IDEAのブログ

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思いつきと好きなこと、関心がある事、書きたいことを自由に書きますが、責任は持ちません。IDEA=(理想)または(知恵)または(思いつき・発想・着想)あるいは(思想・意見)等の意味を含みます。


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驚くべきニュースが飛び込んできた。

 

2月12日午後、日本女子水泳界のエース・池江璃花子が自身のツイッターを更新し、白血病を発症し治療を開始した事を公表した。

同日16時、日本水泳連盟と池江の所属先であるルネサンスの合同記者会見が開かれ、発症の経緯と池江の現状についての説明が行われた。

出席したのは日本水泳連盟会長の青木剛氏、副会長の上野広治氏、所属先のルネサンス代表取締役社長・吉田正昭氏、コーチの三木二郎氏が出席した。

説明によれば1月16日から行われていたオーストラリアでの合宿中、池江が何度か体調不良(体が怠い、重いなどの倦怠感)を訴えたため、現地の病院で日本人医師の診療を受け、念のため血液検査も受けた。

その医師が、専門的な治療機関での再検査が必要と判断したため、今月10日までの予定だった合宿を早めに切り上げて8日に帰国。直ぐに病院で検査を受けたところ白血病という診断を受け、医師の勧めに従いそのまま入院する事になったのだという。

 

前兆はあった。

 

1月13日に行われた三菱養和スプリントが今年の初レースとなった池江だが、得意の100メートルバタフライで1分00秒41と自己ベスト(56秒08)より4秒以上も遅かった。また、この日参加予定だった200メートル自由形を「体調を考慮して」棄権している。

競技終了後に報道陣のぶら下がりに応じた池江は「アメリカから戻って以来体が重い。疲労も抜けにくくなっている」と、自身の体調の変化についてコメントしている。

 

この時点では、本人も周囲も「疲労」が原因だと考えていたフシがある。昨年12月、池江は米国で高地トレーニング主体の合宿を2週間ほど行い、12月24日に帰国したばかりだったのだ。

帰国後も紅白歌合戦の審査員や各種の授賞式などで慌ただしい年末年始を過ごしていた池江はその疲れが出たものと思っていたのかもしれない。

だが、今思えばこれが初期症状だったのだろう。以前に比べて疲労が抜けにくくなっているとも語っていて、自覚症状はもっと前からあったのかもしれない。

実際、アメリカでの高地トレーニングでも池江の消耗はひどく、コーチの三木氏は最後のメニューは取りやめて合宿を終えた事を会見で告白している。

オーストラリアでも同様で、三木コーチ曰く「今まで見たことが無いような肩で息をしている状態」だったという。  

「血液のガン」と呼ばれ、かつては不治の病の代名詞だった白血病は、現在では様々な治療法が登場している。

白血病はリンパ球が原因となるリンパ性白血病と、骨髄の中にある造血幹細胞が引き起こす骨髄性白血病に大別されるが、多いのは圧倒的に後者である。

骨髄の中では造血幹細胞から、様々な血液細胞(白血球、赤血球、血小板など)が作られる。いずれも生命維持に欠かせないものだ。

やや専門的な話になるが、この造血幹細胞が血液細胞に成長していく現象を「分化」と呼ぶ。白血病はこの分化の途中(早い段階)で細胞が成長をやめてしまう事が原因で起こる病気だ。

この結果、成長をやめた白血病細胞(不完全な血液細胞・芽球とも呼ぶ)が増殖して骨髄を占拠してしまい、正常な血液細胞が作られない状態となる。

この状態が進行すると出血や感染症などで極めて重篤な状態となり、死に至る。現在においても骨髄性白血病の原因は不明とされている。

 

治療の初期段階は抗がん剤による「寛解導入」である。これは顕微鏡で白血球細胞が完全に見られなくなる「寛解」まで続けられる。さらに体内に残存する白血病細胞を完全に取り除くため、分子標的薬などの薬物や化学療法、抗がん剤治療などが続けられる。

これで白血病細胞が無くなれば治療は終わるが、再発した場合や効果が期待できない場合は造血幹細胞移植(骨髄移植)へと進む。

この移植による治療は適用例がかなり増えており治癒率も上がっている。末梢血細胞移植などもあり、その効果も上がっている。

問題はドナーから提供される骨髄とのマッチングだ。日本骨髄バンクの統計によれば、適合率は3割に満たない。このため適合するドナーが現れるまで、数年待つこともザラにある。

このため多くの患者が移植を待っているのが現状だ。日本骨髄バンクによれば、ドナー登録数は50万人近いが、移植が実現するのは1割強だという。

骨髄移植の場合、ドナーも骨髄提供の処置を受けなければならない。体への負担もかなりのもので、処置後は回復のため1週間ほどの入院を余儀なくされる。患者団体などは移植による入院期間を「公休」とできるよう政府に働きかけているが、今のところ実現していない。

 

池江選手の場合、年齢とその発症の経緯から急性骨髄性白血病と推測される。詳しいことは公表されていないが、会見した水泳連盟の上野副会長や三木コーチのコメントからそれとわかる。

今は抗がん剤投与で寛解を目指している段階と思われるが、副作用も大きく、この治療はかなりキツイ。本人もツイッターで「想像の何倍も辛い」と書いている。他のガンと異なり外科的治療ができないので、副作用が大きくても続ける以外にはないのだ。治療を途中で打ち切れば白血病細胞を憎悪させ、かえって病状を悪化させる可能性がある。

寛解を迎えればひと段落だが、先にも書いたように「寛解」は通過点でしかない。いわゆる「完全寛解」を目指して、その後半年から2年くらい抗がん剤や化学療法などが続く。この段階で在宅治療に切り替える事は可能だが、水泳をするのはまず不可能だ。

 

連盟の会見の席では来年の世界選手権云々という話も出ていたが、率直に言ってそれは無理だろう。さらに言えば東京五輪も、出場は事実上不可能になったと言わざるを得ない。本人は「まだ諦めてはいない」とツイッターでコメントした。その意気たるや素晴らしいものだが、ここは治療と回復を最優先にすべきだろう。

 

抗がん剤投与で効果が上がらなければ造血幹細胞移植へと進むことになるが、この移植による副作用は抗がん剤の比ではない。合併症が命取りになる場合も多い。脱毛や全身の倦怠などのほか、生殖能力を失う可能性もあり、卵子の保存療法なども考慮しなければならないのだ。

 

白血病の治癒率は30〜40%である。昔から見たら随分と高くなってはいるが、簡単に治る病気でもない。専門家は「期待の大きい選手だが、競技続行はきわめて厳しいものがあると言わざるを得ない」というのが一致した意見だ。

 

私は東京五輪などどうでもいいとあえて言いたい。おそらく一生の間二度と巡ってこない地元で迎えるオリンピックは晴れ舞台であるし、本人だって出たいに決まっている。しかしオリンピックはその後も続く。東京が最後ではないのだ。

東京の次はパリだが、そこで復帰してもいいし、その次でもいい。年齢から考えても十分可能だ。決して無理をするような状況ではない。

何故なら水泳選手としてのキャリアはいずれ終わるが、その向こうには現役時代よりもはるかに長い「人間・池江璃花子」としての人生が待っているからだ。優先すべきは自らの人生であり、周囲の空気やマスコミの報道などではない。

 

今回、自ら病状を公表したこともあり、この出来事はワイドショーに格好のネタを提供した。各局取り上げ方は似たようなもので、血液内科の専門家を呼び病状を推測し、復帰時期の可能性を探るという内容だった。

どの番組も治療に専念して一日も早く元気にという論調でまとめていたが、治療に専念できる環境を整えるには、マスコミや水泳関係者を遠ざけるのが一番だ。本人が希望を持って闘病生活を送れるのならそれでもいいが、プレッシャーやストレスになる要因は可能な限り排除すべきだ。

 

人気・期待の高かった選手だけに衝撃は大きかったが、まずはひとりの人間としての社会復帰を祈ろう。彼女の発表により骨髄バンクにはドナー登録の問い合わせが殺到した。これを「池江効果」と言っていいのかどうか分からないが、これをキッカケに多くの患者が救われれば、彼女は立派に社会的使命を果たしていることになる。

競技への復帰は難しいかもしれないが、マーテン・ファンデルバイデン(オランダ)のように、リンパ性白血病を克服し、発症から7年後に金メダルに輝いた選手もいる。可能性は低いがゼロではない。

容易な事ではないと思うが、字の如く「闘病」は闘いである。医師や医療関係者とともに闘い続けなければならない。

池江選手の闘いとともに、日本競泳陣の闘いと奮起に期待する。

 

     

 


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前回は大谷の肘の故障の原因に触れながら、投球過多や幼少期に抱え込むさまざまな問題について触れたが、この項では大谷自身の「ピッチング」にフォーカスしてみたい。

大谷は様々な球種を使いこなすが、なんと言っても100マイルを越す剛速球が彼の代名詞である。

 

問題はその「投げ方」に潜んでいるのではないか?と指摘する声もある。

私が着目したのは「肘が下がる」という現象である。最初の故障降板の際、肘が下がっていることに気がついたのはマルドナド(当時エンゼルス正捕手:現ヒューストン・アストロズ)だったが、彼は「4回あたりから肘が下がり始め、ストライクが入らなくなった」と証言している。

なぜ肘が下がるのか?これについてはとある日本の医師が解析したデータにその答えがある。

国立病院機構西別府病院スポーツ医学センター長の馬見塚尚孝は、前の記事でも紹介したように筑波大学野球部のチームドクター兼部長を務めている人物で、野球医学という新しいスポーツ医学分野の第一人者である。

馬見塚は、今シーズン序盤、大谷が好投したアスレチックス戦の映像を見て気がついたことがあるという。

「彼は日本ハム時代は、投げる際に体幹が前方(三塁方向)に傾斜するタイプだったんです。でもアスレチックス戦では二塁方向つまり後ろに傾いていました。前方傾斜方からステイバック型に変わっていたんです」

「球速を上げるには大きな運動エネルギーをボールに与えることが必要になってきます。物理的な話になりますが、運動エネルギーは質量に速度の二乗をかけそれを1/2にしたもの(1/2mv2の二乗)になります。質量的には体幹が(体重の)48%、腕が8%と言われており、腕以上に体幹の運動の方向や速度の大きさが球速やコントロールの重要なファクターになってくるんです」

馬見塚によれば、投球動作における体幹の動きは、大きく分けて4つに分類されるという。

一度、二塁方向に倒してから投げるステイバック型(桑田真澄:元読売ジャイアンツが代表)

真っ直ぐ立った状態でお尻からホームプレート方向に移動するヒップファースト型(代表例は藤浪晋太郎)体幹を捻ることで大きなエネルギーを生み出す回旋型(野茂英雄が代表例)そして以前の大谷に代表される前傾型である。

大谷が前傾から後傾に変化したことで何が起きたのだろうか?

「ステイバック型は重心バランスを取りながら体幹を倒すことで、“脱力して”位置エネルギーを大きく利用しながら大きな体幹の速度を投球方向に上げることができるのです。力をあまり使わないで動作を行えるので、繰り返す投球の中で疲労しても安定した投球が可能となり、コントロールがよいと考えています。まさに桑田投手です。

一方、前方傾斜型は投球方向と違う方向に体幹が動きますので、この体幹の姿勢を制御するために別の力を必要とすると考えられます。この追加の力が必要になるために、動作の再現性が下がるためコントロールが乱れやすいと考えています」

大谷は体重移動に難点がある事は日本ハム時代から指摘されていた。かつて日本ハムでトレーニングコーチとして大谷を指導していた中垣征一郎(現サンディエゴ・パドレス スポーツ科学部長)は、大谷の体重移動は並みの投手以下だったと述懐する。中垣は投打二刀流で進む大谷に対し、投球にも打撃にも生きるトレーニングを提案し、大谷はトレーニングの目的と意味を理解しながら取り組んでいたという。

中垣は体重移動の拙さを改善するために様々なトレーニングを大谷に課した。

中垣に言わせると「ダルビッシュはスーパーカーで路地裏を走れるが、大谷はまだ高速道路しか走れない」と、二人のレベルの差を表現していたが、同時にこう言っている。

「大谷は持てる能力の半分程度しか発揮していない。その伸び代を考えると空恐ろしくなる」

潜在能力の高さはダルビッシュを上回るという事なのだろう。むしろこのあたりはメジャーに移籍して進化した可能性がある。

その証拠が先出の体幹の二塁方向への傾斜である。この動きは体重移動をスムーズにするための、現時点での回答なのではないだろうか?

この結果、体重の移動がスムーズになり、フォーシームの威力が増したのかもしれない。そして何より体幹を回す速度が上がったのではないだろうか?

大谷はセットポジションから投球する。かつてはワインドアップだったが、こちらの方がコントロールがいいという理由でセットに変わったようだ。

ワインドアップの場合、骨盤が打者の正面を向き、続いて横を向き、再び前を向くという流れになり、骨盤の動きが激しい。セットの場合は最初から骨盤が横を向いているので、そこからリリースの際に正面を向くだけなので動きが少なくバランスを取りやすい。反面、可動域が小さくなるので、ボールに力が伝わりにくいという事になる。

これを補うのが体幹を回す速度である。

これは打撃にも通じることだが、回転軸に近い体幹は早く回りやすいが、回転軸から遠い末端(手足)は遅れることになる。

このままだと打撃ではドアスイングと言い、肩が先に開いて手が遅れて出てくるという形になるが、バットの軌道を改良し短い旋回軌道でバットを出せば差し込まれずに、ボールを捉えられる。スプリングトレーニングで結果が出なかった大谷は、足を上げてタイミングを取る打撃プロセスを改め、すり足でタイミングを取る方法に変えた。これは速いテンポで投げてくるメジャーの投手にアジャストするためで、トップの位置を早く決め、頭部の移動を少なくしてボールを見る時間を長く取るための措置である。

しかし、この打ち方では体重を移動する領域が小さくなり、ボールに力が伝わらないと多くの識者が指摘したが、大谷はシーズンを通してホームランをコンスタントに打った。本人は「ステップしていないわけではない。ちゃんとステップしています。打撃プロセスの中で余計な間を省いただけです」とコメントしたが、右足を上げて体重を一旦軸足に移し、それから右足に移動させる事で大きなパワーを伝えていた日本ハム時代に比較すると、力が伝わりにくいのは間違いない。

この点を克服し、並々ならぬ飛距離を生んだ秘密は、体幹の回転速度にあると私は考えている。

大谷は打撃の際、すり足で引いた右足を内側にひねり体幹に力を溜め込む。その力を解放する事で、爆発的な速度で体幹を回しバットに力を伝え、飛距離を出しているのだ。

そのためにトップを早く決め、膝を柔らかく使いながら手が遅れないように、短い旋回軌道でバットを出している。

この投打における体幹の速度が、大谷の右肘に影響を与えたとは言えないだろうか?

 

実際、大谷が肘を痛めた9月6日のアストロズ戦の映像を見ると、早い体幹軸の回転に腕が付いて行かず、遠心力で三塁方向に引き伸ばされているように見える。これが見ようによっては肘が下がって見えたのではないだろうか?

大谷は日ハム3年目のシーズンの際に、腕をやや縦振りに変え、リリースポイントの改善に取り組んだ。このシーズンはNPBキャリアハイの15勝を挙げているが、それはこの改善と無関係ではないだろう。

そしてこの15勝を挙げたシーズンのオフに、大谷は肉体改造を行い、一時は体重が100kgを超えるほど大きくなった。

元ドジャースのスカウトだった小島圭市は、ここからピッチングスタイルが変わったと指摘する。

「高校生の時、大谷選手は非常に“柔らかい”投げ方をしていました。肩、肘、手首、膝を柔らかく使いしなやかに投げていたのです。ところが3年目のシーズンが終わった後、体を大きくしてパワーピッチングに変わりました。言わば“柔から剛”への転換です」

実際、大谷を初めて見た栗山英樹(北海道日本ハムファイターズ監督)も、その柔らかい投げ方を見て、大谷の並々ならぬ才能に驚かされたという。

「ダルビッシュ選手(シカゴ・カブス)も、日本にいた時は柔らかく投げていたのですが、メジャー行きが決まったオフに2ヶ月で10Kgも体重を増やし、パワーピッチングを始めました。一方で剛というか、力投型だった田中将大選手(ニューヨーク・ヤンキース)は、メジャーに行って柔らかい投げ方に変えました。ダルビッシュ選手とは逆に“剛から柔”に変えたのです。二人は2歳違いますが、ほぼ同時期に肘靭帯を痛めました。おそらくダルビッシュ選手の方が柔の時代が長かったので、剛だった田中選手と故障時期が重なったのでしょう」

この二人は故障後も対照的だ。田中将大は外科手術を行わずPRPによる保存療法を選択し、半年ほどでマウンドに復帰した。それから5年が経過しているが、肘に問題は起きていない。ダルビッシュに比べて完投・連投が多く、移籍前は登板過多が指摘されていたにも拘らずだ。

一方のダルビッシュは損傷の程度も強く、トミージョン手術を受け長いリハビリの時期を過ごした。そこからようやく復帰し、マウンドで活躍し始めたが肩の三角筋を故障し、2018年シーズンの殆どを棒に振ることになった。

前出の小島圭市は「大谷選手も柔から剛に転換しましたから、心配していました。球速は上がりましたが、それが全てではありませんから」

 

例えば黒田博樹(広島東洋カープ→ニューヨーク・ヤンキース→広島東洋カープ)や上原浩治(読売ジャイアンツ→ボルチモア・オリオールズ→テキサス・レンジャーズ→ボストン・レッドソックス→シカゴ・カブス→読売ジャイアンツ)は、そのキャリアにおいて大きな怪我を経験していない。MLBに渡った日本人投手の殆どが故障に苦しんでいる中で、ひときわ異彩を放つ。

「黒田投手や上原投手が重大な故障をしていない要因の一つに投球フォームが挙げられます。彼らは力投しないというか、余分な力を使わず非常に柔らかく投げているんです」

(前出・小島圭市)

2番目の章でも触れたが、やはり全力投球、パワーピッチは想像以上に負担が大きいのだろう。

幼少期からの登板・投球過多、豪速球を生み出す速い腕の振り、体幹の回転速度上昇に伴う遠心力の増大による肘への負荷、そしてピッチングスタイルの変化。

こうした複合的な要因が、傷みつつあった大谷の肘に悲鳴を上げさせたと見るべきだろう。

 

今後の大谷だが、まずは打者としての戦列復帰を目指すことになる。巷間言われているのは6月頃の打者復帰とされているが、バッティングとて肘を使わない訳はないのだから、ここは慎重を期すべきだろう。

だが、本当に難しいのは投手としての復帰プログラムである。手術からのリハビリもさる事ながら、故障しない・肘への負担が少ない投げ方を模索しなければならない。固いマウンドへの対応、大きく重く滑りやすいMLB公式球への完璧な対応、そしてピッチングスタイルの見直しである。

ボールの威力を失わずに、これらの課題を克服するのは難事業だ。投手復帰は2020年の予定だが、焦る必要は全くない。彼の選手生命はまだまだ長いのである。

新たな二刀流に期待したい。                                                 (この項終わり)

 

 

 

 

 

 

 


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前回は大谷負傷の経緯と、トミー・ジョン(以下TJ)手術を受けた日本人投手のその後の様子について触れた。

パフォーマンスを取り戻した者、引退に追い込まれた者、ピッチングスタイルを変えなければならなかった者など、予後は様々だが、全員に共通している事がある。

 

幼少期から野球に親しみ、投手としてプレーしていたという事だ。

この中には大学・社会人あるいはプロ入りしてから投手に転向した者は一人もいない。

 

大谷は自らのケガについて「子供のころから投げ続けていて、負担がかかったのだと思う。昨日今日、急に原因ができたわけではない」とコメントしたが、ほぼ正しい。

靭帯損傷は突発的に発生するのではなく、負荷がかかり続けるうちに少しづつ綻び始め、やがて部分断裂、完全断裂に至るものだ。

と考えると、幼少期からの投げすぎによる靭帯の損傷というところだが、事はそう単純でもないらしい。幼少期から投げていても重大な故障をせずに現役を終えている選手もいるからだ。

 

投球過多の問題はずいぶん前から指摘されている。日本ではアマチュア時代から投げすぎで、プロに入って来る頃には何らかの問題を抱えているケースが多いという。

 

群馬県館林市にある慶友整形外科病院、ここで多くのスポーツ選手やアマチュア選手を診断・治療してきた古島弘三・スポーツ医学センター長は、かつて自分が治療したとある高校生のケースについて、こんな見解を述べている。

その高校生は、甲子園出場経験もある関東の強豪校に通う3年生。古島の手によりTJ手術を受けた。

リハビリが長期に及ぶため、彼は甲子園を諦めて大学での再起に賭け、手術を選択した。古島によれば、彼は小学6年生の時に右肘の剥離骨折を経験している。

「チームのエースとして、投げられないとは言えなかった」

彼は痛みを押して大会に出た。治療せずに投げ続けたのだ。そのうち痛みが無くなり、本人は治ったものと思っていたという。

しかし、高校入学時に検査を受けると、剥離骨折した部分がくっつかずにそのままになっていた。だが痛みが出ないため投げ続けた。すると2年生の冬に肘に「張り」を感じるようになった。だがここでも彼は「痛い」と言い出せなかったようだ。

翌年の春になると張りは「激痛」に変わり、肘を曲げる事もできなくなり、日常生活にも支障を来すようになった。

ここでようやく病院へ。古島の診察を受け手術を受けた。

「彼の場合、剥離骨折をキチンと治療しなかったのが要因の一つになっているのは間違いない」と古島は言う。

慶友整形外科には、野球関連の新規患者が年間800人ほど受信するが、新規患者の4分の3が、高校生以下の若年層、成長期過程にある子どもだという。

古島は「痛めるほどやるべきではないし、痛くなったらすぐに休むべき。軽症の場合、休む事で回復し、重大な故障に発展するのを防ぐ事もできる」という。

特に成長期に当たる小学校高学年から高校生くらいまでの時期は、骨が成長過程で柔らかく痛めやすい。特に骨の成長する部分である骨端線を損傷しやすく、痛めると完治まで長い時間を要する。高校生の時も背が伸び続けた大谷は、この症例の経験者でもある。

「高校生で怪我をする選手のほとんどは、小・中学生の時にケガをしているか、ケガをしてもきちんと治療していないケースがほとんど。ケガは繰り返すんです」

 

古島はかつて、メジャーリーガーを多数輩出する南米の野球王国・ドミニカを訪れた時の事が忘れられないと言う。

ドミニカで野球をする150人ほどの小・中学生を対象に肩と肘の検診を行ったところ、日本だとおよそ3%から8%の確率で障害が見つかるのに対し、ドミニカでは0だったという。

「ドミニカでは、守備練習の際の野手の送球数にも制限があって、ケガ予防に対する意識がとても高い。何故かと言えば、将来の金の卵を踏み潰す行為に当たるからです。ドミニカでは、子どもにケガをさせた指導者は即クビで、二度と指導者として仕事はできません」

 

神戸市にある「あんしんクリニック」では、小・中学生を対象に無料でエコー(超音波)検査を実施してきた。

年に4回ほど行われれ、700人〜800人が受信する。同クリニックが注視しているのが、肩や肘の軟骨が剥がれ、虫食いのような状態になる「離断性骨軟骨炎」いわゆる「OCD」である。

受診者におけるOCDの割合は1割以下と低いが、検診を担当する同クリニックの理学療法士・米澤直樹は「OCDは痛みがほとんど無く、自覚症状が無いので、本人が気付かないうちに進行しているケースが多い。OCDは重症化すると競技どころか日常生活もままならなくなる」と危機感を隠さない。

整形外科医で、筑波大学硬式野球部のチームドクター兼部長の馬見塚尚孝、同部監督で筑波大学体育系専門学群准教授の川村卓は口を揃える。

「根本的な問題は小・中学校時代にある。現在の指導法を考えると、甲子園やプロ野球で投手が肘に故障を抱えるのは必然的だと言える」

更に川村監督は「高校生以上になってから初めて肘を痛めるケースはほとんどない。実際は小学生や中学生の時に痛めていたものが、大人になってから発症する。いや、再発するといったほうが正しい」

かつて侍ジャパンでピッチングコーチと侍ジャパンU-15監督を兼任した鹿取義隆(元読売ジャイアンツ)は大人と子どもの両方を指導した貴重な経験を持つ。現役時代、自らもストッパーとして活躍した鹿取の目は慧眼だ。

「子どもの頃は体も小さいし筋力もないので出せる力が少ない。出力が小さいんですね。なので痛めても休養すればまた投げられたりする。実はその時肘や肩に異変が起きているんですが、力もそれほどかからないので、問題が表面化しないで済んでしまうんです。それが大人になって体も大きくなり筋肉も付くので出力も大きくなる。そうなると古い傷がバンと顔を出すんです。プロ野球のピッチャーで50球、イニングにすると3回くらいまではいいパフォーマンスが出せるけど、そこを超えたらガタッと力が落ちて打たれるのは、ほとんどが小学生時代に何かやってるだろうと考えられます」

 

前出の筑波大学・馬見塚によれば、少年野球のピッチャーの7割が肘痛を発症していると言う。さらに「球速を上げるトレーニングというのも大体分かっていて、それを学生にやらせると、短期間でフォーシームが10キロほど速くなる。でも1〜2週間で、その学生は必ず肘が痛いと言い出すんです」

 

大谷も子どもの頃から投手として投げており、本人が言う通り肘にはかなりの負担がかかっていたのだろう。さらに言えば、速球を投げていた事も影響しているのではないか?

 

アメリカでは投手の肩や肘は消耗品と考えられていて、投げれば投げるほど価値が減ると考えられている。そのためリトルリーグからシニアリーグまで、厳格な投球数の制限や登板後の休養日数などが決められている。マイナーリーグでもMLBでもそれは同じだ。にもかかわらずMLB所属選手のTJ手術は後を絶たない。

中でも問題視されているのはTJ手術を受ける選手の低年齢化だ。

アメリカの野球専門誌「BASEBALL. AMERICA」によれば、マイナーを含むプロでデビューした投手のうち、米国の高校・大学の出身者のTJ手術適用率は63%の高水準になる。

なぜなのか?アメリカンリーグのあるスカウトは、トレーニングの進化を上げる。トレーニング理論の進化により体はどんどん大きく強くなるが、腱や靭帯がそれについていけないのでは?と言う。

またナショナルリーグのあるスカウトは、投手の価値観の変化を挙げている。

「球の速い投手がいい投手という評価基準になっていて、代理人やアマチュア関係者にとっては金になりやすい選手という事になる。必然的に若い投手は速い球を投げようと全力投球を繰り返す事になり、それがTJ手術の増加につながっているのではないか」

こうした状況に、アメリカのスポーツ医学の権威・グレンフレイジック博士は警鐘を鳴らしている。

「投手は常に全力投球すべきではない。プロの投手の本質はスピードガンの数字ではない。走者を出さず、得点を与えない事だ。これこそがいい投手の要件であり、そこに目を向けるべきだ」

トレーニングの進化については、現シアトル・マリナーズのイチローが言っていた事がある。

「人間には持って生まれたバランスというものがある。それを崩してはいけない。トレーニングやサプリメントで筋肉は付くし、体も大きくできるが、それを支える腱や靭帯は鍛えられない。結果、重さを増した腕や足を支えきれず壊れてしまう」

これはメジャー行きを志したころから体を大きくし始め、アメリカに来てからさらに体を大きくしたダルビッシュや、一時期体重が100キロを超えるなど、肉愛改造を行った大谷翔平などをどう思うか?という稲葉篤紀(現、侍ジャパン監督)の質問に答えたものだ。

 

全力投球と言えば、2016年のCS第5戦、ソフトバンクを相手に9回のマウンドに上がった大谷は、日本最速となる165キロを連発、チームを日本シリーズへと導いたあの場面は、大谷翔平ハイライトの一つだが、あれは1イニング限定だからこそ出来たのだ。大谷本人も投げ方はグチャグチャだったと述懐している。

クレバーな大谷は球速が全てではないということは、とっくに分かっているだろう。

 

そう言えば、田中将大がヤンキースに移籍した頃、ピッチングコーチを務めていたラリー・ロスチャイルドはこんなことを言っていた。

「メジャー1年目の田中にはなるべく登板間隔を空ける事が必要だと考えている。

中4日で行く場合もあるが、出来れば中5日から中6日で投げさせたい。中4日で投げさせるような事はさせたくない」

「中4日は絶対に短い。投球数はほとんど関係ないです。120球、140球投げても中6日あれば、靭帯の炎症も綺麗に取れる」

 

かつてTJ手術を受けたダルビッシュの言葉だ。

月曜日が定休日のNPBでは先発6人を中6日で回す。だが不定休のMLBでは5人のスターターを中4日で回す。いかに球数制限があるとはいえ、やはり登板間隔が短すぎるのではないか。今季、エンゼルスはスターターを中5日〜6日で回したが、これは打者兼任の大谷が入ったため、ロースターから1名野手を外し、スターターを1名多くした事で可能になったものだ。例年のように中4日でローテーションしていたら、大谷の離脱はもっと早まっていたかもしれない。

 

それに加えて、MLBには、日本人投手にとって克服しなければならない敵がいる。

「固いマウンドと重いボール」である。

「やっぱりマウンドが固いんで、跳ね返される感じなんですよ。日本人の投げ方だと、下半身主導で軸足を着地して、そこから粘ってカラダの力を伝えながら腕の遠心力でしならせて投げる。1、2の3で着地してそこでリリースまでに間があるんですけど、向こうのピッチャーにはそれがない。上半身の力が強いから着地したら即腕を振る。だから日本のピッチャーで速い球を投げていた人はリスクが高いです。絶対、肘やっちゃうなって」

かつてMLBで投げ、思うように結果が出せずにNPBに復帰した藤川球児の言葉である。

 

現在、MLB解説を中心に活躍し、MLBで投手経験もある小宮山悟は馬革で滑りやすく、大きく重いボールは、想像以上に投手の腕に負担をかけるという。

これ以外にも、育成年代での「投げ過ぎ」や変化球(特にスライダー)の多投、正しくない投球フォームなどを、肘や肩の故障の要因として小宮山は指摘している。

 

米国ではリトルリーグを始め、全てのアマチュア野球において、何らかの形で投手の球数制限、登板後の休養日数などが厳格にルール化されている事は既に述べた。

日本でもリトルリーグではすでにこのルールが導入されているが、頑なに導入を拒んでいる組織が高野連である。

春と夏の甲子園大会は高校野球の選手たちの憧れの舞台だが、同時に投手にとっては過酷な舞台でもある。

今年行われた第100回全国高校野球選手権大会、連覇を成し遂げた大阪桐蔭より注目を集めたのが、準優勝した金足農業高校の吉田輝星である。

いわゆる「金農ブーム」の立役者となった吉田は、1回戦から決勝まで一人で投げ抜き、大会全体で881球を短期間で投げたのだ。

米国の科学系サイト「Science Daily 」が今年の5月に配信した高校生投手の「カウントされない投球」によれば、衝撃のフロリダ大学の調査結果を紹介した記事が出ている。

この調査は1試合で105球の球数制限が設けられているフロリダ州の高校生投手115人を対象に調査。彼らが投げた14,000球について分析したところ、公式記録には出てこない球数(ブルペンでの投球練習やウォーミングアップ)が全体の42.4%に達することがわかった。105球の制限があるフロリダの高校生は、実際には120球以上を投げており、これを前出の吉田輝星に当てはめると、1255球以上という驚くべき数字になる。

日本では何試合も連投で投げ抜くことが美談となり、延長18回を一人で投げて負けようものなら、感動の渦が巻き起こる。

でも本当にこれは美しくて正しいのか?なぜ甲子園ではエースは完投しなければならないのか?日本のプロでも先発、中継ぎ、抑えという分業化が進んでいるのに、高校野球では一人の投手におんぶに抱っこである。

高校野球の問題点を挙げだすとキリがないのだが、選手の健康、安全、将来を第一に考えるならば、教育の名を借りた選手の酷使は改めて然るべきだ。

 

彼らはオトナの感動ごっこのために投げているのではない。

 

この背景には高校野球の監督の「プロ化」がある。彼らは野球部を指導することで収入を得ているため「結果」が求められる。チームに数名のピッチャーがいて、その力量に差がある場合、最も優れた投手に自然と依存する格好になる。

高校野球が教育の一環で、学校のクラブ活動の一つであるなら、その学校の教員が指導すればいい。適任者がいない場合、外に人材を求めるのは自由だが、教員資格を持たない者に指導はできないというルールを作るべきである。

球数制限や登板間隔のルール化に、高野連は消極的というか、はっきり言えば「拒否」している。前出の事情もあるのだろうが、高校野球に中継ぎや抑えが出てきたら感動が薄れるとでも考えているのだろうか?

 

甲子園で活躍し、ドラフトで指名され、鳴り物入りでプロに入った選手が、ひっそりと球界から消えていく例は枚挙にいとまがない。本人の実力不足の場合もあるが、故障して回復しないまま消えていく選手も多いのだ。医学的に因果関係が証明されていないとは言え、いったい誰が責任を取るのか。

 

アメリカではドラフトで指名された選手が、いきなりメジャー契約することはまず無い。契約を済ませても、彼らはアマチュアと位置付けられており、大抵はマイナーリーグ、悪くすれば最下層のルーキーリーグからのスタートが普通だ。なので20代後半で新人王に輝く選手も少なくない。今をときめくアーロン・ジャッジも2A時代に松井秀喜(元巨人→ニューヨーク・ヤンキース)に指導を受けて開花した選手なのだ。

 

大谷翔平にも似たような部分がある。

花巻東高校に入った大谷は「体が出来ないうちは投球をさせない」という佐々木監督の方針で、当初は外野手としてプレーした。2年の時は骨端腺損傷を患い、夏の甲子園出場を果たしたもののほとんど投げられず、打者専任で出場した。

3年春の選抜ではホームランを放ったものの優勝候補の大阪桐蔭相手に9失点で初戦敗退(この時の大阪桐蔭のエースは現阪神タイガースの藤浪)、最後の夏の大会では県予選で敗退し甲子園には出ていない。

驚いたことに、大谷は甲子園では14イニングしか投げていないのだ。彼が注目されたのは、高校生離れした速球と打撃センスで、甲子園の戦績ではなかった。

私はこの高校時代の登板数の少なさが、大谷の肘をここまで保たせた要因の一つなのではないかと考えている。

さらに大谷は「きちんとした投げ方が出来ないうちは使わないほうがいい」という、彼に中学時代から注目していた小島圭市(当時ロサンゼルス・ドジャース日本担当スカウト)の助言を受け、スライダーを封印していた。

勝利至上主義の学校なら、こうはいかなかっただろう。大谷には将来のメジャー進出の夢があったからとも言えるが、この判断が大谷にプラスに働いたとも考えられる。

 

そして、この「きちんとした投げ方」が、投手として再び輝きを取り戻せるかの重要な鍵になる。大谷は理想的な美しい投げ方だと言われているが、プロに入ってからの重要な変化が指摘されている。

 

それにしても、日本人は高校野球が好きと言うか、少々騒ぎすぎだと思う。高校野球は学校の部活動の一つであり、プロ候補選手の見本市ではない。

野球先進国のアメリカでは、高校野球の結果が全国紙や3大ネットワークのブレイキングニュースに取り上げられることはまずない。ドラフトの話のところでも書いたが、彼らはあくまでアマチュアであり、バリューがある存在ではないのだ。

 

ボストンがあるマサチューセッツ州を除いて、今や他の州の高校生は球数制限や登板間隔 のルールの中で野球をしている。この「選手を休ませる」という発想は、野球だけでなくあらゆるスポーツに拡がりを見せている。吉田輝星がアメリカにいたら、ほとんど投げられず、注目を浴びることもなかっただろう。

そして、モンタナ、ワイオミング、アイダホ、サウスダコタの4州では、高校野球そのものが認められていないのだ。

 

これが野球を国技とする国の実情である。

(この項続く)


テーマ:

MLBでの最初のシーズンを終え、エンゼルス・大谷翔平はリハビリ生活に入っている。当初、日本に帰国して…という噂もあったが、温暖で気候が良く、日本ほど周囲の目を気にしなくて済むアナハイムでのリハビリを選択したようだ。

 
シーズン終了直後の10月1日、大谷はロサンゼルスで右肘内側靭帯再建術(いわゆるトミージョン手術)を受けた。
執刀したのはカーラン・ジョーブ整形外科クリニックのニール・エラトロッシュ医師で、同じエンゼルスのギャレット・リチャード投手の手術も担当している。
トミージョンの第一人者と言ってもよく、大谷は最高の環境で治療に励んでいる。
これにより、大谷のマウンド復帰は2020年開幕以降になるというのが、大筋の見立てである。
先日放送されたNHKスペシャルでのインタビューによれば、術後の痛みもなく経過は良好のようだが、先は長い。
エンゼルスのエプラーGMは「大谷の術後の経過は順調だ。肘の可動域も広がり、ほぼ全屈伸できる」と笑顔で語っている。
まもなく術後1ヶ月が経過するが、この時期であれば非常に地味なリハビリを続ける時期になる。
指を開いたり閉じたりを繰り返すなど、一見すると何の意味か分からないような動作を延々と繰り返すのだ。
靭帯再建術以降のリハビリは長く、そして恐ろしく地味である。  
 
移植した靭帯が肘の関節の一部として馴染むことが最優先されるため、負荷をかける動きはほぼ出来ない。
リハビリの効果も確認しにくく先は見えない。精神的に参ってしまう選手も多く、MLBの各チームでは、リハビリ中の選手の心理ケアをする専門職を雇っているほどだ。
ここで重要なのは決して急がない事らしい。過去には復帰を焦るあまり、自分勝手なリハビリを行なって、復帰時期が遅れたり、手術前のパフォーマンスを取り戻せなかった日本人メジャーリーガーもいた。
彼らはプロのアスリートだが、手術を受けた以上「患者」であることに変わりはない。
患者には治療を受ける権利も拒否する権利もあるが、医師や医療スタッフの意見をしっかり守ったほうが得策だ。早期復帰を目指すなら尚の事である。
 
大谷が最初のDL(故障者リスト)入りした6月6日(日本時間7日)のカンザスシティ・ロイヤルズ戦の際、大谷の異変に真っ先に気がついたのは正捕手マルドナド(現アストロズ)だった。
以前にもこのブログで書いたが、5回の投球練習の際に右肘が下がり、右腕の旋回軌道が三塁側に傾き始めたのを見逃さなかったのだ。4回からストライクが入りにくくなっていたのも彼の判断を裏付けるものだった。
マルドナドは三塁側ダッグアウトに合図した際に、マウンドに駆け寄りながらミットで肘をポンポンと叩く仕草を見せたのだ。
だが、この時の降板理由として報じられたのはマメだった。右手の人差し指のマメを潰したため、大事を取って降板させたというのが、当面のプレスリリースだった。
この時、なぜマメを理由にしたのかは今持って不明だ。マメくらいなら何ともないという理由で大谷が降板を渋ったという話も伝わったが真相は分からない。
一つ確かな事は、この時マルドナドが指摘した肘の問題は正しい指摘だったという事だ。
彼の進言によるものなのか、大谷自身の申告によるものなのかは分からないが、とにかく大谷はメディカルチェックを受け、グレード2の側副靭帯損傷が判明し、DL入りとなった。
NHKのドキュメンタリーによれば、この診断結果は受け入れがたいものだったらしい。生活のベースそのものが野球になっている大谷にとっては、野球ができないという状態は相当に辛いものだったようだ。本人曰く1週間は引きこもってただただ落ち込んでいたというが、同時にこの時、少なくともシーズン終了後の抜本的治療、即ちトミージョン手術(靭帯再建術)が、頭をよぎったのではないだろうか?
日本での最後のシーズンとなった2017年にも、大谷は足の故障で長期離脱を余儀なくされている。この時はシーズン終了後に右足首の骨棘を取り除く手術を受けているが、今度は投手生命に直結しかねない肘である。しかも靭帯再建術という事になれば、数ヶ月で練習に復帰というようなレベルの話ではない。リハビリに1年以上かかり、しかも復帰できるという保証もないのだ。
結局この時はPRP注射による保存療法とリハビリを選択している。手術はしないで済むならそれに越したことはない。ヤンキースの田中将大もメジャー移籍初年度に靭帯を痛め保存療法とリハビリで戦列に復帰している。田中はその後も問題なく投球を続けており、こうした前例も彼の判断に影響したのかもしれない。
 
リハビリを続けていたこの時期、大谷はいつでも投げられるとマスコミに公言していた。なかなか登板にOKが出ない現状に苛立っていたのかもしれない。「スーパー過保護」という表現を使っていた事もある。だがエンゼルスにとっては、将来を背負うエース候補である。復帰に慎重になるのは当然の事だ。
 
結局、大谷がマウンドに戻ったのは9月3日、敵地でのアストロズ戦である。
復帰までおよそ3ヶ月を要した。
初回、先頭のスプリンガーにライト前に運ばれたが、後続を打ち取ってこの回を切り抜ける。フォーシームのスピードは160キロに迫るもので、復帰戦としては上々の立ち上がりである。
 
だが、異変は3回にやってきた。
 
この回、先頭のケンプを四球で歩かせると、初回に右前打されたスプリンガーに、123キロのスライダーを左翼席に運ばれた。150キロ近い高速スライダーを誇る大谷にしては、異例に遅い。
フォーシームのスピードも140キロ半ばまで落ちており、2回と比べて10キロ近く落ちている。大谷が腕を振れなくなっている事は明らかだった。
前の回に6番・ゴンザレスの頭上を越えていく打球を素手で止めており、その影響も懸念されたが、中継映像でもわかるほどリリースポイントが三塁側に傾いており、異常は誰の目にも明らかだった。
次のアルテューベを内野ゴロに打ち取ったところで、ソーシアがマウンドに向かった。
 
3回3分の2、被安打2、失点2、投球数49
これが2018年シーズンの最後の登板となった。
 
試合後、大谷のかつての女房役だったマルドナドは
「あからさまに球速が落ちた。腕の振りもおかしくて、翔平に異常が起きていたのは明らかだ」と、MLB.comのインタビューに答えている。
アルテューベも大谷の状態について
「とにかくスピードが急に落ちた。スライダーは10キロ以上下がっていたんじゃないかな?ベンチではみんな心配していたよ。彼のケガが軽いことを願うね」
 
2日後の9月5日、ビリー・エプラーGMは、マスコミとの電話会見を行った。大谷の右肘靭帯に新たな損傷が見つかったこと、今季は投手として登板しないこと、明日以降、打者として出場するかどうかは、メディカルスタッフや大谷と話し合って決めていくという内容だった。
新たに見つかった損傷はグレード2の部分断裂で、メディカルスタッフからは手術を勧められているという事だった。
大谷は決断にそう時間をかけなかった。大谷はシーズン終了後に靭帯再建術を受けることを表明したのである。
「100%の自分で戻ってきたいと思った」というのが、手術に踏み切った最大の理由のようだ。肘の状態を気にしながら、だましだまし投げ続けるなど出来ないというのが大谷の偽らざる心境だろう。
だが、肘にメスを入れるというのはリスクの高い行為であることは間違いない。
靭帯再建術を受けた選手のおよそ6割が復帰に成功しているというデータもあるが、残り4割のうち3割の選手が、二度目・三度目の手術を余儀なくされ、残りの1割は選手生命を絶たれて表舞台から消えている。
一口に靭帯再建術と言っても、断裂した靭帯を縫い合わせたりするわけではない。断裂した靭帯は再生できないので肘関節から取り除き、他の部位(切り取っても運動に支障が出ない部分)から靭帯を取り、肘の骨に穴を開けて縫いつけるというもので、外科手術としては大掛かりなものだ。
大谷はケガの原因として「子どもの頃からなげ続けているので、負担がかかったのだと思う」と答えている。
大谷と時を同じくして、シカゴ・ホワイトソックス所属のマイケル・コペック投手が靭帯再建術を受けた事が発表された。
コペックは2014年のドラフト1巡目でボストン・レッドソックスに入団、2年後に交換トレードでホワイトソックスに移籍した22歳の若手投手である。マイナー時代に最速105マイル(約169キロ)を記録し、球速だけなら大谷を上回る。
今季、デトロイト・タイガース戦でメジャー初勝利を挙げ将来を嘱望されたが、秋以降肘の痛みで登板できず、9月20日手術を受けた。
こうして見ると、靭帯再建術を受けるのは若手の速球派とされる投手に多いように見える。
とあるデータによれば、MLBの投手のおよそ3割が、キャリアのどこかで肘の骨に穴を開ける羽目に陥っているという。
MLBには現在、ロースターと呼ばれるメジャーリーガーの中に729人の選手が投手として登録されている。この729人のうち220人が靭帯再建術の経験者だ。
医療技術とリハビリの進歩により、およそ1年〜1年半のリハビリに耐えれば復帰できるとされるが、事はそう簡単ではない。
大谷以前に海を渡った日本人投手も、多くがこの靭帯断裂に襲われて、渡米後数年のうちになんらかの治療による離脱を余儀なくされている。いずれも日本球界の宝と言われた選手たちだ。
代表例はダルビッシュ有だろう。2011年オフにポスティングでテキサス・レンジャーズに移籍し3年連続で二桁勝利を挙げるなど順調な滑り出しだったが、右肘靭帯に損傷が見つかり手術、シーズンを棒に振った。
2016年に復帰して7勝、ロサンゼルス・ドジャースに移籍した2017年には10勝をマークし、ワールドシリーズでも登板した。
だが、シカゴ・カブスに移籍した2018年は8試合に登板して1勝にとどまっている。さらに靭帯ではないが右肘に故障が見つかり、手術のためにチームを離れている。来シーズンからの復帰を模索しているが、今のところメドは立っていない。
過去の例としては松坂大輔を挙げねばなるまい。2007年シーズンにボストン・レッドソックスからメジャーデビューし、4年で46勝するなど活躍したが、2011年春に靭帯損傷が見つかり手術、およそ1年3ヶ月後の2012年6月にメジャー登録されたが、2014年までのメジャー在籍中に挙げた勝利数は7勝と極度の成績不振に陥り、このオフ、福岡ソフトバンクホークスへ移籍、日本球界への復帰を果たした。
だが、ソフトバンクに在籍した3年間で1軍登板は1試合のみ、それもめった打ちにされての敗戦処理だった。
松坂の場合、靭帯再建術以降の予後を急ぐあまり、完全な状態でマウンドに復帰しなかったのが不振の原因と言われている。違和感の残る肘を騙しながら投げるうちに肩を壊してしまったのだ。
2018シーズン、中日ドラゴンズに移籍した松坂は6勝を挙げて復活したが、結局肩のリハビリに3年かかったことになる。
その他、藤川球児、和田毅、田澤純一などが経験者だが、いずれも復帰後の成績は芳しくなく、程なくして日本に復帰している。田澤はNPBを経ずに渡米したため日本球界に復帰できず、エンゼルスを戦力外になった今オフ、新たな所属先を探している状態だ。
更に第1回WBCで胴上げ投手になった大塚晶則は、1年おきに三度も手術を受けたが、肘の痛みが解消されず、表舞台から消えている。
もっとも藤川も和田も日本復帰後は活躍しており、藤川は阪神タイガースで中継ぎエースとなり、和田はソフトバンクで最多勝に輝いた。勿論並々ならぬ本人の努力もあっただろうが、手術の成功例と言っていいだろう。
ちなみに田中将大や前田健太(ロサンゼルス・ドジャース)も靭帯を損傷しているが、いずれも保存療法を選択、手術を回避している。
近年、この靭帯再建術は伝染病のように広がり始め、手術を受ける選手の数は年々増加している。
次回はその背景について書いてみたい。
 
 

テーマ:

2018世界バレー女子大会が閉幕した。

1次リーグ、2次リーグの快進撃を見て、中田ジャパンは強くなったという論調がマスコミを覆った。インターネットの書き込みを見ても同様だ。

決勝ラウンドで全敗して6位になったにも関わらず・・・である。

「ベスト6」と言えば聞こえはいい。バレー日本女子代表は世界ランキング6位のチームであり、ランキングと順位が同じで順当な結果だと見る向きもある。だが中田ジャパンが目指しているのは2020年東京五輪でのメダルである。もしこの目標を変えないのであれば、自分たちよりも格上のチームを最低3つは破らなければならない。そんなことが本当にできるのだろうか?

2016年のリオ五輪で準々決勝敗退、木村沙織ほか代表を背負ってきた選手の引退など、日本女子は大幅にリニューアルせざるを得なかった。監督も真鍋正義から中田久美に交代し、心機一転4年後の東京大会を目指す事となった。

だが、結果は思うようにはついてこない。新チームとして初めて臨んだ世界大会・ワールドグランプリ2017(以下WGP2017)の最終順位は7位だった。予選ラウンドで初戦のタイをフルセットで破って勢いに乗るかと思われたが、次のドミニカ共和国には1-3で敗北、次のオランダ、タイを連破したが、格上と見られていたセルビアにはストレート負けを喫した。このラウンドのハイライトはブラジルを破った事だが、相手は1軍半のメンバーで、正直言って強いブラジルとは言えなかった。第3週ラウンドではセルビアに3-1で雪辱したが、すでに決勝ラウンド進出を決めていたセルビアは主力選手をほとんど休ませていた。つまり「消化試合」だったのだ。

日本はファイナルラウンドに進出することはできなかった。予選ラウンド最終戦の中国に敗れた後、ミックスゾーンでインタビューを受けていた中田監督が思わず涙を流したのを覚えている人もいるだろう。

「結果はでなかったが、土台はできた。40%」と監督の中田は大会後のインタビューに答えていた。

この大会ではセッターとリベロという日本の生命線が、相変わらず固定されていない事が明らかになった。セッターとして世界で戦い、ロサンゼルス五輪で銅メダルを獲得した中田監督自ら「この子はものが違う」とまで言い、熱心に育てていた宮下遥(岡山シーガルズ)はこの大会での出番はなかった。

リオ五輪に関してこのブログに書いたとき、「宮下は竹下ではなかった」と書いたが、どうやら本当にそうなってしまったのか?日本女子バレーに渇望されていた大型セッターであるにも関わらず、宮下は2018年現在、代表には召集されていない。

代わりに起用されたのは富永こよみ(上尾メディックス)と佐藤美弥(日立リヴァーレ)であり、富永を軸に佐藤を併用する形でこの大会を戦っていた。中田はこのセッター起用に関して「自分たちがすごく研究されているのがわかったので、戦い方を変える必要があった」と説明していた。

そしてリベロである。かの偉大なリベロだった佐野優子の後任は、なかなか見つからなかったようだ。WGP2017では木幡真子(JTマーヴェラス)と井上琴絵(CSMブカレスト)を併用していた。軸になったのは井上だが、安定感では佐野に遠く及ばなかった。

更に深刻だったのがミドルブロッカーである。WGP2017でも主軸となったのは荒木絵里香(トヨタ車体クインシーズ)だった。荒木はロンドン五輪でメダル獲得に貢献した選手で、リオ五輪を最後に家庭を優先し第一戦を退いていたが、この大会で再び主軸となった。

荒木は優れた選手だが、攻撃力はそれほどでもない。相変わらずセンターからの攻撃は少なく、得点も少なかった。荒木の対角はこの大会で主将を務めた岩坂奈々(久光製薬スプリングス)だったが、岩坂も2018世界バレーではほとんど起用されなかった。

 

このWGP2017で抱えた課題を、どう克服するのか?がこの1年のテーマだったはずだ。
だが迎えた2018世界女子バレーでも、問題の構図は似たようなものだった。
 
WGP2017で代表落ちした宮下は2018世界女子バレーでも代表復帰することはなかった。セッターとして登録されたのは富永と田代であり、そこに宮下の姿はなかった。監督の中田自身「セッター2名登録は厳しい」と言っていたにも拘わらずである。
代表に登録されている4人のセッターの中で、サーブやディグ、つなぎのプレー、ブロック力という点では、宮下は頭一つ以上抜けているだろう。

だが中田は、アタッカーを生かす、使うというセッターとしての基本的な能力で、富永や田代のほうが上だと考えているのではないだろうか?2018世界女子バレーの前の合宿中のぶら下がりで「よほどのことが無い限り、今年、宮下を代表に召集することはない」と明言した。

宮下はいわゆる「ジャンプ膝」を抱えており、治療に専念させるという中田の判断で召集を見送っていると考えられていた。宮下は治療優先で試合出場も少なく、所属先の岡山シーガルズもV1リーグに降格している。

さらにアタッカーを生かすという点において、富永や田代、佐藤というライバルが頭角を現し、宮下は絶対的な存在ではなくなったしまったのだ。思えば前監督の真鍋もリオ五輪の開催直前まで、宮下を正セッターとして起用しなかった。

リベロはWGP同様、井上・小幡の併用で乗り切った。井上は次第に安定感が増しており、2年後に向けて明るい材料となったが、宮下が入っていればと思わされた場面は多々あった。井上のリベロでは、他のアタッカーの負担が大きいのである。

課題のセンターラインだが、2018世界女子バレーでもメインは荒木で、.対角が岩坂から奥村に代わっただけだった。奥村はかつて荒木の対角を務めていた山口舞(岡山シーガルズ)に似たタイプだが、世界の舞台では迫力不足は否めない。

アウトサイドヒッター(かつてのウィングスパイカー)は、古賀紗理奈(NECレッドロケッツ)や黒子愛(東レアローズ)などが台頭し、明るい材料を提供しているが、世界の高いブロックに通用したとは言い難い。ケガから復帰した長岡望悠などの活躍もあったが、今や2メートルに届こうとしている世界の壁はあまりにも高いと言わざるを得ない。

 
日本女子バレーの現在地はメダルには程遠いものだった。
それが2018世界バレー女子大会の現実である。
 
監督の中田は「今年のポイントは古賀と黒後の育成、そういう意味では成果が出た」と語った。大会得点ランキングの4位に古賀が入り、スパイク決定率では黒子がトップ10入りした。いずれもチームでは最高の数字である。
だが、ここぞの場面で結果を出したのはベテランの荒木であり、リオ組の石井優希・新鍋理沙(ともに久光製薬スプリングス)であった。2年後の五輪を目指し、すでに主力選手が若手に切り替わっているイタリアや中国とはかなり事情が異なる。
中田監督は「今後の強化には時間が必要だ」と語った。暗に「東京五輪には間に合わない」と言いたかったのかもしれない。選手発掘・育成、指導者の養成、育成コンセプトの確立など、日本バレーは世界のトップどころか、国内の他競技にも後れを取っていると指摘されている。
東京五輪のメダルにこだわると改革が遅れるばかりで結果が出ない。という声は協会内にはけっこうある。他の競技の指導者や外国の専門家などを強化スタッフとして招聘したほうが、しがらみや過去にこだわらない、思い切った変革が可能なのでは?という意見も多くなってきている。フェルハト・アクバシュ(元バレー男子トルコ代表・元バレー女子トルコ代表監督)をコーチとして招いているのはその一環なのだが、今のところ成果は出ていない。
 
それにもまして気になるのが、日本女子バレーに関する「過保護」とも言える扱いだ。
まずこうした国際大会の開催地はほとんど日本である。FIVBへの拠出金が最も多く、国内でのバレー人気も高い。テレビ中継が付くので放映権料が手に入るし、ホスピタリティ・セキュリティともに申し分ないとなれば、開催国に選ばれてもおかしくはないのだが、私はこの点こそまずは改めてはどうかと思う。
まずその組み合わせだ。2017年に抽選で組み合わせが決まったようだが、実によく出来た組み合わせである。
【予選A組】
日本(ランキング6位)、オランダ(ランキング8位)、アルゼンチン(ランキング11位)、ドイツ(ランキング13位)、カメルーン(ランキング18位)、メキシコ(ランキング26位)
 
この組には明らかな格上の強豪国が一つも入っていない。日本と対等と言えるのはオランダくらいだが、日本はそのオランダにフルセットで敗れている。
中田監督もそのあたりはよく知っているようで、開催国特権である初戦の対戦相手指名をアルゼンチンにした。またカメルーンとメキシコには先発メンバーを下げ、控え選手で臨んでいる。それでも10点差以上をつけて勝っていた。
ドイツ、カメルーン、メキシコと戦った印象は「春高バレーの強豪より弱い」というものだった。テレビで見ていても代表チーム同士の戦いには見えなかった。予選は6チーム中3チームが2次ラウンドに進出できる。オランダ以外にさしたる敵もいないこの組では、日本の2次ラウンド進出は大会前から決まっていたようなものなのだ。
日本は開催国であり、早々に敗退してしまっては、放映権料も興行収入も激減してしまう。それを見越しての組み合わせ抽選というのは、あまりにもうがちすぎた見方だろうか?
さらに2次ラウンドの組み合わせはあらかじめ決まっていて(男子は予選結果でグループ分けされる)A組を勝ち上がるとD組を勝ち上がった国としか対戦しない。つまり中国、イタリア、アメリカ、ロシアなどの強豪とは3次ラウンドまで当たらないようになっているのである。4年前の世界バレーで敗れたアゼルバイジャン、ここ数年苦手としているタイや韓国とも当たらない。それ以外のプエルトリコ、カザフスタン、ケニアは明らかに問題にならない相手で、格上のセルビアとブラジルが最終2日間の対戦と、素晴らしい順番で戦えるようになっている。
2018世界バレー女子のハイライトは日本がセルビアを破ったことだが、これは手放しには喜べない。セルビアは日本と対戦する前に決勝ラウンド進出が決定しており、必死に向かってくる状態ではなかった。
日本戦の第1セット、セルビアは主力メンバーを並べて日本をボコボコにした。日本は10点に届かないのではないかと思わされるほど弱かった。しかし第2セットからボシュコビッチなど主力選手を次々にベンチに下げ、控えメンバー主体に切り替えた。結果日本が盛り返し3-1で勝利したのだが、おそらくセルビアはこの試合、1セット取ればいいと考えていたのではないだろうか?
日本とブラジルのどちらが3次ラウンドに進出すると都合がいいかと考え、第1セットで主力選手を出して日本の力を確認し、簡単に勝てそうな相手だと判断したセルビアは、選手を入れ替えて1-3で敗れ、日本が次のブラジル戦で敗れても、1セット取れれば3次ラウンドに進出できる状況を作ったのだ。
実際ブラジル戦はフルセットで敗れたが、セットを取った日本は決勝ラウンドに進出した。そして決勝ラウンドでセルビアと対戦し、手も足も出ずに敗れた。(0-3)
イタリアには善戦したがフルセット負け。ここで目標のメダルの目は消えたのだが、さらにこの後5-6位決定戦というのが行われた(この試合は男子の大会には無い)3位決定戦というのはよく聞くが、5-6位決定戦というのはなんなのだろう?しかも試合は準決勝2試合のあと19:20開始、テレビ的にはゴールデンタイムである。
これなど決勝ラウンドで全敗した場合に、ゴールデン枠を埋めるために組んだ試合なのでは?と勘繰りたくなる。何しろ決勝進出をかけた試合は昼間でテレビ中継もなく、下位決定戦が夜なのだ。
 
何かが間違っている。
結局、日本はこの試合(対戦相手はアメリカ)にも敗れ、決勝ラウンド4連敗、6位で大会を終えた。
 
日本はこれだけ優遇されたが、結局格上のチームには1勝もできなかった(2次リーグのセルビアを例外とすると)
日本協会にとって、収入を確保することはこの上なく重要な事である。強化費が潤沢になれば、選手も恵まれた環境で練習したり遠征したりできる。しかし、このままではダメだ。
それこそ海外で真剣勝負の国際大会に出場し、相手チームだけでなく審判や観客も含めて周りはすべて敵だらけ、水も食べ物も合わず、言葉も通じず、時差や長距離の移動に苦しみながら、強豪相手にぎりぎりの戦いを続けるような強化をしなければ、チーム力は上がらないのではないか?
日本で大会に出ている限り、応援は日本一色、移動も短く組み合わせにも恵まれ、日程も環境も最高という素晴らしい舞台が用意されるが、その舞台が日本女子バレーの強化につながっていないのではないかと思えてしまう。
中田監督が言った通り「時間がかかる」ことを認め、大型選手の発掘・育成から始めたほうがいい。その方がメダルに手が届くのが早いかもしれない。
 
そんな中、2019年のバレーボールワールドカップの日本開催が決定したというニュースが入ってきた。
決まったものは仕方がないと思ったが、一つ提案がある。
試合中に場内マイクを使って「ニッポン!」コールをしたり、得点した選手の名前を連呼したりするのをやめたらどうか?
国際大会だというのに、海外から見たら明らかに異様な光景だし、恥ずかしい。
本番のオリンピックでは、場内マイクを使った応援などできないのだから。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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