かなり使いこんだ古いピーコートを着込み、家の庭で空を見て、雪が降らないか
待っていた。12月末独特の冷たい風が顔に当たり、髪をそっとなでる。
横顔はまるで天使のように輝いていた。
「どうしたの風邪ひくわよ」
母親が部屋から声をかけてきた。
私は小さく頷いた。
「25日になったら雪が降るかな?」
私は雪を期待していた。どういうものか見たことも触ったことも
ないからだ。
小さい頃から、南国の暮らしをしていた。父親の転勤の関係で
東京にやってきた。
いつも雪というものに憧れてきたのだ。天気予報を見たら
明日は雪と言っていたので、大喜びで25日の到来を待っていた。
佳子は生まれつき目が見えなかった。
雪というものを見ることは出来ないが、せめて触って見たいと
願っていたのだ。
そして、25日になって、とうとう念願の雪を見ることが出来た。
裏庭いっぱいに雪が引詰められていた。
まるで大喜びした犬のように、庭でころがってはしゃいでいた。
佳子は東京で人生のはじめての恋をした。
彼と出会ったのは、彼が原宿の洋服店でアルバイトをして
彼女が客で訪問したときだった。彼は目の見えない佳子に自然に
接してくれた。
目が見えないとまわりが戸惑い大げさに気を使われたりする。
中には店の奥に隠れる店員もいた。
それがいやで買い物にもなかなかいけずにいた。
「もしよかったら、好きな色とかあれば言って下さい。
手に取りますよ。」
「ありがとう」
「手に取ってみたほうが分かりやすいと思うので、適当に
持ってきますね」
私は恥ずかしさで下を見たまま、微笑で受け止めた。
「何か好きな柄とかあれば教えてくださいね。僕が
君の目になってあげましょう!」
彼はおせっかいなように見えたが、不自然さはなく、むしろ
自然な接客態度だった。
私もまわりの客の反応より、彼の自然さに惹かれる。
そして、私は気に入った洋服が出来た。
すると、彼は着替え室へ案内してくれて、そのまま外で待機を
してくれていた。
私は数分着替えて感触を確かめた。
「どうですか?」
「別に見えないからどうと言われても」
「え?そうですか?見えなくても、感触とか大事だと
思いますよ。」
彼は当たり前のようにかえしてきた。私は正直驚いた。
まるで彼女の目が見えないことと、洋服を選ぶことは
関係がないと言い切る彼を前にすると、佳子は自分が
間違えているのではと思ってくるようになった。
「洋服って大事ですよね。見えないから裸でいいなんて
いったら、裸の王様じゃないですか!」
「変な人。。。。」
私はくすっと笑った。
それから佳子は何回か店に通ううちに、彼に惹かれていった。
彼は中本光一と言った。
光一は、大学卒業をして、洋服店で就職をしていた。
彼は佳子の純粋な心に惹かれて結婚を申し込んだのだ。
しかし、佳子はこのプロポーズを断った。夢のような出来事にも
かかわらず断ったのには、今は気持ちが盛り上がっていても
実際に盲人の人との結婚生活をしたら、彼は気持ちが離れていくと
思ったからである。出会いなんてそのうちいくらでもあると
自分を言い聞かせてみるが、果たして光一ほどの彼に
会えるかどうか自信がない。
佳子は迷っていた。目がみえれば自信が生まれるかもしれない。そう思った
普通の人には目が見えない人の気持ちは分からない。
そんな思いが結婚に踏みこませてくれなかったのだ。
「ねえ今年はクリスマスはどうする?」
母がふと、佳子に聞いてきた。
「今年はそりゃ、彼氏と言いたいけれど、どうかな?」
「へえ、彼が出来たの?」
「違うわよ。そうだといいなという希望が言っただけ」
「ふーん」
「そんなことより」佳子は脱線した話をもとに戻す。
「雪をみたいわ。」
そう、佳子には東京に来てやりたいことのリストに雪を
見るが入っていたのだ。雪を見たら彼と結婚する勇気がわくかもしれない
そして、25日に、雪の予報が出た。
「はあ••••」
佳子はベッドに転がった。実は、25日には特別な
日だった。光一の誕生日、そして雪の日とクリスマスの
3つのお祝いだったのだ。
なんだかやる気がしぼんできた。
光一に電話をしようか、と思っていた矢先、電話が
鳴った。
「はい、もしもし」
すると、相手の話の内容を聞いて心臓が高鳴る。
「実は、サンタマリア大学病院の田中と言いますが、
ご登録いただいた目のドネーションのご連絡が入りました。」
「それは、一体?」
「正確に申し上げますと、眼球の提供が運良くあなた
にまわってきました。」
ん、、、、どういうことだ?佳子はそれがどういう
意味をするとすぐに理解できなかった。
やがてふくらんだ期待が、不安へ広がる。手術が成功するのかどうか
そして、一ヶ月後、手術が行われた。
クリスマスの日にやってきた、あの電話から一ヶ月。
手術は無事に成功した。そして、目をあける瞬間。
「うん、、、これは一体?」
佳子は、早く訪れた春の陽気を目で感じていた。
光が一杯目にはいり、その心地よさに浸っていた。
そして隣の父と母を見る。
「ねえ?チューリップってどの花かな?」
父と母は庭を指さしてみせてくれた。自分が想像していた
以上の美しさに感動をしていた。
じゃ、あれがみたい、これがみたいと佳子は有頂天に
なっていた。
そして、数週間が経過したころ、目が見えるようになると
今度は光一のことが気になった。
目が見えるようになったことを伝えたい。
そして改めて、結婚を受け入れる勇気を持ちたい、そう
考えたのだった。
チャンスの前髪がなくならないうちにと焦っていた。
私はいそいで、携帯電話を鳴らす。
「あの?光一?」
「う、うん」
「わたし、あなたに会って伝えたいことがある」
「うん、いいよ」
「ありがとう」
ぎこちない会話だが、なんとか会話が出来る
急いで、待ち合わせ場所へ向かい、あわてて走る私は角で誰かとぶつかる。
「わっ!」
「おっと」
すると、ぶつかった相手が光一だった。
「大丈夫?」
「ぜんぜん大丈夫」
彼は地面に尻餅をついていた。そして手をとってひっぱりあげて
佳子は驚いた。
光一は目が見えなかったのだ。
なんということか、まさか光一も目がみえないなんて。
そして、自分だけ先に目が見えるようになったなんて。。。。。
佳子の瞳には涙があふれていた。
光一も同じだった。
佳子は、告白をした。
「私があなたの目になってあげましょう!」この一言は
光一がはじめて佳子に声をかけたときにかけた言葉だった。
光一は充血した目からぼろぼろ涙を流していた。
佳子は涙で視界がみえない状態だった。
そして、佳子の手には、自分の目の提供者の名前が書いた紙を
持っていた。
佳子は、看護婦さんと医者の会話を聞いてしまっていた
「ところで先生、あの201号の患者さんの目は
どなたの提供だったんですか?」
「ああ、あれね、本人の希望で言わない約束だった
けどね。どうも男性がどうしても彼女に目を
あげたいって言ってね。提供してくれたんですよ」
「それって、あの人の恋人なんですか?」
「みたいだね。」
私は手に持っていたコップをおとした。
カルテノートには、提供者に「中本光一」と書かれていた。
そう、光一は勇気を持てない佳子に自らの目を提供したいと
思ったのだった。
涙目になった佳子は、空を見上げる。空からは雪のかわりに
桜吹雪がやさしく舞っていた。
光一からもらった目でそれを包みこむように目に焼き付けた。