5月1日 代々木公園ウォーキング再開
先月、知らぬ間に閉鎖されていた公園が、この日、久しぶりに近くを歩いた際に解除されていることに気づきました。
それまで施錠されていた入り口のゲートが、なんだか開いているような…。
正直、恐る恐るでした。
「あれっ、開いてるのかな? 閉まってるのかな?」
それまで見ていた、施錠された感じとは違う、何となく施錠以前に見ていた感じ。
この頃はまだ、限りなく「外出禁止」に近い「自粛」の日々ですし、一見開いているように見えてはいても確信は持てないまま近付いてみると、なんとゲートが開いています。
それでも確信が持てず、「もしかすると何か作業でもしてるのかな?」などと思いながら、恐る恐る足を踏み入れたのを今でも鮮明に思い出せます。
辺りを伺いながら足を踏み入れ、歩き慣れたスロープを上がると、濃い緑に彩られた林が静かに佇んでいます。
久しぶりの感動!
特に作業している人の姿はなく、しばらくするとジョギングする人の姿が見えました。
「開放されたんだ!」
そう思えた時の感覚は、感動というよりは安心感。大きな安堵の気持ち。
まだ一年にも満たないお付き合いでしたが、この公園が、これほど大きな存在だったんだと改めて思い知らされた日でした。
前回お話ししたように、これまで、代々木公園の周辺や比較的近い界隈を散策して誤魔化していたウォーキングを、これほど好きな代々木公園で再開できる喜びは言葉に出来ないほどでした。
周回、およそ2.5キロの遊歩道を、反時計回りに3周。
心地良いルーティーンが、この日を境に再開いたしたのです。
5月7日(満月)
いつものルーティーン。ひと呼んで「歩き瞑想」(微笑)の時間です。
動き易い服装に、履き慣れたスニーカー。
スニーカーなんて、正直、学生の頃以降履いたことはありませんでした。
仕事柄(当時私は美容師でした)、足元はヒールで常に武装(笑)していました。
そんな名残が、今も立派な外反母趾として私の悩ませています。
ご存じの方もいらっしゃるかと思いうますが、ヒールを卒業した後も、身長にややコンプレックスのある私は、厚底靴を好んで履いていました。
ですから松山にいた当時は、日々のウォーキングも、たった数センチですが高みを見せてくれる厚底靴を履いて歩いていましたし、お出かけはもちろん、ちょっとした山歩きも同じ出で立ちでした。(富士山に登る際に購入したトレッキングシューズも結構厚底だったように覚えています)
話は脱線しますが、そんな私がスニーカーに辿り着けたのも、東京のお陰。
それまでの「旅行者」ではなく「生活者」として街を歩くと…、ほんの数センチの高見などたかが知れていました(苦笑)。
渋谷や原宿・青山には、モデルと思しき外国人や、とても素人とは思えない日本人の女の子がいくらでも歩いているのです(苦笑)。
時には、まるでアニメから抜け出してきたかのような、優に9頭身はありそうな人類(!)にまで遭遇します。
と同時に、そんな人波の中で、誰も他人に干渉しない、開放感すら味わえたのです。そうして私は、身長に対する微かな呪縛から解放されました。
話を戻しましょう。
と、足回りを固めてイザ公園へ。
入口ゲートまで、およそ500メートル。
ゲートを入り、左右の木立を確かめながらスロープを登ると遊歩道に突き当たります。
まずはアゴを突き出し、気道を真っすぐ空へと開放した状態で鼻から息を吸い込みます。
大量のフィトンチッドを含んだ清涼な大気が、鼻腔を震わせながら身体の深い部分へと渦巻くように吸い込まれていく感覚を味わう。
この瞬間が至福。
綺麗な大気に肺が満たされていくのがわかります。
そんな深呼吸を繰り返したら、軽く両手を、ひじの部分で折り曲げて前へ出します。
「小さな前に倣え」の状態(これって、もしかすると昭和生まれの人しかわからないかも?)。
そうすると、足を運ぶたびに下丹田に力が入るのがわかります。
そんなスタイルで、代々木公園の遊歩道を反時計回りに3周。
そうして私の、至福のルーティーン「歩き瞑想」がスタート。
(写真)ウォーキング途中でみつけた、かつてのオリンピック宿舎。
2020オリンピックが幻となった今、何とも言えない発見でした。
詳しくは追々お話ししますが、この日(夜)頂いたメッセージは、
”アタマ・カラダの衰えは、負荷をかけ時間をかけて、揉み込むように擦り込む努力が必要”。
マクロファジー、免疫細胞の異常発生が戦い終えた戦士の残骸を大量に発生させ、血管やリンパを詰まらせている。
考えてみれば、身体の中で起こっていることも外側で起こっていることも、同じなんだ…ということでした。
と今日はここまで。
いよいよ「歩き瞑想」のプロセスをお話ししますが、そんな中に様々なエピソードを盛り込んでいきます。ご期待ください。

