2013年11月号の作品③
<マチエール>
曾祖母の子の子の長の子わたくしにきれいな爪の遺されており  後藤由紀恵

地均しをする濁音の響きおり蝉の幼虫とじこめながら  富田睦子

いねもせで和泉式部の豊満の中年をおもう 恋はくるしえ  米倉歩

焼香に頭(ず)を下げたれば下げかえす日焼けのすごき十六歳が  染野太朗

静岡という絵の具はおさなごに染みこんでいる遥かなものが  木部海帆

友達に話しかければ友達の連れの男は木と同化する  山川藍

悲しみの対象とするはわが独断あさがおのあおつゆくさのあお  小瀬川喜井

惑星と惑星のあいだは真空 われらを包む無音ははてなし  佐藤華保理

風吹かぬ街は雨に封されてただ垂直に侵されてゆく  宮田智子

夢のなか挟みし体温計今朝はそのまま脇をしめて目覚める  加藤陽平

フィルムのうまく入らぬことなどをふと思い出すキャラメルなめつつ  大谷宥秀

ゴミ箱に顔を突っ込みしばらくはこのままにしてほしそうな尻  倉田政美

昼休みに目を閉ぢ思ふわが部屋の冷凍庫なるハーゲンダッツ  田口綾子

始末書をシュレッダーに押し込みてまだ止まらない刃食べたりないのか  荒川梢

加湿器のライトの星を読んでいるまつげよもっと青く濃くなれ  立花開

自己評価下がりつつあり盲導犬募金にピンの万札はなつ  小林樹沙

ウォークマンと歩幅が合っているだけで今朝は信号ぜーんぶ青色  小原和

骨折は一度もやってないんです これは少ない褒め要素です  伊藤博美
2013年11月号の作品②
十七人集
治す薬なきゆえ(※旧)難病と言ふらしき受け容れがたき新たな事実  貴志光代

スクスクと延びゆくキュウリに子を思ひ反抗という二字懐かしむ  田沢信男

発想を変へてたやすき厨事【くりやごと】鋸もて南瓜を真二つに切る  菊地孝子

鉄橋を渡る電車の轟きに目覚めて次は下車する駅ぞ  金子芙美子

免疫力たかむる食品の表つくるこの病ひにも得るものあらむ  鹿野美代子

くりやべの蛇口開けば勢いを増し来る水音を朝の音とす  熊谷郁子

地下深くエスカレーターに降りてゆく物体の一つとなれば立つほかはなく  齊藤淑子

吸う吐く吐く吐くことが大事と教えられ大きく深いため息をつく  河上則子

作品Ⅱ
暑い中ギリシャで聞きしこの言葉歩いているのは日本人だけ  松本知誉子

腰までも伸びた雑草抜きとれば大きな南瓜三個出てくる  藤原つや子

傷をつけ叱られし頃を思いつつ座卓をなでる夫の饒舌  高尾明代

定年後に日本列島旅せんと約束すれど果さず夫逝く  河本徳子

親戚とは葬祭用の数合せ三十年振りに叔父の子に会う  山口昭子

印刷と紛える友の書体にて在りし日の文を繰り返し読む  田中和子

土色の殻をまとえる蝉の子の穴より出でしあと 足早し  片山玲子

吾が齢越ゆることなき終戦忌埋もれし青春取り戻せぬまま  武井則子

新盆の供花にと供えし白百合の褪せて変れど甘き香の満つ  村松栄

にわとりのように首あげボトルより水飲むならいいま常となる  稲村光子

あたふたと網戸を締めんとするもののなぜか吾には目もくれぬ蜂  水谷安子

文字盤の数字が徐々に浮かびきて葉牡丹の発芽確かめにゆく  佐々木剛輔

歩道橋の撤去終わりて歪みいし手摺の錆を見ることもなし  広野加奈子

共白髪となる迄二人生きねばと言ひつつ茶髪に染めてい(※旧)るなり  坂田千枝

何事も医師を信じてまかせやう空つぽのわれは筋トレをする  鴨志田稚寿子

十一月集
この夜半カラースプレーにて描く人の闇とふ覆面剥がしてみたき  栗本るみ

盆中は坊主は多忙あと数日と、最後まで気配る臨死の友は  中澤正夫

ふところの蚤愛でましし良寛を慕ひながらに虻打ち殺す  伊藤宗弘

人に会ふことに疲れし週明けは新聞じっくりとどこまでも読む  森暁香

あやまちて砂に撒かれしクレヨンの美しければすぐに拾はず  秋元夏子

車内にて終らぬ話はホームから階段に及ぶ熟女三人  近延信子

明日あるを疑はずして図書借りぬ返却期限は二週間先  荻谷ます美

日盛りを避けるすべなき父母の墓石の上ゆ水をかけやる  近藤恭子

作品Ⅲ
物乞いを外して撮ればカテドラル・ノートルダム・ド・パリ尖りゆく  北山あさひ

十年ぶりにくちなわ見たりお互いに驚きたるやその場を逃る  戸山二三男
2013年11月号の作品①

作品Ⅰ
このいのち維持せむためとなにかしら言ひわけめきて冷房に住む  橋本喜典

甲虫のお腹のような裏側をさらして掃除機壁にもたるる  小林峯夫

怒る衆あれば喜ぶ者もある牽制球にランナー刺され  大下一真

味のなき鶏のから揚げ啖らふ夢の途中なりしが茫として醒む  島田修三

空を見て「いい按配だ」と老いが言ふいい按配のやうな気がする  柳宣宏

天(かみ)牛(きり)が無花果の幹を喰ひあらしし夏の終りのわが抗ガン剤  三浦槙子

「ふる里の訛」を今は聴く人なし上野駅頭を太股闊歩す  横山三樹

<まひる野集>
口中に銀の箔などつめらるるつめたき雨の後を夢みる  加藤孝男

黄色の太った南瓜がでんと座り九月を統べてゆくカレンダー  島田裕子

名付くるは女(おみな)なるべし猿滑(さるすべり)そのすべらかな肌をそねみて  広坂早苗

「新宿の特養千人待ち」の記事目玉のうらにしこりができた   市川正子

饒舌のさびしさ知るはひとのみか枝先燃ゆる紅さるすべり   竹谷ひろこ

蚊遣火が護りくれたる夜のほどろ煙絶えしを蚊に知らさるる  寺田陽子

川の面に光ためいる静けさをすこし壊して風わたりゆく  滝田倫子

まだ青き七(なな)竈(かまど)の実を見て立てりさびしき調停なし来し街に  小野昌子

わが妻に父は質問繰り返す「どこから来たの」「どこに帰るの」  岡本勝

夏胡瓜の茎はいのぼる蟻の列心あるやにひたすらなりき  斎川陽子

返し得ぬ負債のごとしそののちは藷食ひたしと思ふことなく  升田隆雄

黙祷の時間のありて眼閉づれば三半規管がわたしを転(ま)はす  麻生由美

眠ることを渇望しつつ寝返りを打てば転がる肢体のわれが  高橋啓介

大き荷とロングスカート禁じられエカテリーナの宮殿に入る  松浦美智子

地震あり特急電車の遅延あり書道展に来てあまた見残す  齊藤貴美子

息子より若き父もつアルバイター一日勤めたるのち現れず  中道善幸

この道は一年ぶりか白熊のやうな犬まだ繋がれてをり  柴田仁美

ブロックの塀に凭れてゐる少年ブロックは今父のごとしも  久我久美子

樫の木に行列を為す蟻どもは仰向く蝉に頓着の無し  小栗三江子

菜園の豆の葉にいる尺取虫棒につつけばしゃくとり怒る  岡部克彦

深まりてゆく秋なれば病葉(わくらば)は怒りに燃えて土となるらん  吾孫子隆
12月の歌会

東京歌会12月15日(日)13:00~16:30全国高等学校家庭クラブ会館(新宿南口徒歩10分)会費1000円

歌会とは・・・

短歌作品を参加者間で相互批評する会です。まひる野会では東京をはじめ、各地の支部で定期的に歌会を行っています。見学は希望があれば対応可能です。お歌を一首お持ち下さい。
11月の歌会

東京歌会11月17日(日)13:00~16:30全国高等学校家庭クラブ会館(新宿南口徒歩10分)会費1000円


歌会とは・・・

短歌作品を参加者間で相互批評する会です。まひる野会では東京をはじめ、各地の支部で定期的に歌会を行っています。見学は希望があれば対応可能です。お歌を一首お持ち下さい。
9月の歌会

東京歌会9月15日(日)13:00~16:30全国高等学校家庭クラブ会館(新宿南口徒歩10分)会費1000円

歌会とは・・・

短歌作品を参加者間で相互批評する会です。まひる野会では東京をはじめ、各地の支部で定期的に歌会を行っています。見学は希望があれば対応可能です。お歌を一首お持ち下さい。
8月17日~18日に東京・麹町で全国大会を行いました。
編集委員の先生方をはじめ、160名を超える会員が集まりました。
篠先生の講演、年間テーマ「私事・瑣事の深化」についてのディスカッション、
壇上での歌会など、濃密な2日間になりました。
大会の様子は「まひる野」11月号に掲載される予定です。
5月の歌会

東京歌会5月26日(日)13:00~16:30全国高等学校家庭クラブ会館(新宿南口徒歩10分)会費1000円

※5月号の記載は誤りで、上記が正しい日程になります。


歌会とは・・・

短歌作品を参加者間で相互批評する会です。まひる野会では東京をはじめ、各地の支部で定期的に歌会を行っています。見学は希望があれば対応可能です。お歌を一首お持ち下さい。
十九人集

バス降りる隣の老いが礼を言ふぬくとき笑顔をわれに残して   鹿野美代子

崩れゆきピンクの色に統べらるる紅玉五つジャムになるまで   伊東恵美子

開戦日はジョン・レノンの撃たれし日 名もなき僕の誕生日なり   木本あきら

作品Ⅱ

あれこれと迷いしあげく買い来たるマフラーは嫁の拒否にあいたり   正木道子

膨らみのバランス崩れ徳利は直立をせず歪みはじめつ   飯田直代

得意げにリンゴの皮むく弟を勿体ないと姉が見つむる   野田秀子

三月集

わが影は腰が曲りて映り居り実際よりも大きく歩む   下島由江

線路ぎは雑草にまぎれて吸殻もあれど家族の生活の道   石井みつほ

患者らが窓に集まる消灯後視線はふたご座流星群に   大葉清隆

霞食う龍かあなたはおしまいの無い夢の中   菊池理恵子

転んだら転んだままで空を見るなかなか見られぬ真上の青空   北川けい子

作品Ⅲ

「母を好きではなくなりし」とう短歌ありやがては介護さるる日来るに   松永ひさ子

わが城となりし二尋の空間に次第に満つる己が肌の香   河野弘子

霧流るる山へ向かふや列車から嫁ぎゆく娘の横顔が見ゆ   服部智

鯛焼きをわれもわれもと分けくれて冬の長夜をとまり木にゐる   井出博子

朝一番喪中の葉書投函す帰りきたれば恩師の訃報   樽本益治
マチエール

元旦のコンテナ埠頭はだれもいない子供も犬もレゴで出来てる   佐藤華保理

うすがみに結びし縁をうすがみに解く冬までを妻なりきわれも   後藤由紀恵

蛇が森をさらさら抜けるようにゆく雑踏に頬冷えてつごもり   富田睦子

テロップに交通情報流るるを音消して見る マツコが笑う   染野太朗

雪の夜の市民プールの更衣室幼き蛇が這い寄りてくる   小島一記

餅のびることても笑える4歳児魂の色濃くしていくや   木部海帆

わが前方ゆく乗用車に続くなり誰ともおなじでいたい雪の日   小瀬川喜井

ANAGURAを二人で埋めて(どの二人?)子供を産めという年賀状   山川藍

濁り水のような目の色死に猫の魂【たま】ひたひたと夜道を抜ける   宮田知子

散髪屋すぎて信号にさしかかる頃にようやくその匂い来る   加藤陽平

東西線の側に暮らして日本橋で会ひたがるひとの面倒臭さ   田口綾子

目覚めれば忘れてしまう歌だろうフローリングに霜柱みゆ   荒川梢

美しい響きを期待していても「如雨露」の読みを調べもしない   倉田政美

投げつけてやろうと思った雪の玉ギりっと握った手のひらに溶け   小原和

ぎんいろの螺旋階段のぼりきりあっ、と思えば降下する愛   小林樹沙

ロンドンに降る雨はきっとあたたかい生春巻から透けているエビ   立花開

削り取るフロントガラスの薄氷ハンドル握る母覗きつつ   伊藤博美