あまりにご無沙汰で、
「生きているのか?」と心配してくれた方も
いらっしゃったかもしれませんが・・・
忙しかったのもありますが、
3月11日の震災後、
なんとなくブログから遠ざかってしまった、
という感じもありました。
というのは、
やはり私はあの経験を分かち合えないところに
住んでいて、
日々の生活をしているからです。
ここでの生活だって
いつどうなるか分からないけれど、
(事実、アルマティは100年に1度の割合で
大地震があるところ。
そして、今年がその年・・・)
でも、なんとなく能天気な
ブログを書くことに抵抗があったのは
事実。
能天気というか、それが日々の
私の生活なんだけど・・・
そんな感じで
遠ざかっていたところ、
どんどん遠ざかって、
どんどん忙しくなってしまっていました
改めて、あの日、亡くなられた多くの方々の
ご冥福をお祈りいたします。
そして、いまも不自由な生活を強いられている
人たちが、普通の生活を取り戻せる日が
早く来ることを祈っています。
海外に住んでいる私があの日のことを
何か言うこともできませんが、
でも、もちろん、覚えています。
仕事中、昼過ぎに日本人の知り合いから、
「日本で大きな地震があったのを知っていますか?」と
電話が。
そのときは、正直なところ、
また、地震があったんだ、ぐらいの
認識でした。
で、ネットで見て。
なんというか、ニュースが事の大きさを
把握し切れていない様子がなんとなく
伝わってきて、おかしいな・・・と思って。。
そして、極めつけが、
日本全体が、まさに北から南まで
震度の数値が出ているのを見たとき、
「これはただことでない」と
思いました。
そんな日本列島は見たことがなかった。
そして、あの津波の映像。
あれは、もちろん日本人だけではなく、
カザフ人にとってもショックな映像だったらしく、
次の日、いろんな先生方に
「ご家族は大丈夫ですか」と
心配されました。
実は、次の日は、
カザフスタン日本語弁論大会を
予定していて、
弁論大会開催の是非も
夜遅くまで協議しました。
結局、大会自体は
教育目的のものなので、
アトラクションは中止して、
大会自体は開催しましたが・・・
今から考えると、
事態が把握できてなかったから
開催できたのかもしれません
東北地方に住む、私の友人も
やはりさまざまな影響を受けていて、
何も手伝うことができない
自分をもどかしく感じました。
いまは、日本が少しずつ
元気を取り戻しているようで
うれしく思っています。
カザフスタンという国で
世界地図を見ると、
ユーラシア大陸が真ん中にあります。
つまり、日本はまさに「極東」に
あることが、世界地図ではっきりと分かります。
少し形がゆがんでしまって、
ユーラシア大陸のはじのほうに、
太平洋の大きな海に面して、
縦に伸びた島々が描かれています。
それが世界から見た「日本」です。
この極東の小さな島々が「日本」で、
太平洋のあまりに大きなエネルギーを
そのまま受け止めてしまうような
場所にあって、
それでも、この国が
世界有数の経済大国になったこと、
私は奇跡なんじゃないかと
いつも思います。
カザフスタンは世界有数の資源大国で、
さまざまな資源が広大な土地の下に
眠っています。
でも、はがゆく思うのが、
その「資源」の上ににあぐらをかいている様子。
日本は、資源はないけれど、
物づくりの技術やさまざまな努力で
ここまで発展したということを
日本の人たちは、もっと力強く
誇りに思ってほしい、
と、外にいるといつも思います。
どんなに日本が魅力的な国なのか、
いつも私は日本語学習者たちに教えられています
「生きているのか?」と心配してくれた方も
いらっしゃったかもしれませんが・・・
忙しかったのもありますが、
3月11日の震災後、
なんとなくブログから遠ざかってしまった、
という感じもありました。
というのは、
やはり私はあの経験を分かち合えないところに
住んでいて、
日々の生活をしているからです。
ここでの生活だって
いつどうなるか分からないけれど、
(事実、アルマティは100年に1度の割合で
大地震があるところ。
そして、今年がその年・・・)
でも、なんとなく能天気な
ブログを書くことに抵抗があったのは
事実。
能天気というか、それが日々の
私の生活なんだけど・・・
そんな感じで
遠ざかっていたところ、
どんどん遠ざかって、
どんどん忙しくなってしまっていました

改めて、あの日、亡くなられた多くの方々の
ご冥福をお祈りいたします。
そして、いまも不自由な生活を強いられている
人たちが、普通の生活を取り戻せる日が
早く来ることを祈っています。
海外に住んでいる私があの日のことを
何か言うこともできませんが、
でも、もちろん、覚えています。
仕事中、昼過ぎに日本人の知り合いから、
「日本で大きな地震があったのを知っていますか?」と
電話が。
そのときは、正直なところ、
また、地震があったんだ、ぐらいの
認識でした。
で、ネットで見て。
なんというか、ニュースが事の大きさを
把握し切れていない様子がなんとなく
伝わってきて、おかしいな・・・と思って。。
そして、極めつけが、
日本全体が、まさに北から南まで
震度の数値が出ているのを見たとき、
「これはただことでない」と
思いました。
そんな日本列島は見たことがなかった。
そして、あの津波の映像。
あれは、もちろん日本人だけではなく、
カザフ人にとってもショックな映像だったらしく、
次の日、いろんな先生方に
「ご家族は大丈夫ですか」と
心配されました。
実は、次の日は、
カザフスタン日本語弁論大会を
予定していて、
弁論大会開催の是非も
夜遅くまで協議しました。
結局、大会自体は
教育目的のものなので、
アトラクションは中止して、
大会自体は開催しましたが・・・
今から考えると、
事態が把握できてなかったから
開催できたのかもしれません
東北地方に住む、私の友人も
やはりさまざまな影響を受けていて、
何も手伝うことができない
自分をもどかしく感じました。
いまは、日本が少しずつ
元気を取り戻しているようで
うれしく思っています。
カザフスタンという国で
世界地図を見ると、
ユーラシア大陸が真ん中にあります。
つまり、日本はまさに「極東」に
あることが、世界地図ではっきりと分かります。
少し形がゆがんでしまって、
ユーラシア大陸のはじのほうに、
太平洋の大きな海に面して、
縦に伸びた島々が描かれています。
それが世界から見た「日本」です。
この極東の小さな島々が「日本」で、
太平洋のあまりに大きなエネルギーを
そのまま受け止めてしまうような
場所にあって、
それでも、この国が
世界有数の経済大国になったこと、
私は奇跡なんじゃないかと
いつも思います。
カザフスタンは世界有数の資源大国で、
さまざまな資源が広大な土地の下に
眠っています。
でも、はがゆく思うのが、
その「資源」の上ににあぐらをかいている様子。
日本は、資源はないけれど、
物づくりの技術やさまざまな努力で
ここまで発展したということを
日本の人たちは、もっと力強く
誇りに思ってほしい、
と、外にいるといつも思います。
どんなに日本が魅力的な国なのか、
いつも私は日本語学習者たちに教えられています
