夕暮れが迫ってきた
今から徒歩での移動は危険だし、急速に気温が下がるのでどこにも行けない
何しろ次の村までは恐ろしく遠いのだ
宿にアブれた人々でいっぱいの村
先ほどラクちゃんが見つけた部屋ももう確実に埋まっているだろう
バスを確保しなければここで野宿だ
私たちはバス乗り場に急ぐ
そもそも普段はひと気のない閑散とした村がどうしてこんな事態になったのかというと
それはネパールの風習に由来していた
ネパールの正月は大体4月、(ネパールはビクラム暦なので、私たちのカレンダーのように毎年同じ日が正月ではなく、ずれる)
その前年に父親や母親を亡くした人々は年が明けたこの時期にこのカリ・ガンダキ川で死者の魂を弔うそうな
日本で言えばお盆の精霊流しみたいなものか?
それで前年に親をなくしたネパール人は、毎年新年を迎えるとカリ・ガンダキの川沿いの村、カグベニに大挙して押し寄せるのだ
はい、ラクちゃん、勉強不足だったね
自分もネパール人でしょう
どうしてそれを忘れていたかなぁ
あんたの責任だし!! とは言わないよ
だって十分に責任を感じているラクちゃん
その顔は引きつって蒼白だもの
バス乗り場が見えてきた時、カズリが白人男性に声を掛けられた
よく見ると彼はムクティナートでグンバの永遠の炎を一緒に見に行ったデンマーク人のおじさんだった
そう言えば彼はカグベニで娘と落ち合うと言っていた
おじさんは笑顔で娘を紹介し、私は今の私たちの状況を説明した
彼は眉を顰めながら 「幸運を祈ってるよ またどこかで会えるといいね」 と言ってくれた
娘が前もって宿を取っておいてくれたおかげでおじさんは何とか部屋が確保できたらしい
時間がない私たちは慌ただしく彼と別れた
バス乗り場に着いた
そして愕然とする
そこは人、人、人、で溢れ返り、大変な状況だった
バスなどどこにも見当たらない
通常なら4時に最終が出るのだろうが、この日は何もかもがめちゃくちゃになってしまったみたいで、バス乗り場は混乱の様相を呈していた
ここにいるネパール人たちが何をしたいのかがイマイチわからない
多分宿にアブれて途方に暮れていると思われるが
みんな一様に深刻な顔をしていることだけは確かだ
何はともあれ、チケット売り場に走ってチケットを買おうとするラクちゃん
行列を待ってチケット売り場で行く先を告げたりしていたみたいなのだが
ますます蒼白になって戻って来た
眉間の皺が深すぎて、魔女の目はそこに釘付け
「ジョムソンに行きたければ3人分で4500ルピー払えと言われた・・」 (約¥5000)
ラクちゃんの蒼白顔は、その後怒りで次第に赤茶色くなった
それを聞いた魔女も怒りで眉間に深い皺が
「どうする・・?」 ラクちゃんが聞く
魔女 「払わねえよ!」
ラクちゃん 「クソ! 足元見やがって・・」
魔女 「ざけんな! あの野郎ども!!」
考えてみれば、この状況を鑑みるに払おうと思えば払えなくもない金額だったが
ネパールに入ったとたんからネパール価格で生活をしているのでこの値段には到底妥協できなかった
ラクちゃん 「チケット売り場の責任者みたいのは酒臭かった・・」
魔女 「もう許さんぞ!」
チケット売り場に向かう魔女
ふと横を見るとカリ ガンダキで死者の魂を弔う人々が目に映り、ついそれを眺めちゃう
親の弔いをしている人たち 何をどうしているのか良くわからない・・
もう夕方に近かったので人が少ないようだが、昼間はかなり混み合っていたと思われる
ラクちゃんはすっかり無口になって全く言葉を発しなくなっていた
責任を感じてるんだ・・
ラクちゃん、感じてるならもういいよ
私は一気に老人の様に老けてしまったラクちゃんを見やり、心の中でそうつぶやいた
その時、革ジャンを着た30代後半と思われるネパール人男性が人混みの中をゆっくりとこちらに向かって歩いて来た
そうしてその男はラクちゃんに、どうしたのか、と小声で話しかけた
無口になったラクちゃんは彼を相手にもしたくなさそうにしながらも、しかしブツブツと今の状況を話した
その男はふ~んという風に、ネパール人独特の首を傾げるようにして頷き
私の側に来て 「エクチン」 と言った
『エクチン』 (待ってな)
どういうことだろう
それから革ジャンの男は通りを渡った向こう側にある土産物屋で買うわけでもない風で品物を手に取り、それを眺めたり、そこらの知り合いらしい男性と笑談を始めた
そうして 「エクチン」 と言われた私はどうしていいかわからずぼんやりとそんな男の様子をを眺めていた
まったく先が見えない・・
やはり野宿なのか
服なぞろくに持ってないのに
困ったら情けない顔をしていれば何とかなる
それで何とかなったこれまでとは、さすがに今回は異なった状況を呈している
相変わらず風は吹き荒れ、再び冷たい雨がポツポツと降り出してきた