。一方,空は本当に「一直線に飛べる」のだ,DQ10 RMT。 モロッコの空を飛んだときの様子。空を飛ぶことが「分析の道具」であるとは,実際に飛ぶことで実感できるという ほとんど決められた英語で交信しながら飛ぶことが,一大事になった また,「空を飛ぶと人間の知能は半分になる」という言葉もあるそうだが,瀬名氏は「飛ぶまでは『そんなことあるか』と思っていたが,いざ飛んだら本当だった」と述懐する。 空の公用語は英語が中心だが,地上であれば簡単に言える英語が,空に上がるとなぜか口が回らないらしい。それは英語のせいかといえば,そうでもなく,「おそらく日本語でも無理だろう」というのが氏の見解だ。 そのようにして「普通の人間らしい感覚」が空では有効に機能しなくなっていく反面,自分の感覚を飛行機という機械に合わせ,自分が機械になっていくことによって,飛行機との一体感が得られる,ro rmt。そうなると,風を感知したり,旋回の感覚などをつかみやすくなるのである。 このように,空の上の知能は二次元の知能とは大きく異なっている。身体性の違いがなくとも,知能のあり方は変化しうる,というわけだ。これは個人的な感想だが,いわゆる「理系ミステリ」なるジャンルに火をつけた森博嗣氏も「空を飛ぶ」ことに非常な執着を見せているあたり,やはり「三次元の知能」にはそれだけ人を惹きつけるものがあるそしてそれだけ「違っている」のかもしれないと思えた。 ちなみに瀬名氏が飛行機免許を取ったのは,2003年頃に「空を飛ぶ話を書いてくれ」という依頼を受けたからだ。モロッコで飛んだのも,その作品の取材のためだとのことだが,この作品は,2010年9月現在,まだ上梓されていない。 コミュニケーションと重力感 宇宙は無重力なので,「それを取って」が「それを押して」に変化する さて,ここで改めて「重力感」を振り返ってみると,そもそも重力感には「こうなるはずだ」という日常に密接した予測が伴っていることが分かる。そしてその重力感は,身体や空間把握によって変動しうる,ということも語られてきた。 そのうえで瀬名氏は,「あくまで小説家としての想像」と念押ししつつ,「コミュニケーションと重力感をうまくつなげられないか」「共感するという心の働きを,重力という観点から見直せないか」と提言した。 脳には「ミラーニューロン」があることが分かっている。筆者が大変いい加減にまとめてみると,「誰かが何かを行ったとき,それを見て,自分もその行動をやっているかのように感じるニューロン」であり,学習などに関与すると考えられている
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