魔女
《バブー》
マチンドラが近くなると足が速まる
目が路上を追う
《バブー》はどうしているだろう
《バブー》は元気でいるだろうか
セト マチンドラナート寺院のゲートを潜り、知り合いや友人に声を掛けられ、挨拶をしながらも・・
目は落ち着きなく石畳を這う
以前も書いたが、ここで撮った写真を見ていて気づいた
いつもそれらの写真のどこかに一匹の犬が写っている事を
それは足元だったり、尻尾だけが横っちょにあったり
写真の端っこにすわっていたり
前を横切っていたり・・
ある雨の日のマチンドラナート
軒下のベンチで雨宿りしながらチャーを飲んでいたら
ベンチの下、魔女の足の後ろにその犬はいた
この子も雨宿りなんだね
そう思っていたのだが・・ 違った
ルナに言われた
「《バブー》はいつだって魔女のそばにいるよね」
その時初めてその名を知った
《バブー》は野良犬だ
このマチンドラナートで生まれた
そして地域犬としてここに住む人々に見守られて暮らしている
そのお返しか、ここをテリトリーとする者としての役目はしっかり果たす
普段は穏やかなこの犬が、怪しい者がやって来ると
突然勇ましく変貌してその人に向って吠え出すのだ
その人間が立ち去るまでしぶとく吠え続ける
住民がそれを黙認するなら、やはり怪しい人間で
止めに入るなら、ここを初めて訪れる人だ
《バブー》はこの場所に住む者は当然だが
ここを常に通行する全ての人間を把握している
ルナが言う
「魔女を初めて見た時から、《バブー》は吠えるどころかいつもくっついて歩いているね、余程魔女が気に入ったのね！」
しかし私は最初、それに気づかなかった
《バブー》はしつこく撫でろ、とか遊べとかいうことをしなかったし
ただ魔女の移動先にひっそりとついて歩いていただけだったから
だが私は、《バブー》がついて来ていた事も、ルナに言われるまで知らなかった
それまで《バブー》は、私が自分に対してどのように思っているのか分からず、ただ黙ってついて来ていたようで・・
多分《バブー》なりに遠慮していたのだと思う
その雨の日、足元にうずくまっている《バブー》に
「隣においで」、とベンチを叩きながら声を掛けた
《バブー》は椅子の下から三角の上目遣いで魔女を見て・・
それから起き上がって、どやどやとベンチに乗り、隣に来た
《バブー》の濡れた背中に腕をまわし、抱き寄せた
《バブー》は嬉しそうに体を寄せて、泥だらけの前足で魔女の膝に向って何度も 『お手』 をしてくれた
それからというもの・・
私たちはいつも一緒
魔女がベンチに座れば、必ず隣には《バブー》が座る
魔女がママの店にいれば、体を低くしながら入って来る
ママに 「店に入っちゃ駄目！」 と叱られても
耳をぺったりと伏せながらも頑として側を離れようとしない
ラクシミの家で息子の誕生会に呼ばれた時も
細い木のはしご段を上って３階の彼女の部屋に乱入した
４階のママの家にいても、広場に魔女の声が聞こえると（窓にはガラスなどがないため、外にいても声が聞こえる）、はしご段を登って来て部屋の入り口からそっとこちらを覗いている
するとママに 「《バブー》、入っちゃダメでしょ！」 と叱られる
ぎゅっと目をつぶり、淋しそうに階段を降りる《バブー》を私はつい追いかけそうになる
《バブー》のテリトリーは広い
だからどこにでもついて来る
ダルバールスクェアも一緒に散歩するし
魔女の犬だと言ったらガードマンが特別に入れてくれたから、高級デパートでのウィンドウショッピングも一緒にした
私たちの乗ったエスカレーターの隣の階段を駆け上がって、エスカレーターの降り口で下を覗いて待っていたっけ
一緒に宝石店や電気店やブティックも覘いたし
知り合いの店主と話している時は、そばで話を聞いていた
途中でタクシーに乗ろうとすると、泥足で窓をひっかいた
それでも駄目ならボンネットに飛び乗る
何としてでも別れを阻止しようと必死だ
そんな姿を見ていると、うんと悲しくなる
今回のホーリー祭
お祝いの色粉をママたちや近所の子供たちと擦り合っていて
「《バブー》も一緒にお祝いしよう！」と魔女が言い出し
子供たちも 「うん、やろう！やろう！」 と賛成した
それで《バブー》はこんなになった
《ＢＡＢＵ》 ＨＡＰＰＹ ＨＯＬＩ ！！
それからみんなではしゃぎまわった
《バブー》も飛び跳ねてはしゃいだ
私たちはマチンドラ寺院のまわりを時計回りに走り回った
みんなで猿みたいに真っ赤な顔になって走り回った
写真を見て初めて気づいた
魔女と子供たちの間に《バブー》が・・
どんな写真にも《バブー》の姿がある
いつも一緒に・・