キリット君のお話 Ⅲ | まじょねこ日記

まじょねこ日記

魔女の大切な仲間の猫たちの日常をみてください


魔女家のアトリエで

《キリット君》の闘病生活と魔女の看病生活が始まった


成猫の雄の標準体重は5キロほどと言われるが

《キリット君》の体重は目下2キロを少し上回るくらいしかなかった


その頃私は展覧会の準備と仕事に追われていたが

仕事以外は何もかも後回しになった


幸いなことに肝臓は悪くなかったので、黄疸も一時的な状態の悪化に拠るものだろう

だとしたら、体力が戻れば回復すると信じることにした



時間の許す限り《キリット君》の側にくっついて、何が何でも食事を取らせる


顔の傷のせいで口が開けず、固形物を食べられないので

口の横から注射器に入れたペースト状の食べ物をゆっくりと注入する

そうすると少しずつ飲み込んでくれるので、それを一日に数十回繰り返した

薬も細かく磨り潰して時間を見てそれに混ぜる



声も掛け続けた

とろとろとして聞いているのかいないのか分からない常態の《キリット君》に

私は出会った時からの話を延々とした


始めて会った日のこと

《キリット君》が落ち葉の山の中から飛び出して来た時のこと

美しい陽が射す広場で、《オッドアイタ君》や《すがりつき君》たちと一緒に走り回った日のこと

《キリット君》が《オッドアイタ君》を女の子と間違えちゃったこと

月に照らされながら走り回った鬼ごっこ、そしてかくれんぼ

寒い冬に裸足の魔女の冷たい足を温かな舌で舐めてくれたこと


私たちにはたくさんの思い出がある

それを私はいくらでも話せる

《キリット君》の痩せ細った体を撫でながら、私は楽しい思い出話ばかりを聞かせた



5日間それを続け

《キリット君》もまた私に応えるように頑張りを見せ始めてくれた


そうして5日後には起き上がれないまでも、自分で皿から食べられるようになった

抗生剤が効いて傷が回復してきたようで口を少し開けられるようになったのだ




        




              まだ動きまわるまではいかないが



        
            時折、こうして甘えた様子も見せてくれるようになった



一週間が経った頃にはたまに箱から出て、ふらつきながらも室内を歩くようになる


それから数日経つと



       
         もの凄く時間が掛かるものの、カリカリも少しずつ食べ始めた




傷口も乾いてきて

薬も粒のまま、口を開けて飲ませることが出来るようになった



そうして10日後、私は自分の仕事の都合もあり、言われた期日より早めに《キリット君》を病院に連れて行った


この時、キリット君はキャリーバッグの中で、車がスピードを出す度に鳴いて嫌がった



診察室では

先生がこちらに背を向けて長々とカルテを見詰めている 


わざとだ・・ 

きっと、症状が回復していなかったら、と思うと嫌なんだ


それからやっとこちらを振り向いたので、私はバッグから嫌がる《キリット君》を出す


《キリット君》は先日とは違い、 「いやだ! いやだ!」 と言ってバッグの中で爪を立て、そこから出まいと抵抗する


引きずり出される《キリット君》は次に診察台から降りようと試みる


そんな《キリット君》を見た瞬間

先生の表情はそれまでの眉間に立て皺顔から別人のようにぱっと明るくなった



先生 「いいじゃない!  いいじゃないですか!!」


魔女 「・・」


先生 「体重は・・」


魔女 「2.9kgです」


先生 「おお! いいよぉ! 頑張ったねぇ!!」


魔女 (私も頑張ったんですけど・・)



先生は傷の状態を、それから全身の状態を念入りに確かめ


この調子で頑張って! と声を掛け


薬だけはもう少し飲ませましょうと言った



魔女 (再度血液検査をしなくていいのかな・・)


先生 「はい! 今日はこれで結構です」


魔女 (しなくていいんだ・・ 高いから?)



魔女 「そろそろ軍団と一緒に生活させても大丈夫でしょうか」


先生 「うんうん、そうしてあげて! そうしてあげて!!」



先生は先日とは打って変わって上機嫌だった



薬代だけ支払って帰宅



しかしこの時点で《キリット君》は完全に魔女嫌いになっていた


薬の時間には無理矢理箱から引きずり出され

口を開かされて錠剤を喉元に突っ込まれては呑まされる


車に乗せられ、病院に連れて行かれ

知らない人間にいじりまわされる


公園ではあんなに仲良しだった魔女は

実はとっても嫌な人だった・・ って


《キリット君》は魔女の顔を見る度に耳を寝かせ、けん制の態度を取って睨みつけるようになった



それはそれで何よりだ


最初は自分が何をされているか、どこに連れて行かれたかもわからない状態だった

それが今はきちんと状況を判断できるまでに回復したということなのだから


こうして《キリット君》の恨みがましい目が毎日魔女に向けられることとなる