魔女
マチンドラのゲートの前に、佇む《バブー》が見え隠れしている
私は人混みに紛れながら彼の名を呼んだ
《バブー》が顔をもたげ、立ち上がって走り出したのと同時に
一緒にいた子犬の《ベットゥー》も走り出した
子犬の《ベットゥー》は上手に人々の足をの隙間をすり抜け
大柄な《バブー》は人の波に押され、もどかしそうに走って来る
だから《ベットゥー》が先に魔女の所に到達して跳ねながら甘えた
そのことがもの凄く気に入らなかった様子の《バブー》
《バブー》に本気で怒られた《ベットゥー》は、驚いてその場にへたり込んでしまった
ママとダッドはデバキを歓迎してくれた
ここでゆっくりと時間を過ごしたデバキは、子供達が学校から戻る時間に合わせてムルパニに帰って行った
その後魔女はママの実家を訊ねた
そこには病気で入院していた弟さんがいて、今日はその見舞いに伺う
《バブー》は部屋には入れないから
魔女も《バブー》彼と一緒に部屋の入り口でお茶をいただくことにした
「魔女も《バブー》も中に入ってください」 とおっしゃった
でも、《バブー》は雨に濡れていて、泥足だし・・
そうして私たちが遠慮していると
弟さんはクラッカーを袋から出し
それを新聞紙に乗せて部屋の真ん中置き、手招きをしながら《バブー》を呼び入れてくれた
《バブー》が魔女を見上げる・・
私は《バブー》と一緒に部屋に入ることにした
《バブー》は野良だから、普段は人の家に入れて貰えることはない
魔女はこの弟さんの優しさが嬉しく・・
何よりも《バブー》に対する優しさが嬉しく・・
弟さんは《バブー》が食べ終わる度に、またクラッカーを袋から出して新聞紙に乗せ、これでもか、というくらい食べさせた
それで終いに、《バブー》はクラッカーを残してしまった
《バブー》、眠っちゃった
私たちはここでロティーやケーキをいただき
暫く話をし、おいとました
次はダッドの親戚の家に行く
私たちは入り組んだ細い路地を曲がりくねって進んだ
魔女と《バブー》は雨の中をふざけながら歩いていた
ある建物を抜ける時、魔女がそこを潜るのを待って、ママが鉄格子の扉を閉め、錠前を下ろしてしまった
この先は他の犬のテリトリーで・・
犬同士の諍いを避けるためなのだが
目の前で扉を閉められた《バブー》は、始め驚いた表情になり
次に (どうして・・) という顔になった
「《バブー》、じきに戻るから先に帰っていなさい」
そう言っても、《バブー》は (どうして・・)
この後、激しく扉を引っかく音が聞こえた
それは ガッチャ~ン! ガッチャ~~ン!! とそこら中に大きな音を響かせた
同時にママの声も響いた
「魔女、振り向かないで走りなさい、《バブー》はもうすぐ錠前を持ち上げて扉を開ける!」
私たちは走った
細い路地を幾度となく曲がり、頭をかがめて家と家との隙間を駆け抜けた
そうしてやっと大通りに出て、そこを突っ切ってまた違う路地に入る
雨の中を走り回り、もうびしょびしょだ
そうしてやっとスリスさんの家に着いた
彼はネワール族が使う楽器を作る職人だ
赤銅で作られた見事なナルシンハ この楽器は祭りなどで使われる
あらまあ、魔女さん、久しぶりじゃない!
おばちゃん、お元気そうでなによりです!
ここのおばちゃんの作るアチャールはそこらじゃ絶対に食べられない
ネワール族独特の作り方で、これまた独特の薬膳味
しばらく賑やかに過ごして、さらなる大雨の中
《バブー》はどうしてるかな・・
そればかりを気にしながらマチンドラに戻る
そこには・・
恨みがましい目で見詰める犬が・・
《バブー》、ごめんなさい・・