この間、赤ちゃんが生まれた先生のおうちに
遊びに行きました。

とはいっても、もう3カ月ぐらいになっていて、
結構大きくなっていましたが・・・

カザフの家庭に呼ばれると、
やはりビシュパルマックは欠かせません。

今回は肉の塊の状態から見せてもらいました。

先生のご実家から馬一頭分の肉が送られてきていて、
それを使ったそうです。

腸詰も入っていますニコニコ

カザフスタンの風 ~日本語教師のひとり語り~-肉の塊


そして、肉の塊を切って、上に並べて・・・

カザフスタンの風 ~日本語教師のひとり語り~


たまねぎのスープをかけて、完成ドキドキ

カザフスタンの風 ~日本語教師のひとり語り~


「本当に簡単ですよ」(by S先生)

馬一頭分の肉を解体して煮る時点で
絶対に簡単じゃないと思うけど・・・


結構日本人には不評のビシュパルマックですが、
私は嫌いじゃありません。
好きな部類に入るかも。
ときどきご家庭でごちそうになる程度であれば。



そして、下は赤ちゃんのゆりかご。
カザフの伝統の物だとのこと。


カザフスタンの風 ~日本語教師のひとり語り~



特徴は、この穴。

これは、骨から作られた管を通して
おしっこを下に通すための穴だそうです。

昔はおむつを使わずにそうしていたみたい。

ちなみに、先生は日本製の
紙おむつを使っていましたが、
赤ちゃんはトイレに行きたいと
泣くみたいです。

「どうしておむつにしないかな」と
言っていました。
経済的な??赤ちゃんですね・・・あせる

そして、赤ちゃんは動かないように
ゆりかごに縛りつけます。

下のほうに写っている紐のようなものが
それです。

赤ちゃんを縛り付ける??
という感じですが、動いて事故が起こってしまうより
いいのかしら・・・??




カザフスタンの風 ~日本語教師のひとり語り~


空き巣狙いに遭いそうになりました。

今日の午前中、自分の家で仕事をしていたのですが・・・

うちのマンションは、一応オートロック式になっていて、
(というかアルマティの集合住宅は
ソ連式アパートでもそうなっている)
下のインターフォンで部屋番号を押して
呼びます。

で、今日の午前中、下のインターフォンから鳴らされました。
でも、来客予定はないので出ませんでした。

ときどき適当にインターフォンを鳴らして、
「郵便だ」とかなんとか言って入ってくる人もいるらしいので、
来客予定がなければ無視します。
昼間うちにいると、ときどき下のインターフォンから
鳴らされますが、いつも無視していて、
まあまた同じだろうと思っていました。

そうすると、そのうち、
部屋のドアフォンが鳴らされました。
この時点でびっくりしました。

明らかにうちに用があるからです。
でも、来客予定はありません。
うちに誰か来る時は必ず電話などで連絡があります。

どうしよう、そのうちいなくなるかなと
息をひそめていたのですが、人の気配が
なくなりません。
どうしようと思っているうちに、
ドアのかぎのあたりからカチャカチャと
音がし始めました。

「これは空き巣だ・・・叫び

そのとき、音楽などかけずに静かにしていたので、
とにかく人がいることを分からせなきゃ、と思い、

思いっきり、ドアをこちら側から叩きました。

すると、向こうもかなり慌てたのか、
逃げていくような音と、向かい側の非常階段のドアが
バタンと音を立てて閉まる音が聞こえました。

しばらくは、怖くてどうしたらいいのか分かりませんでした。

もしかしたら、勘違いかもしれないし、
セールスマンがなんかカチャカチャ言わせていただけかもしれないし、
とか思って、先生方に大家への連絡などをお願いしていたのですが・・・

後でおそるおそるドアの外を見てみると、
向こうも相当慌てていたのでしょう、

ドアの鍵穴にピンがさしっぱなしになっていました。

まあ、びっくりドクロ

後で色々確認してもらったところ、
どうやらこのマンションは最近空き巣に遭う家が
多かったようで、ちょうど今日の夕方、マンションの前で
住民たちがセキュリティを置く話し合いをしていたところでした。

うちのマンションの周りはあまり治安が良くない、とも
言われていて、あまり外国人も住んでいません。
(少なくとも知り合いの邦人はいない)

大学も引っ越すし、それに合わせて引っ越そうかな、と
考えていた矢先の空き巣事件。

引っ越し嫌いだけど、引っ越そうかな~

っていうか、明日から学校に行かなきゃならないのに
どうしよう叫び

あまりにご無沙汰で、
「生きているのか?」と心配してくれた方も
いらっしゃったかもしれませんが・・・

忙しかったのもありますが、
3月11日の震災後、
なんとなくブログから遠ざかってしまった、
という感じもありました。

というのは、
やはり私はあの経験を分かち合えないところに
住んでいて、
日々の生活をしているからです。

ここでの生活だって
いつどうなるか分からないけれど、
(事実、アルマティは100年に1度の割合で
大地震があるところ。
そして、今年がその年・・・)

でも、なんとなく能天気な
ブログを書くことに抵抗があったのは
事実。

能天気というか、それが日々の
私の生活なんだけど・・・

そんな感じで
遠ざかっていたところ、
どんどん遠ざかって、
どんどん忙しくなってしまっていましたショック!

改めて、あの日、亡くなられた多くの方々の
ご冥福をお祈りいたします。

そして、いまも不自由な生活を強いられている
人たちが、普通の生活を取り戻せる日が
早く来ることを祈っています。

海外に住んでいる私があの日のことを
何か言うこともできませんが、
でも、もちろん、覚えています。

仕事中、昼過ぎに日本人の知り合いから、
「日本で大きな地震があったのを知っていますか?」と
電話が。

そのときは、正直なところ、
また、地震があったんだ、ぐらいの
認識でした。
で、ネットで見て。

なんというか、ニュースが事の大きさを
把握し切れていない様子がなんとなく
伝わってきて、おかしいな・・・と思って。。

そして、極めつけが、
日本全体が、まさに北から南まで
震度の数値が出ているのを見たとき、
「これはただことでない」と
思いました。

そんな日本列島は見たことがなかった。

そして、あの津波の映像。

あれは、もちろん日本人だけではなく、
カザフ人にとってもショックな映像だったらしく、
次の日、いろんな先生方に
「ご家族は大丈夫ですか」と
心配されました。

実は、次の日は、
カザフスタン日本語弁論大会を
予定していて、
弁論大会開催の是非も
夜遅くまで協議しました。

結局、大会自体は
教育目的のものなので、
アトラクションは中止して、
大会自体は開催しましたが・・・
今から考えると、
事態が把握できてなかったから
開催できたのかもしれません

東北地方に住む、私の友人も
やはりさまざまな影響を受けていて、
何も手伝うことができない
自分をもどかしく感じました。

いまは、日本が少しずつ
元気を取り戻しているようで
うれしく思っています。

カザフスタンという国で
世界地図を見ると、
ユーラシア大陸が真ん中にあります。

つまり、日本はまさに「極東」に
あることが、世界地図ではっきりと分かります。

少し形がゆがんでしまって、
ユーラシア大陸のはじのほうに、
太平洋の大きな海に面して、
縦に伸びた島々が描かれています。

それが世界から見た「日本」です。

この極東の小さな島々が「日本」で、
太平洋のあまりに大きなエネルギーを
そのまま受け止めてしまうような
場所にあって、

それでも、この国が
世界有数の経済大国になったこと、
私は奇跡なんじゃないかと
いつも思います。

カザフスタンは世界有数の資源大国で、
さまざまな資源が広大な土地の下に
眠っています。
でも、はがゆく思うのが、
その「資源」の上ににあぐらをかいている様子。

日本は、資源はないけれど、
物づくりの技術やさまざまな努力で
ここまで発展したということを
日本の人たちは、もっと力強く
誇りに思ってほしい、

と、外にいるといつも思います。


どんなに日本が魅力的な国なのか、
いつも私は日本語学習者たちに教えられていますドキドキ