夕食時、体の変調を感じていた家族①は殆ど食事に手を出さなかった
はしゃいでいるのはアップルブランデーを手に入れたラクちゃんだけだ
既にダイニングにいたラクちゃんは、ブランデー工場から一旦ゲストハウスに戻った後
諦めきれずにひとりでアップルブランデーを求めて村をうろつき、良いものを見つけて来たようで先ほどとは人が変わったようにご機嫌だった
自慢のブランデーを家族①とたまちゃんにもしきりに勧めている
家族①がその勧めを断りながら、「どこかで嗅いだことがあると思ったら、これはテキーラの臭いだ・・」 と言い出した
なに? アップルの匂いはしないのかいΣ(=°ω°=;ノ)ノ
具合が悪い家族①は食事の途中で部屋に戻ってしまった
家族①がいなくなったのに気づいた女将さんが、私に彼女はどうしたのかと尋ねた
私が、彼女はお腹を壊して食事もろくにできないことを告げると、女将さんはひどく深刻な顔になってしまった
家族①は正露丸を持って来ていたが、ネパールでお腹を壊すと正露丸なぞでは効くわけがない
それで私が持っていた薬を飲ませた
しかしそれは何年も前に医者から貰っておいた薬で
だって私はネパールでお腹を壊したことがないんだもの
しかもどうせ使うことないと思い・・
だから薬は数錠しかなく
この村には薬屋なぞないし
ここマルファは標高2630m、そして明日は一気に標高約3800mのムクティナートまで行って、更にその上まで登る予定なのに、これは困ったことになってしまった
この宿は女将さんと十代の二人の娘たちだけで切り盛りしている
女将さんは全ての客の料理を作り、ゲストルームを片付け、整え、シーツ類を洗濯し
そうして一日中休む間もなく働く
娘たちも学校が始まる前に料理の下ごしらえを手伝い、チェックアウト後の客室の掃除をし
学校から帰ってすぐから直ぐにゲストの夕食の用意、食事時はテーブルに皿を運び、食後は冷たい水で大量の皿洗い・・
彼女たちに遊ぶ暇など微塵もない
美しい娘たちの手はしもやけで赤く腫れ上がり、痛々しかった
翌朝、家族①は朝食を取らないままの出発となった
出発前、ラクちゃんがリュックから何かを取り出して渡した
それはドイツ語のロゴが入ったお腹の薬だった
これはどうしたの? と聞くと
女将さんから家族①に渡してくれと頼まれたと言う
女将さんは昨夜、忙しい夕食の片付けが終わった後、客室の一個一個をノックし
「もし余分な薬があるならどうか分けて下さい」 と宿泊客に一生懸命に頼んでまわったらしい
ラクちゃんに薬を渡された時、女将さんは厨房で仕事をしていた
私は構わず厨房に入り、女将さんに深くお礼を言った
女将さんはそのまま私と一緒にダイニングに出てきて
薬を握りしめてお礼を言う家族①の両手を取り、それを自分の両手でしっかりと包み
「早く良くなってください、あなたは私の娘のよう、どうか体を大事にして旅を続けてね」
と、家族①の顔を覗き込むようにして優しく言った
そんな女将さんの優しさに見送られ、マルファを後にする