魔女
着の身着のままで眠ってしまった
夢を覚えているのは、レム睡眠であったためだ
私は大きなベッドの上でぐずぐずと目を覚ました
いつの間にか宴会は終わっていて、あたりは静かだった
右側に暖かいものを感じ、顔を向けてぎょっとした
赤ん坊が寝ている!
そんな現実をなかったことにしようと、反射的に体を左に向き直させると
うへっ! 寝ぼけたスドリッドが抱きついてきた
な、なんだ・・ なんなんだこの様相は!
もう一度首を捻って後ろを向くと、赤ん坊の向うにギタが眠ってる
顔を戻してスドリッドの向うを覗くと、ベッドの下でデイブが眠ってる
家族②の姿はない
ラクスマンの姿もない
魔女の両隣は赤ん坊と7才児がすやすやと眠っているから
起きて家の中をうろつく訳にもいかず・・
顔も洗えず、歯も磨けず、着替えも出来ない
非常に気持ちの悪い体のまま、私は再びレム睡眠に身を委ねるしかなかった
台所でもいいからひとりで寝たかった
異常に寝相の悪い魔女は布団に潜ってブツブツ言いながら混濁した意識が落ちて行くのを感じていた
・・・・・・・・・・・・・・・・
側で誰かが小声で囁いている
ぼんやりと目を開けると、デイブが妻のギタにもう朝だから起きて、と小声で言っている
デイブは間を置いて何回もそうやっていたが、ギタは全く起きる気配がない
デイブは諦めたように部屋を出て行き、どうやら朝食の用意を始めたようだ
私は全く熟睡出来ないまま朝を迎えた
そして私はダル過ぎて目もきちんと開かないし、体も起こせない
そんな魔女に、寝ぼけたスドリッドがいきなりド~ンと手足を乗せて来た
痛いじゃないかっ!!
思わずスドリッドをベッドから突き落とし、おかげで2人共しっかり目が覚めた
その騒ぎで赤ん坊が泣き出し、ギタが目を覚ました
こうしてやっとこの部屋の全員が起床した
部屋のドアがノックされ、ラクスマンが如何にも上機嫌で
「魔女、おはよう! 今日もいい天気だ、朝はすがすがしいね!」
と、満面の笑顔を向け、私の気分を逆立てた
デイブが何枚かのトーストとオムレツとマサラティー、そして果物を運んで来た
果物に手を出すスドリッドを突き飛ばしながら朝食を食べる
その後、ギタは赤ん坊を私によこしてどこかに行ってしまった
ラクスマンと家族②は外ではしゃいでいる
どうやら彼ら別の部屋で眠ったらしい
あぁ、憎ったらしい
デイブがダルバートを運んで来た
は・・ なにそれ・・
え・・ 夕べ魔女がダルバートを食べずに寝ちゃってから今食べろって?
たった今朝食が終わったばかりだろうがあ~~!!
ほんとうにみんなさん、いい加減にしてくださいね
私、今日カトマンズを発つんです
今日深夜便に乗って、明日の午後日本に着くまで眠らないんです
それ、分かってやってるんですか!
食べない! と言った私の言葉を聞いて、デイブが凄く悲しい顔になった
ダルバートの皿を持ったまま動かない
そして 「せっかく腕によりをかけて作ったのに・・」 とか、「地鶏なのに・・」 とか・・
何やらかにやらと小さな声でぶつぶつとつぶやくのだ
・・分かったわよ 食べるわよ
するとデイブの顔がぱぁっと明るくなった
魔女は長い時間をかけてそれを食べた
この日は日曜でデイブの仕事は休み
「ゆっくりして行ってよ」 と仰ってくださるお気持ちは有難いが・・
絶対ゆっくりしねえ!!
それでデイブは仕方なく私たちをゲストハウスに送って行く事にした
おかげで、学校を休んで私と遊ぶつもりだったスドリッドも学校にいく羽目になった (ネパールの学校は土曜が休み)
さめざめと泣いた後、口を尖らして抗議するスドリッドを、私はひっ抱えてバイクに乗せた
デイブのバイクにはスドリッドと魔女の3人乗りで
家族②はラクスマンのバイクで、ゲストハウスまで送ってもらうこととなった
ナニーのひとりが見送りに出て来た
デイブは貧しい田舎の子を引き取り、ナニーをさせながら彼女たちの衣食住を賄い、昼間は学校に通わせている
ナニーとはいえ、この子達は家事全般を大人と同じようにこなす
スドリッドは学校に着いてもまだグダグダと文句を言った
それで魔女は彼を引きずって教室に行き、担任に引き渡した
タメルに入るとギリンチェの前にバイクを止めてデイブが言った
「ゲストハウスに戻る前にご飯を食べて行くでしょ」
もう食えねえっ!!
ゲストハウスに着き、遅れること20分、途中で見失ったラクスマンたちがやっと到着した
ラクスマンは安全運転派、デイブはスピード狂派なのだ
くらくらする頭とパンパンの腹を抱え
階段をよろめきながら4階(実質5階)まで上り
ふらふらしながらシャワーを浴び
これから《バブー》にお別れを言いに行きます