少し間が開いてしまいました。
久しぶりの更新です。
前回、「これからは少しスピリチュアルなことを…」などとハードルを上げてしまったおかげで、正直、書きあぐねていました。

これまで、「それは真印先生だからですよ」と言われがちだった、私なりの感覚を「どう説明しようか…」と思い悩んでいましたが、あれこれ考えるのは止めて、時系列になぞらえてお話ししていくことにします。(などと言いながら、もっと良い方法を見つけたら変更しますが)

では皆様、お付き合いください。

 

2020年3月17日
代々木公園の隣に引っ越してきておよそ10カ月が過ぎようとする頃、世間はコロナ禍の真只中に突入していました。
そしてこの日、お客様とのセッションを終えた私は、久しぶりの感覚に囚われていました。
それは、これまでも数え切れないほど味合わされた感覚。ですが、この日のソレは「当たっちゃったかな…」という嫌な感覚です。
それは食あたりならぬ「人あたり」。

日々、お悩みを抱えた方とのセッションを繰り返しておりますと、その方が抱えていらっしゃる様々な障害(身体的・精神的・霊的)を頂いてしまうことがあります。
どうやら私のセッションは、多くの場合、お客様の抱えた障害を一旦私自身に取り込んで昇華させるという方法らしく、それをうまく抜けない時に悩まされることになります。

 

襲い来る嘔吐。
それは、「身体の調子がおかしいよ~」から始まり、激痛と言うほどではないのだけれど、漠然とした不快感に襲われ、内臓からなのか、筋肉なのか、骨からなのか特定もできず、痛みはあちらこちらへと移動していました。
そしてそのうち、漠然とした痛みは、骨の軋みとして浮き上がってきます。

ここまでくると、もはやお客様からの頂き物…では収まりません。

 

確かにきっかけは、個人セッションでの頂き物、もしくはお客様の落とし物だったと思いますが、結果告げられたのは、「骨と骨の間、関節にスペースを担保しなさい!」そして「身体の波動をあげなさい!」という強いメッセージ。
言うまでもなく骨は、そして関節は、この星に存在するあらゆるモノが支配される重力に抗う最も重要なパーツです。

 

いつの頃からか、より高い次元を捉えることを目指し続けてきましたが、そこで起こる、まるで時差ボケのような、恐らくは慣れない次元での意識のブレのような感覚。
と言ってもそんな感覚は、私が物心ついた頃からずっと、何かにつけて付き纏われてきた…ある種、慣れ親しんだ(はずの)感覚なのに、今回味わったソレは違っていました。

どうやらこれは、私の身体(だけじゃない気もしますが)がついてイケてないかららしいのです(今にして思えば、思い当たることがあります)。

 

変化を受け入れるためには、そこで晒されるより大きなエネルギーに耐えられるだけの強さが必要不可欠という結論に達しました。

 

要は、「身体の波動をもっと上げなさい!」というメッセージ。

 

そこで私が取り組んだのが、食生活の改善とウォーキング。
これまでも何度となく取り組んだミッションではありますし、ましてやウォーキングは、この15年欠かすことなく続けてきました。
そんな一見変わらないミッションですが、「意識を変える」ことによって、実はそこから得られる効果は大きく変化するのです。

そして、先日来おすすめしている「代々木公園ウォーキング」。

 

と、今日は、ここまで。

果たして私の言う「代々木公園ウォーキング」とは?
一見何の変哲もない、どこの誰でもがしているウォーキングのいったい何が違うのか?

思わせぶりな感じで終わりますが、これから少しづつひも解いていこうと思います。

などと延々と続きそうなので、一旦お休みして、毎日は無理でも2~3日後には更新しますね。


殴り書いたような日記を遡ってのレポートですが、しばらくはこの形を続けてみようと思います。
わからない事や分かり難い部分など、書き込んでいただければ、可能な限りお応えしようと思っています。また、この時系列になぞらえてのレポートよりも、もっとこうすれば、みたいなご意見があれば、それはそれで有り難い限りです。

写真は、今日マンションのベランダで見つけた玉虫。本文とは関係ありません(苦笑)。