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美しく知的、上品で華やかでありたい私の独り言

母がフラダンスフラダンスのイベントに出演するため朝早く外出したので、

今日は弟と二人で過ごす穏やかな秋の日曜日でしたスマイル


出かけ際、母が「何だかあの時みたいだね」と漏らし、私も同じことを考えていたので胸が詰まりました。

3年前の私たちの週末は、朝母が父の病室へ行き、午後に私と弟がそこに合流して時間を共にし、

夕方母と弟は帰り、夜に私は自分の家へ戻る、というものでした。


最後の2、3ヶ月は、何度も何度も危篤で親戚を呼んでは持ちこたえての繰り返しで、

そんなことを望んではいないはずの父が一番辛かったであろうことを思うと、今でも胸が苦しくなります。


「週末はどうするの?」という他愛のない会話が、ずしんと重く感じてしまう人もいる。

週末を病棟で過ごす人や、人知れず痛みに耐えて格闘している人に、心からのエールを送りますhana.



人生には良くも悪くも予想していなかったことが多々生じ、だからこそ面白いとも言えるのだけれど、

そういうハプニングや変化を受け入れ、消化もしくは昇華できるか否かの差って何なんだろう。


中学・高校と通った鳥居坂の学校で一番印象的だったのは、皆がマイペースで寛大だったこと。

小学校時代、「目立つ」ことに辟易としていた私は、のびのびと自分の好きなことに打ち込みながら、

自分と異なる思考や嗜好を持つ人を許容する雰囲気によって、解放されていったのでした。


オトナになるにつれて友達をつくるのは難しいなんて言う人もいるけれど、私はそうは思わない。

むしろ、子供のころのほうが、ただそこに住んでいた同い年、というだけでカテゴライズされたり、

もちろん地域特有の絆はあるのかもしれないけれど、狭い括りの中での話に過ぎないことが多い。


陳腐な表現になってしまうけれど、年齢や性別、国籍を超えて通じ合う「ツボ」を発見する楽しみは、

それなりに経験を積み重ねつつある今現在のほうが確実に増えていると思う。


若さの特権のありがたさも忘れてはいけないけれど、年齢を重ねることで得られる喜びや楽しさも、

きちんと享受できるような人になりたい。それは、本当にその人自身の考え方次第だからね。


今週もいい顔して過ごせますように笑

食欲の秋、芸術の秋、読書の秋、スポーツの秋、恋愛の秋・・・

色々ございますが、皆さまの秋は如何に?

ワタクシは、米国女優シャロン・ストーン(なんと51!)の、仏雑誌「Paris Match」表紙を飾った

ナイスバディに刺激を受け、私らしいちゃらんぽらんさでエクササイズに励んでおります腕。


と言っても、ジョーバに跨ること15分、バランスボールで転がること10分、フラフープの練習5分のみ。

あとは、ここ2週間ちょっぴりアルコールを控え気味にし、夜遅い時間の食事を控えてみました。

これ、正直辛い。。。だってあたくし、基本はヘルシーの真逆をいく体に悪い娯楽・快楽が大好きハート

ランチに伺ったマクロビレストラン、じぇんじぇん足りないしぃ、チョコレートチョコレートもバンバン食べたいしぃ。


で、その反動が本日開花いたしました桜

2週間に一度行く整体で、ここ最近で最高のコンディションにあることに気をよくし、スパークでござんすけむり玉

自分の家に自分で帰らなくちゃいけないと思うと、それなりに緊張感をもってお食事に臨むのですが、

お家や温泉などセルフ移動が不要な安心感があると、ネジが緩みっぱなしになってしまうんですね~。


痩せたいとは思わないけれど、願わくばイタリア車のようなカーヴィー彫刻のような身体になりたいFerrari

んでもって、シルクドソレイユからスカウトされちゃったらどうしようハートなんて、

相変わらずのオッペケペー度合でおめでたいことを目論むおバカな土曜日。


カラダ年齢、自信がありますか??

日比谷公園や皇居の緑が日に日に色艶を変え、視覚からも秋を感じるようになりました。

丸の内仲通りには、かぼちゃのランタンがお目見えハロウィン

美しい街並みにお茶目さを加え、歩く人の気分を盛り上げてくれます(よね??)


自分の足で歩くのはもちろん、最近登場したレンタル自転車や自転車タクシーに乗って風を受けるのも

気持良さそうです風(なんて、ワタクシ自転車にカッコよく乗れるか、いまいち自信がございません汗


そんな爽やかな気持ちの金曜午後、久しぶりの静岡へ参上。

静岡といえばお茶日本茶2

そういえば、松本清張氏の「熱い絹」では、静岡のお茶が物語の鍵を握っていたのでした(←オススメ)


さらに、お茶で思い出すのは、ボストン茶会事件。

原語Boston tea party の、名訳か誤訳か意見が分かれるようですが、

これだけ想像力をかきたてる事件名はそう滅多にありません。

世界史の教科書でも、ビジュアル的に覚えやすい部分であったことを思い出します。


そしてそんな想像力を超越してくれたのが、オバマ政権に反対する人たちの、

ティーバッグをメガネメガネに吊るして抗議集会に参加する姿。

反対意見や苦情こそ、知性とユーモアで表さなくてはね、と妙に感心してしまいました。


生きている以上、信じがたい不愉快なことやストレスと無縁ではいられないと思いますが、

例え正論を主張するにしても、どこかウィットに富んだ言い方や振る舞いをできる自分でありたい。


まだまだ知らない世界がたくさんあるし、私は甘ちょろいよな~と、

金曜深夜に日本茶をすすりながら書いてる自分は、知性には欠けるがユーモアのセンスは・・・

片鱗はあると信じたい♥akn♥

日経夕刊の木曜文化面に連載されている、高橋敏夫氏「歴史・時代小説の巨匠たち」が興味深い。

評論家による書評や解説は、時に善意の悪意に通じる嫌な気持ちを引き起こすことがあるのだけれど、

先週の藤沢周平作品についての記述をはじめ、氏の解説は心に染み入る言葉が並びます。


こういう先生に出会えると、本や映画、舞台をより深く多面的な視点で楽しむことができる頭の使い方を

習得し、感受性を高めるきっかけを得られるんだろうな。

本や紙面を通じた人との出会いも、自分がどう捉えるか次第で貴重な出会いとなりますね。


引き寄せの法則や因果応報という言葉にあるように、自分が出会う人や出来事は、

全て自分自身が引き寄せる原因を創出していると言われています。


確かに私もそう思いますが、その一方で、もし「全て」のことがそうなのだとしたら、

私や私の両親の弟との出会いは理解しうるとして、弟本人が知的障がいや自閉症とめぐりあう原因は、

何だったのだろうか、と考えてしまう。


ハンディ、という一言では言い表せない人生。

今、あることで辛い状況を強いられながら、感情を抑えじっと耐えている弟を見て、ふとそんなことを思う。


野望はあるが夢はない私の、疑問であり唯一の夢。

弟が何を理解し感じ生きているのか知りたい。

この疑問に対する答えは私にはまだ見つからず、その夢も叶っていない。


自分自身の出逢い力に誇りを感謝を抱きつつ、

人と出会う仕事でよかったな、と一個人として素直に嬉しく思えた1日でしたるん

バイオリズムの関係か、体は元気なのに眠くて目が開かなかった今朝。

いつもどおり5時半起床、がしかし、お化粧しながら寝てしまいそうになりましたママヒヨ ZZZ


眼球の裏から錘をぶら下げられ引っ張られている感覚、といったらいいのでしょうか。

目がいつもの半分の大きさ目しか開いていないので、視界が狭い。

ちょっぴり緊張ディナーの予定がリスケになり、少しホッとしましたほっ


皿目のまま出勤し、午前中は東京を離れてワイルドな?街へ出動走る

いつも早めに着くように行くのだけれど、今日はまさにその余裕を持った行動が真価を発揮。。。


ビルの入り口でぼーっとテナント一覧を眺めていたら、訪問先の名前が・・・消えている!

携帯電話で歩きながらナビしていただき、何とか無事到着やったほんと、優しい方で助かりましたペコリ

おかげで、目もこれでもかというほどぱっちり開きまくりじっ


教訓の一句筆 ランデブー 「いつもの場所」も 要確認WARNING まいまい作



夜は、「古代カルタゴとローマ展」を観に大丸ミュージアムへ。

貴重なモザイク画や石造など、この時代の死生観や宗教、美術様式を至近距離で見る事ができ、

特に夜は本当に好きな人しか来ていないので、いい空気が漂う中で落ち着いて堪能できます。


戦いと紙一重の交流と融合による文化形成、栄華と繁栄と消失、円熟期・・・と、繰り返される歴史。

その時代に生きることを想像しながら目の前の展示品を眺めると、人間の思考というのは

基本的に時代や国が違ってもそう大きく変わっていないのかな、と思う。


与えられた人生の時間は人それぞれ異なるけれど、生まれた瞬間から、

いつか来る終わりにむかって歩み始める。だからこそ、今ある時間に感謝して生きなくてはいけない。

数々の儀式で用いられた装飾品や絵画を前に、ふとそんなことを感じました。


優美かつダイナミックに、地中海のきらめきのごとく、生きたいheart+kira*