トミージョン手術という選択ー(3)転換点と展望 | IDEAのブログ

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前回は大谷の肘の故障の原因に触れながら、投球過多や幼少期に抱え込むさまざまな問題について触れたが、この項では大谷自身の「ピッチング」にフォーカスしてみたい。

大谷は様々な球種を使いこなすが、なんと言っても100マイルを越す剛速球が彼の代名詞である。

 

問題はその「投げ方」に潜んでいるのではないか?と指摘する声もある。

私が着目したのは「肘が下がる」という現象である。最初の故障降板の際、肘が下がっていることに気がついたのはマルドナド(当時エンゼルス正捕手:現ヒューストン・アストロズ)だったが、彼は「4回あたりから肘が下がり始め、ストライクが入らなくなった」と証言している。

なぜ肘が下がるのか?これについてはとある日本の医師が解析したデータにその答えがある。

国立病院機構西別府病院スポーツ医学センター長の馬見塚尚孝は、前の記事でも紹介したように筑波大学野球部のチームドクター兼部長を務めている人物で、野球医学という新しいスポーツ医学分野の第一人者である。

馬見塚は、今シーズン序盤、大谷が好投したアスレチックス戦の映像を見て気がついたことがあるという。

「彼は日本ハム時代は、投げる際に体幹が前方(三塁方向)に傾斜するタイプだったんです。でもアスレチックス戦では二塁方向つまり後ろに傾いていました。前方傾斜方からステイバック型に変わっていたんです」

「球速を上げるには大きな運動エネルギーをボールに与えることが必要になってきます。物理的な話になりますが、運動エネルギーは質量に速度の二乗をかけそれを1/2にしたもの(1/2mv2の二乗)になります。質量的には体幹が(体重の)48%、腕が8%と言われており、腕以上に体幹の運動の方向や速度の大きさが球速やコントロールの重要なファクターになってくるんです」

馬見塚によれば、投球動作における体幹の動きは、大きく分けて4つに分類されるという。

一度、二塁方向に倒してから投げるステイバック型(桑田真澄:元読売ジャイアンツが代表)

真っ直ぐ立った状態でお尻からホームプレート方向に移動するヒップファースト型(代表例は藤浪晋太郎)体幹を捻ることで大きなエネルギーを生み出す回旋型(野茂英雄が代表例)そして以前の大谷に代表される前傾型である。

大谷が前傾から後傾に変化したことで何が起きたのだろうか?

「ステイバック型は重心バランスを取りながら体幹を倒すことで、“脱力して”位置エネルギーを大きく利用しながら大きな体幹の速度を投球方向に上げることができるのです。力をあまり使わないで動作を行えるので、繰り返す投球の中で疲労しても安定した投球が可能となり、コントロールがよいと考えています。まさに桑田投手です。

一方、前方傾斜型は投球方向と違う方向に体幹が動きますので、この体幹の姿勢を制御するために別の力を必要とすると考えられます。この追加の力が必要になるために、動作の再現性が下がるためコントロールが乱れやすいと考えています」

大谷は体重移動に難点がある事は日本ハム時代から指摘されていた。かつて日本ハムでトレーニングコーチとして大谷を指導していた中垣征一郎(現サンディエゴ・パドレス スポーツ科学部長)は、大谷の体重移動は並みの投手以下だったと述懐する。中垣は投打二刀流で進む大谷に対し、投球にも打撃にも生きるトレーニングを提案し、大谷はトレーニングの目的と意味を理解しながら取り組んでいたという。

中垣は体重移動の拙さを改善するために様々なトレーニングを大谷に課した。

中垣に言わせると「ダルビッシュはスーパーカーで路地裏を走れるが、大谷はまだ高速道路しか走れない」と、二人のレベルの差を表現していたが、同時にこう言っている。

「大谷は持てる能力の半分程度しか発揮していない。その伸び代を考えると空恐ろしくなる」

潜在能力の高さはダルビッシュを上回るという事なのだろう。むしろこのあたりはメジャーに移籍して進化した可能性がある。

その証拠が先出の体幹の二塁方向への傾斜である。この動きは体重移動をスムーズにするための、現時点での回答なのではないだろうか?

この結果、体重の移動がスムーズになり、フォーシームの威力が増したのかもしれない。そして何より体幹を回す速度が上がったのではないだろうか?

大谷はセットポジションから投球する。かつてはワインドアップだったが、こちらの方がコントロールがいいという理由でセットに変わったようだ。

ワインドアップの場合、骨盤が打者の正面を向き、続いて横を向き、再び前を向くという流れになり、骨盤の動きが激しい。セットの場合は最初から骨盤が横を向いているので、そこからリリースの際に正面を向くだけなので動きが少なくバランスを取りやすい。反面、可動域が小さくなるので、ボールに力が伝わりにくいという事になる。

これを補うのが体幹を回す速度である。

これは打撃にも通じることだが、回転軸に近い体幹は早く回りやすいが、回転軸から遠い末端(手足)は遅れることになる。

このままだと打撃ではドアスイングと言い、肩が先に開いて手が遅れて出てくるという形になるが、バットの軌道を改良し短い旋回軌道でバットを出せば差し込まれずに、ボールを捉えられる。スプリングトレーニングで結果が出なかった大谷は、足を上げてタイミングを取る打撃プロセスを改め、すり足でタイミングを取る方法に変えた。これは速いテンポで投げてくるメジャーの投手にアジャストするためで、トップの位置を早く決め、頭部の移動を少なくしてボールを見る時間を長く取るための措置である。

しかし、この打ち方では体重を移動する領域が小さくなり、ボールに力が伝わらないと多くの識者が指摘したが、大谷はシーズンを通してホームランをコンスタントに打った。本人は「ステップしていないわけではない。ちゃんとステップしています。打撃プロセスの中で余計な間を省いただけです」とコメントしたが、右足を上げて体重を一旦軸足に移し、それから右足に移動させる事で大きなパワーを伝えていた日本ハム時代に比較すると、力が伝わりにくいのは間違いない。

この点を克服し、並々ならぬ飛距離を生んだ秘密は、体幹の回転速度にあると私は考えている。

大谷は打撃の際、すり足で引いた右足を内側にひねり体幹に力を溜め込む。その力を解放する事で、爆発的な速度で体幹を回しバットに力を伝え、飛距離を出しているのだ。

そのためにトップを早く決め、膝を柔らかく使いながら手が遅れないように、短い旋回軌道でバットを出している。

この投打における体幹の速度が、大谷の右肘に影響を与えたとは言えないだろうか?

 

実際、大谷が肘を痛めた9月6日のアストロズ戦の映像を見ると、早い体幹軸の回転に腕が付いて行かず、遠心力で三塁方向に引き伸ばされているように見える。これが見ようによっては肘が下がって見えたのではないだろうか?

大谷は日ハム3年目のシーズンの際に、腕をやや縦振りに変え、リリースポイントの改善に取り組んだ。このシーズンはNPBキャリアハイの15勝を挙げているが、それはこの改善と無関係ではないだろう。

そしてこの15勝を挙げたシーズンのオフに、大谷は肉体改造を行い、一時は体重が100kgを超えるほど大きくなった。

元ドジャースのスカウトだった小島圭市は、ここからピッチングスタイルが変わったと指摘する。

「高校生の時、大谷選手は非常に“柔らかい”投げ方をしていました。肩、肘、手首、膝を柔らかく使いしなやかに投げていたのです。ところが3年目のシーズンが終わった後、体を大きくしてパワーピッチングに変わりました。言わば“柔から剛”への転換です」

実際、大谷を初めて見た栗山英樹(北海道日本ハムファイターズ監督)も、その柔らかい投げ方を見て、大谷の並々ならぬ才能に驚かされたという。

「ダルビッシュ選手(シカゴ・カブス)も、日本にいた時は柔らかく投げていたのですが、メジャー行きが決まったオフに2ヶ月で10Kgも体重を増やし、パワーピッチングを始めました。一方で剛というか、力投型だった田中将大選手(ニューヨーク・ヤンキース)は、メジャーに行って柔らかい投げ方に変えました。ダルビッシュ選手とは逆に“剛から柔”に変えたのです。二人は2歳違いますが、ほぼ同時期に肘靭帯を痛めました。おそらくダルビッシュ選手の方が柔の時代が長かったので、剛だった田中選手と故障時期が重なったのでしょう」

この二人は故障後も対照的だ。田中将大は外科手術を行わずPRPによる保存療法を選択し、半年ほどでマウンドに復帰した。それから5年が経過しているが、肘に問題は起きていない。ダルビッシュに比べて完投・連投が多く、移籍前は登板過多が指摘されていたにも拘らずだ。

一方のダルビッシュは損傷の程度も強く、トミージョン手術を受け長いリハビリの時期を過ごした。そこからようやく復帰し、マウンドで活躍し始めたが肩の三角筋を故障し、2018年シーズンの殆どを棒に振ることになった。

前出の小島圭市は「大谷選手も柔から剛に転換しましたから、心配していました。球速は上がりましたが、それが全てではありませんから」

 

例えば黒田博樹(広島東洋カープ→ニューヨーク・ヤンキース→広島東洋カープ)や上原浩治(読売ジャイアンツ→ボルチモア・オリオールズ→テキサス・レンジャーズ→ボストン・レッドソックス→シカゴ・カブス→読売ジャイアンツ)は、そのキャリアにおいて大きな怪我を経験していない。MLBに渡った日本人投手の殆どが故障に苦しんでいる中で、ひときわ異彩を放つ。

「黒田投手や上原投手が重大な故障をしていない要因の一つに投球フォームが挙げられます。彼らは力投しないというか、余分な力を使わず非常に柔らかく投げているんです」

(前出・小島圭市)

2番目の章でも触れたが、やはり全力投球、パワーピッチは想像以上に負担が大きいのだろう。

幼少期からの登板・投球過多、豪速球を生み出す速い腕の振り、体幹の回転速度上昇に伴う遠心力の増大による肘への負荷、そしてピッチングスタイルの変化。

こうした複合的な要因が、傷みつつあった大谷の肘に悲鳴を上げさせたと見るべきだろう。

 

今後の大谷だが、まずは打者としての戦列復帰を目指すことになる。巷間言われているのは6月頃の打者復帰とされているが、バッティングとて肘を使わない訳はないのだから、ここは慎重を期すべきだろう。

だが、本当に難しいのは投手としての復帰プログラムである。手術からのリハビリもさる事ながら、故障しない・肘への負担が少ない投げ方を模索しなければならない。固いマウンドへの対応、大きく重く滑りやすいMLB公式球への完璧な対応、そしてピッチングスタイルの見直しである。

ボールの威力を失わずに、これらの課題を克服するのは難事業だ。投手復帰は2020年の予定だが、焦る必要は全くない。彼の選手生命はまだまだ長いのである。

新たな二刀流に期待したい。                                                 (この項終わり)