こんにちわ。
四万十は本日ヌルい雨。折角咲いた遅咲きの桜が・・・
さて今回は甥っ子の受験をきっかけにこれまに考えていた学歴についてまとめてみた文章です。もしこれを読めば自分のことだと分かってしまう甥っ子と兄貴には申し訳ないのだけど悪気など微塵もないのでお許しくだされ。
ホントはもっと世の中の教育ママに対して警告したい、なんて意図もあったんだけど控えめにしてます。何しろこんなド田舎でも小学校の低学年から幾つもの習い事に通わせるおバカな自己満足親がたくさんいるもので・・・
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梅原デザイン事務所 梅原 真 様
いつも有り難うございます。
今年の桜は異様に遅かったですね。ここ四万十でも2、3日前に雨降りの中ようやく満開になったと思ったら昨日は晴れて春一番のような強風が吹き、あろうことか咲いたばかりの桜が散っていくではありませんか。今年の春は遅くまた短く一瞬で過ぎて行きました。それは北国の春のように。
桜散る、と言えばまさに北の大地に住む甥っ子の二浪目が確定したと兄から報告がありました。甥っ子は東大を受験し続けているんだとか。一流大学出身の親を持つ子供は気の毒だな、と思います。
兄は京大出身でNTTデータから北の国立大学の准教授へと転職したいわゆるエリート。そんな親の家庭で育った甥っ子はきっと東大京大以外は大学とは呼べないと思ってるんでしょう。実際僕自身がある時まで全く同じ価値観でしたから。
以下、恥ずかしながら自分のことを話します。僕と兄は同じ高校出身です。その高校は当時南房総で随一の進学校で中でも少なくとも入学当初はクラスの半分くらいが東大京大などの難関校受験を視野に入れているような特殊クラスでした。
つまり出身の中学校ではほぼ全員トップだったような、今思うと価値観が極端に偏っていて気持ちの悪い生徒ばかりでした。いいえ僕自身もそんな気持ち悪い生徒の一人だったんですが。
そんな中で有名進学校に入学したという満足感からか、改めて勉強ってなんのためにするのか?みたいないかにも思春期らしい疑問にうまく答えが出せずに落ちこぼれて行きました。
当時から曲がったことが嫌いで、理由が良くわからないことを親から命じられたからと言ってできるタイプの人間ではなかったのです。自分が納得できることしかやらない。増して父が教育熱心で圧力をかけてくるものだから反抗期の少年としては余計やりたくない。
父はいつも不機嫌で勉強部屋に居ないと怒るので高校三年間、心理的にはほぼ軟禁状態でした。そういう次第で徐々に鬱病のようになって行き増々集中力を無くし・・・
さすがに一流大学は無理だと諦めた父の勧めで一年間浪人した後ココ落ちる人いるの?みたいな三流(?)大学に入学しました。どうしても大学に入れたかったようですね。
そこで出会った友人たちは少なくとも高校時代には出会ったことのないような元気いっぱいな若者ばかり。たった1年半のモラトリアムでしたが今思えば最適な友人たちに囲まれ心の病の自己治癒に専念できました。
そうする内に子供の頃からずっと自分がやりたかったことを思い出してきました。それが生物を学ぶことだったのです。
何故生物かというと、思春期に差し掛かる、僕の場合は小学校の高学年の頃から自分というものに興味を持ち始めたのです。まずは心の不思議さについて。
ようやく自分の心が客観視できるようになりその動向の不可思議さにじっくりと向き合いました。その頃から参考テキストとして小説を初めとする文学に興味を持ちふけっていきます。
そんな自分の心理分析みたいなことを高校生まで5年間くらい続けている内に、ふとこの心を生み出す脳とは?細胞とは?遺伝子とは?と生命の神秘に興味を持ったのです。あ、だいぶ話が脱線しましたな。
ともかく僕は自分に興味があり、人間に興味があり、生物に興味がある、と。そこで鬱病の自己治癒が終わり元気になったので本当にやりたいことのために生物を勉強したいと父を説得。
費用の安い国立大の中で当時僕が最も安全と考えた弘前大学に進学しました。大学名なんぞどうでも良くただ生物が勉強できれば良かったのです。と、言うと弘前大学に失礼ですね。いや鬱病の時に敬愛していた太宰治の故郷に惹かれて弘前大学に進学、ということにしといてください。
ですが、40を過ぎた今思います。ホントは大学なんて必要なかったってこと。何を学ぶかは自分次第だからどこかの図書館とか本さえあれば学べる訳です。増して大学名なんて、妙なプライドや逆にコンプレックスを持つだけで気にするだけ自分の価値を損ねるような気がします。
そもそも社会人になって暫らくすれば大学で勉強したことなんぞは社会でほとんど役に立たないことを実感しますよね。社会人になって勉強することの多さ、それが直にビジネスマンとして身になる充実感。甥っ子がバカでなければ大学のブランドにこだわって多感な思春期を浪人として過ごした無意味さを数年後に嘆くことでしょう。
いや、官僚としてクダラン政治家を頂点とするヒエラルキーに組み込まれる人生を歩む覚悟があるなら別、ですか。でもそんなブランドをまとった人生でできる友達はきっと心が貧しいんじゃないかな。その人生は楽しくないと思う。
今僕は学歴なんて全然ない田舎のフルチンのオッサンたちに囲まれて暮らしてるけど(あ、フルチンはサウナだけでしたな)、みんな元気で心から笑う人間らしい生き生きした人たちばかりです。都会人とは全然違います。
学歴なんていう親や社会に捻じ曲げられた価値観なんかに囚われている甥っ子に言いたいです。
かつて君と同じ価値観だった僕が40年以上ずっと考えてきて一番大事だと思うのは、たまたま隣に座った人と分け隔てなく友達のようになれる力。「自分の中に」敵を作らない共感力。人類だけでなく、地球上のすべての生き物に自分と同じように生きる価値を認め仲間だと思えること。
そういうことを心がけていれば何をしても必ず誰かが助けてくれ、そしてなにより毎日楽しく暮らすことができる。
人は例外なく必ず誰かに支えられて生きている。この宇宙の意思によって、生命は単独で生きて行くことができないシステムに創られているのだ。
その、最も大切な共感力のことを愛と呼ぶ、かも知れない。
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