乳がんママと農家パパと医者むすめ -4ページ目

乳がんママと農家パパと医者むすめ

高1の4月に母が乳がんに。
高2の時にステージⅣへ。
治らないなんて信じない!反抗期やめて、医者になる!
そんなこんなで約10年経過。
そこからの日々、つれづれなるままに書いていこうと思います。

今日は仕事が早く終わってノリノリで帰宅♡♡♡
と思いきや、「excuse me・・・」と外人さん。

インターネット!インターネットぉぉぉぉ!と連呼。

いや、わかんない。

そこで外人さん必死でタイピングの真似。

ようやく理解しました。
あーーーー。ドゥー ユー ウォント トゥ ゴー インターネットカフェ??

いいイイェェェス!!!

てことではるばるネットカフェへ。

初めて知ったのですが、ネットカフェってパスポートいるんですね・・・。
パスポートをホテルに忘れたということで一緒に取りに帰り、結局往復1時間も歩きました・・・

日本人いいやつじゃん。

て今頃ネットカフェでつぶやいてくれてる、と思っています。笑
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乳がん発覚から1年8ヶ月後。
2回目の手術から約1年後の1月、肝臓に2箇所、転移が見つかりました。
1年越しの再発だったため、心配しつつも心のどこかで「治った」と信じだしていた時期でした。

父が一緒に検査結果を聞きに行ってくれたのですが、母は体が震えて、
何を言われてるのか、何もわからない状態で、夫婦共々パニック状態。

とりあえず「時間が無い!!」と言われ、その日から抗がん剤が、始まったのでした。
AC療法(※乳がんの抗がん剤)でしたが、とても副作用がきつく、体を起こすどころか、目を開けるのが辛いほどでした。

昔から熱が何度あっても、私たちのご飯を作ってくれるような母が
起きれないほどしんどがっている。

それが17歳の私にとって衝撃的で

もしかしてうちのお母さん、癌で死ぬの?
と初めて意識した瞬間でした。

動けなくなった母、「転移」と言う重苦しい字面、、、

肝臓転移から、本当の意味の癌との闘いが始まりました。

仕事一本だった父が家事を始め
娘息子は完全に反抗期をやめ

我が家がよくも悪くもとにかく変化した瞬間でした。