魔女
路地から大通り、大通りからまた路地
それを繰り返しながら私たちは最短距離を辿り《バブー》のいるマチンドラを目指した
声を掛けてくる知り合いに 「アザ ジャパン ジャネ」 (今日、日本に帰るよ) と告げながら・・
マチンドラ、裏の入り口から境内に入ると、ロッキンチェアのように跳ねながら《バブー》が走って来た
私は《バブー》を抱きしめ、それから二人で走り回り、転げまわり
時を惜しむかのように遊んだ
仕事に行くのを遅らせて、サムジャナやオンビカ、そしてラビがやって来た
お茶が運ばれたので《バブー》と一緒にママの店に入る
店はたちまち人でいっぱいになった
ホーリー祭参戦組は昨日の過激さからひどい風邪をひいており、全員体調絶不調の模様
ルナ(左)も風邪で熱を出し、オンビカ(中央)は咳が止まらず、サムジャナ(右)も熱で体がだるいとのこと
みなさんこれから仕事に行くのに大丈夫?
家族②も鼻をすすっているし
結局無傷なのは私だけ・・
ママが最後に何が食べたいか? と聞いたのでワイワイ(インスタントラーメン)をお願いした
ママは自宅でそれを作り、店まで運んできてくれた
それは《バブー》が私から離れないと踏んだからだ
ピタ(隣のおばさん)が大きなジェリ(甘いお菓子)とニムキ(塩味のパイ)を土産に、と持ってきた
次にバジャラチャリア氏が神様の果物とベダ(ミルクとバターで作ったお菓子)をくれた
アンビカとサムジャナがどこかへ行き、ダンボールに詰まったワイワイ(インスタントラーメン)を、そしてビスケットを大袋で買って来た
最後にママがやはり2種類のヌードルと、スージー粉、豆、揚げて食べるスナックを山ほどよこした
今日本では、ラーメンやパンなどの食料品が不足している、もしくは無い
というのをどこからか聞いてきたのだ
みんなが一生懸命に心配してくれ、持てるだけの食料を持たせてくれた
ママは私の手を握って言った
魔女、飢え死にしちゃだめよ! 食料が無くなったら電話しなさい、私が死ぬほど送ってあげるからね!
この日は3月20日、日本の大震災から10日目だった
震災の報道は日々深刻となり、ネパールの人々は顔を曇らせ、私の帰国を心配していた
ご近所の方々が首に花飾りを掛けに来てくれる
いよいよ・・ みなさまと、そして大好きな《バブー》としばしのお別れだ
・・《バブー》がうずくまってしまった
声を掛けても顔すら上げてくれない
私はそんな《バブー》を連れ出し、一緒にセト マチンドラの仏様の所に行き、祈った
再び会えますように
《バブー》が毎日を元気に暮らせますように
《バブー》がいつまでも多くの人々に愛され続けますように
私たちは肩を寄せ合い白い仏の前にいた
ノラ犬の寿命は短い
これまで出会って仲良くさせてもらったノラちゃんたちが次々と若くしてネバーランドに旅立つ中
《バブー》は既に6年才を過ぎている
私は恐れる
《バブー》と会えなくなることを恐れる
次にもし《バブー》の姿がなかったら・・ どうしよう、どうしよう
それでも、いつかそんな日が来るのだろう
私にはどうしてもそれの覚悟が出来ないのだ
できるのは、ただこうして祈ることだけ
仏に仕える僧と私たち参拝者を繋ぐ役目をするバジャリャチャリア氏の妻が
僧からカタ(仏教で祝いや別れの時に肩に掛ける布)を受け取り、私の首にそれを掛ける
それには白地に美しい模様が施された高級なカタで
その時起こった一瞬の風に美しく靡いた
《バブー》、そんな顔をしないで
ちゃんと魔女の目を見て、どうか今度会う日まで必ず元気でいると約束してください
私は毎日《バブー》のことを思っているから
それだけは欠かさず思っているから
私たちはいつも一緒だから・・