いたいことはわかります

 

 

「《オダギリくん》・・ 魔女の家で一緒に暮らさないか」

 

 

《オダギリくん》は『家』というものがわからないみたいで怪訝な顔を致します

 

 

「魔女と一緒に暮らそうか」

 

(ここで?)  

 

「ここじゃなくて、魔女がいるとこで」

 

(ここは?)

 

「公園からは出て行かなきゃいけないの・・」

 

(・・)

 

「ここには仲間がいるね みんな長い長い間一緒に暮らしてきたね」

 

(うん)

 

「でも、《オダギリくん》、この頃ちょっと疲れた感じしてるでしょう」

 

(・・うん)

 

「ハエ、やだよね」

 

(だいっきらい)

 

「魔女がいるところにはハエはいないよ、それに知らない人間も来ないのよ」

 

(そんなとこ あるの?!)

 

「あるのよ」

 

(ええー!)  久し振りに《オダギリくん》のこんな大きな目を見た!

 

「《オダギリくん》、毎日ちゃんと寝てないでしょう」

 

(うん・・)

 

 

 

 

 

深刻な顔をしていったい何の話をしてるんだろう・・ 

と、私たちを見詰める《くろす》と《まつこ》

 

 

 

 

 

先月、《オダギリくん》が半月ほど公園から姿を消したことがあって

それは自分の身にこれまでに経験したことのない何かが起こっていると知り

それによる不調のため身を隠してしまったのです

 

彼は近くのアパートの一番端の1階の誰も住んでいない部屋のベランダに身を顰めておりました

ベランダは高さ2メートル程のフェンスに囲まれ、中央に鉄の細い桟があるだけなので隣の部屋の方に身を寄せておれば誰からも見つかることはありませんでした

 

そんなところに潜んでいるのがどうしてわかったのかというと

それは《たてがみ》のおかげです

 

 

 

 

 

 

 

 

片時も側を離れず《オダギリくん》を守り続ける《たてがみ》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《たてがみ》は公園の外では《オダギリくん》の気持ちを尊重し

気づかれない距離を保って、いつも彼を見守ってくれています

《たてがみ》がいるところには、必ずその近くに《オダギリくん》がおります

 

そうして魔女が《オダギリくん》を探していると

《たてがみ》は目配せでもって彼が潜む場所を私に示してくれます

 

だからといって、《オダギリくん》が隠れている場所に私が覗き込むわけにはいきません

私は夜にその付近を歩きまわり

足音を聞きつけて《オダギリくん》が出て来るのを待ち、ご飯をあげます

 

 

 

しかし、体力の衰えが急速に進み、高さ2メートルのベランダの壁も上れなくなってしまい

その後は細い路地の奥にある一軒家の駐車場の車の下に身を置いていました

 

そこもまた落ち着ける場所ではなかったのでしょう

あたりを転々とした後、梅雨で涼しくなってから朝には公園に戻るようになりました

 

 

だけど・・ 昼近くになって気温が上がってくると公園から出て行きます

その後はどこにいるかわからず

深夜は近くのアパートの駐車場の車の下におりますが、そこだって到底落ち着ける場所ではありません

 

 

先に述べたアパートの端の部屋のベランダ

そこは《オダギリくん》がひとりだちさせられた時分に

不安と淋しさを抱えながら仔猫時代の暫くをひとりで過ごした場所なのです

当時もその部屋は空き部屋だったということです

 

 

 

「ね、 魔女と暮らそう」

 

(・・)

 

「そうしよう」

 

(・・たてがみは?)

 

「わかってくれるよ、 《たてがみ》はずっと《オダギリくん》を守ってきたよね それはあなたが心配だから」

 

(うん)

 

「《たてがみ》は《オダギリくん》が魔女と一緒だってわかったら安心すると思うよ」

 

(・・)

 

「いや?」

 

(・・)

 

「一回の夜の後、明るくなってからここにいてくれる?」

 

(ぼくを つれてくの?)

 

「・・うん 魔女はそうしたい それでいい、って《オダギリくん》が思ったらここにいてください」

 

(・・)

 

「ここにいて欲しい 約束してくれる?」

 

 

《オダギリくん》のお返事はありません

 

それから《オダギリくん》はのろのろと広場横切り、道を渡って反対側の大きな家の門の前で体を横たえました

暑くて歩くのがしんどかったのでしょう

私はそんな《オダギリくん》に向かって、もう一度 「約束だよ」 と言いました

 

 

魔女が公園の外組の子にご飯をあげている間に《オダギリくん》は姿を消しておりました