第三種接近遭遇。
そこは落ち着いたJAZZバーだった。中華街の外れにぽつんと立つ背の低い雑居ビルの1階、控えめなネオン管に彩られたその店を、僕は「ぴあMAP」で見つけだしたのだ。
隣の席の声が聞こえない程度の音量で流れるJAZZをバックに、僕らは会話を楽しんでいた。10年近く前の昔話から最近あった面白い出来事。北国での学生生活の逸話を披露したあと、彼女の仕事での失敗談などを拝聴する。お互いにあった硬さが、バーボンウィスキーとオードブル、そして背景に流れるJAZZのおかげでいつの間にか消え去り、僕らはいつか、気の置けない旧い友人同士になっていた。
正直な話、そのときの僕は、Eとのこれから先を期待したりはしていなかった。いや、まったく想像もしなかったといえば嘘になる。が、この水準で首都圏でのOL生活を4年以上も続けていれば、決まった相手がいない方が不思議だろう。もともとが高嶺の花。こうして会って歓談できるだけでも、もうお腹一杯だったのだ。
だからこそそのときの僕の衝撃は、もはや筆舌に尽くしがたい。
飲めないかも、といいながらも、Eは思った以上に強かった。おそらくは3時間以上も話し込み、酔っ払いの二歩手前あたりまで至った僕らは、ようやく店を後にし、酔い覚ましに港の公園へと足を伸ばしていた。
初夏の公園のベンチは軒並みカップルで埋まっていたが、僕とEの会話はまだ続く。趣味が合うのか気が合うのか。いやそれ以上に聞き上手な彼女が、普段の数倍テンションが高い僕の話題をうまくコントロールしてくれていたのだろう。入梅前の湿度の低い夕風で火照った頬を冷ましてくれる。公園をゆっくりと一巡りしてから、僕らは元町へと向かう。その先は、もう駅だ。
夜の商店街は開いている店も人通りも少なく、洒落た形の街灯だけが足元の石畳を照らしている。話し疲れたのか、僕らは無言で歩いていた。でもだからといって気持ちが離れている感じじゃない。むしろ言葉を発しないところで寄り添っている安心感、そんなものを勝手に僕は感じていた。反芻するに、少なくとも大きな失点はなかったはず。また誘っても応じてくれるかもしれない。そんなことを考えていたと思う。そのとき、突然右手がぬくもりに包まれた。
隣の席の声が聞こえない程度の音量で流れるJAZZをバックに、僕らは会話を楽しんでいた。10年近く前の昔話から最近あった面白い出来事。北国での学生生活の逸話を披露したあと、彼女の仕事での失敗談などを拝聴する。お互いにあった硬さが、バーボンウィスキーとオードブル、そして背景に流れるJAZZのおかげでいつの間にか消え去り、僕らはいつか、気の置けない旧い友人同士になっていた。
正直な話、そのときの僕は、Eとのこれから先を期待したりはしていなかった。いや、まったく想像もしなかったといえば嘘になる。が、この水準で首都圏でのOL生活を4年以上も続けていれば、決まった相手がいない方が不思議だろう。もともとが高嶺の花。こうして会って歓談できるだけでも、もうお腹一杯だったのだ。
だからこそそのときの僕の衝撃は、もはや筆舌に尽くしがたい。
飲めないかも、といいながらも、Eは思った以上に強かった。おそらくは3時間以上も話し込み、酔っ払いの二歩手前あたりまで至った僕らは、ようやく店を後にし、酔い覚ましに港の公園へと足を伸ばしていた。
初夏の公園のベンチは軒並みカップルで埋まっていたが、僕とEの会話はまだ続く。趣味が合うのか気が合うのか。いやそれ以上に聞き上手な彼女が、普段の数倍テンションが高い僕の話題をうまくコントロールしてくれていたのだろう。入梅前の湿度の低い夕風で火照った頬を冷ましてくれる。公園をゆっくりと一巡りしてから、僕らは元町へと向かう。その先は、もう駅だ。
夜の商店街は開いている店も人通りも少なく、洒落た形の街灯だけが足元の石畳を照らしている。話し疲れたのか、僕らは無言で歩いていた。でもだからといって気持ちが離れている感じじゃない。むしろ言葉を発しないところで寄り添っている安心感、そんなものを勝手に僕は感じていた。反芻するに、少なくとも大きな失点はなかったはず。また誘っても応じてくれるかもしれない。そんなことを考えていたと思う。そのとき、突然右手がぬくもりに包まれた。
再会。
金曜の夜7時。
待ち合わせの石川町駅に僕は早めに着いていた。勤務先が近いせいもあるのだが、なによりも、充分な事前準備が功を奏したというべきだろう。あとはただ待つだけ。何分待とうが問題は無い。どっちにしろ午後からはほとんど、仕事が手についてなかったのだから。
電車1本分遅れて、Eはやってきた。東京のOLらしく彩度を押さえた清潔そうなスーツ姿をした彼女は、柱にもたれた僕を目ざとく見つけ、階段を下りながら軽く手を挙げた。ストレートの髪が、昔より長くなっていた。肩寄り広めにカットされた襟から覗く肩甲骨は、影をつくるほど深い。
「何年ぶりかな?」
待たせたことへの謝罪のあとに、Eはそう聞いてきた。
「僕が浪人中だったから、かれこれ5年ぶりくらい、ですか」
2年前の駅で見かけたことは、彼女は知らない。
間近で見るEは、大きな瞳と落ち着いた印象はそのまま、とても美しくなっていた。社会に出て既に丸4年、最寄が東京駅という堅い会社に勤める彼女は、圧倒的に洗練されている。背広を着だして2ヶ月余の僕などとは比べ物にならない。そうでなくとも1学年とはいえ年下だというのがコンプレックスだった身としては、たかが給与生活者になったくらいでは埋めきれない差を思い知らされた感すらある。
いや、僕だって彼女の経験していない様々なことを経て、一人前に社会に出てきた。中学生と高校生、高校生と短大生、そして同じ時期に大学時代を共有したいという強い願いも自らの浪人で潰え、大学入学時には片や社会人。常に一段上にいたEと、今ようやく同じフェイズに立てたのだ。びびることはない。
もしもあのときの自分を見ることが出来たなら、肩に力の入り過ぎたぎくしゃくとした後姿に笑ってしまうに違いない。
それでも、なにか適当な言葉でEを笑わせながら、僕らは中華街を歩いた。
ふたりの間に猫が通れるくらいの隙間はまだ、あった。
待ち合わせの石川町駅に僕は早めに着いていた。勤務先が近いせいもあるのだが、なによりも、充分な事前準備が功を奏したというべきだろう。あとはただ待つだけ。何分待とうが問題は無い。どっちにしろ午後からはほとんど、仕事が手についてなかったのだから。
電車1本分遅れて、Eはやってきた。東京のOLらしく彩度を押さえた清潔そうなスーツ姿をした彼女は、柱にもたれた僕を目ざとく見つけ、階段を下りながら軽く手を挙げた。ストレートの髪が、昔より長くなっていた。肩寄り広めにカットされた襟から覗く肩甲骨は、影をつくるほど深い。
「何年ぶりかな?」
待たせたことへの謝罪のあとに、Eはそう聞いてきた。
「僕が浪人中だったから、かれこれ5年ぶりくらい、ですか」
2年前の駅で見かけたことは、彼女は知らない。
間近で見るEは、大きな瞳と落ち着いた印象はそのまま、とても美しくなっていた。社会に出て既に丸4年、最寄が東京駅という堅い会社に勤める彼女は、圧倒的に洗練されている。背広を着だして2ヶ月余の僕などとは比べ物にならない。そうでなくとも1学年とはいえ年下だというのがコンプレックスだった身としては、たかが給与生活者になったくらいでは埋めきれない差を思い知らされた感すらある。
いや、僕だって彼女の経験していない様々なことを経て、一人前に社会に出てきた。中学生と高校生、高校生と短大生、そして同じ時期に大学時代を共有したいという強い願いも自らの浪人で潰え、大学入学時には片や社会人。常に一段上にいたEと、今ようやく同じフェイズに立てたのだ。びびることはない。
もしもあのときの自分を見ることが出来たなら、肩に力の入り過ぎたぎくしゃくとした後姿に笑ってしまうに違いない。
それでも、なにか適当な言葉でEを笑わせながら、僕らは中華街を歩いた。
ふたりの間に猫が通れるくらいの隙間はまだ、あった。
北紀行。
前夜の痛飲が鈍器のように、アタマのうしろに残っている。さすがに飲みすぎたようだ。
もう20年近く前暮らした北の街は端々の風景に見慣れない表情を浮かべ、出張でやって来た僕をよそよそしく迎えていた。期待外れと醒めていく自分の思い入れを感じながらも仕事だけはこなし、地元の旧い友人を呼び出して夕暮れの街に出る。と、夜の帳が下りるとともにそれまで覆っていた薄い膜は剥がれ落ち、街は急速に僕に馴染んでいった。
1軒、2軒、3軒と杯を重ねる。東京から遠く離れた地方都市であればこそのマニアックな店を梯子しながら、そうして友人と僕はしたたかに酔いしれたのだった。
もっとも多感な時期の4年間を過ごしたこの街は、決して少なくない青臭い想い出をあちこちに残している。もともと狭い街だから、昔と趣味さえ変わってなければニアミスすることもあるかもしれないという淡い期待も、なかったといえば嘘になる。酒場で再会し、あわよくば。だがそんな古臭い小説のような展開など、やはりあるはずもない。オトナなんだから、もうちょっと現実を生きようぜ。
だいたいにして、もうそんなことどうでもいいじゃないか。少なくともホテルの窓から見える街の表情は、昨日駅のホームに踏み出したときの冷たさはかけらもない。もう確信できる。僕の知っていた場所と地続きの街だ。それが判っただけでも、充分だろう。
ビジネスホテルをチェックアウトし、最後に食い残しておいた名物料理をやっつけんと、官庁街へ続くバス通りを僕は歩き出した。平日の午前10時過ぎ、人通りは少ない。
半ブロック先の交差点で数人、信号が変わるのを無表情に待っている。そのひとり、昼の街には珍しいタイプの美人が整った横顔をこちらに向けていた。30万分の1の偶然。
キャッチセールス用の表情を一瞬浮かべた彼女は、しかしすぐ、僕に気づいてくれた。
「わたしは今、ここにいるはずのないひとと会ってる」
大袈裟な驚きを表現しながら、Sはそう言ってにこやかに微笑った。硬質で鋭利だったあのころのSを思い出し、時間の流れを痛感する。
ほんの5分ほど僕たちは路上で会話を交わした。近況も連絡先もやりとりせずに。
「元気で。楽しく、長生きしような」
最後にそう言うと、二三度大きく手を振って僕たちは、道の向こう側とこちら側に分かれた。まるで人間じゃない誰か、シナリオライターかなんかからの贈り物みたいだった。
たとえば夜の地下鉄で、誰もいない雨の公園で、ぼくはもう一度だけ君にあえるかな…。スガシカオの詩の一節を口ずさみながら、僕は目指す店へと歩を進めた。
もう20年近く前暮らした北の街は端々の風景に見慣れない表情を浮かべ、出張でやって来た僕をよそよそしく迎えていた。期待外れと醒めていく自分の思い入れを感じながらも仕事だけはこなし、地元の旧い友人を呼び出して夕暮れの街に出る。と、夜の帳が下りるとともにそれまで覆っていた薄い膜は剥がれ落ち、街は急速に僕に馴染んでいった。
1軒、2軒、3軒と杯を重ねる。東京から遠く離れた地方都市であればこそのマニアックな店を梯子しながら、そうして友人と僕はしたたかに酔いしれたのだった。
もっとも多感な時期の4年間を過ごしたこの街は、決して少なくない青臭い想い出をあちこちに残している。もともと狭い街だから、昔と趣味さえ変わってなければニアミスすることもあるかもしれないという淡い期待も、なかったといえば嘘になる。酒場で再会し、あわよくば。だがそんな古臭い小説のような展開など、やはりあるはずもない。オトナなんだから、もうちょっと現実を生きようぜ。
だいたいにして、もうそんなことどうでもいいじゃないか。少なくともホテルの窓から見える街の表情は、昨日駅のホームに踏み出したときの冷たさはかけらもない。もう確信できる。僕の知っていた場所と地続きの街だ。それが判っただけでも、充分だろう。
ビジネスホテルをチェックアウトし、最後に食い残しておいた名物料理をやっつけんと、官庁街へ続くバス通りを僕は歩き出した。平日の午前10時過ぎ、人通りは少ない。
半ブロック先の交差点で数人、信号が変わるのを無表情に待っている。そのひとり、昼の街には珍しいタイプの美人が整った横顔をこちらに向けていた。30万分の1の偶然。
キャッチセールス用の表情を一瞬浮かべた彼女は、しかしすぐ、僕に気づいてくれた。
「わたしは今、ここにいるはずのないひとと会ってる」
大袈裟な驚きを表現しながら、Sはそう言ってにこやかに微笑った。硬質で鋭利だったあのころのSを思い出し、時間の流れを痛感する。
ほんの5分ほど僕たちは路上で会話を交わした。近況も連絡先もやりとりせずに。
「元気で。楽しく、長生きしような」
最後にそう言うと、二三度大きく手を振って僕たちは、道の向こう側とこちら側に分かれた。まるで人間じゃない誰か、シナリオライターかなんかからの贈り物みたいだった。
たとえば夜の地下鉄で、誰もいない雨の公園で、ぼくはもう一度だけ君にあえるかな…。スガシカオの詩の一節を口ずさみながら、僕は目指す店へと歩を進めた。
付き合うには、内輪か外輪か?
トラックバックステーション第10回のテーマである。
学生時代は、やはり世界が狭いせいか僕自身内輪のメンバーで付き合いをはじめていた。それしか選択肢が無かった、とも言える。高校時代ならクラスメイト、大学ではサークルの後輩、ゼミのパートナー。で、お約束のように別れ話や横恋慕の修羅場と、それに伴う人間関係のリストラクチャリングがあったりするワケだ。
就職し、いっぱしの社会人になってからは、だからテーマを公言することにした。
「売り物には手を出さない」
これがそのテーマ。幸い、というか不幸にしてというか、高校から大学、大学から就職への移行期の度に居住エリアが大きく変わったこともあり、そのときの僕にとっての内輪は「就職先」にほぼ限られていた。その中で「売り物」すなわち同僚や客先のOLたちを無条件に恋愛対象から除外するという宣言は、ある意味無謀ともいえよう。まさに若気の至り。
だが結局のところ、以降今に至るまでの約20年、その宣言から大きく逸脱することはない。良かったのか悪かったのかはわからないが、そのおかげで、少なくとも内輪における(その手のハナシの)信頼は獲得できたことは間違いない。
内輪とか外輪のどちらがいいかは、はっきりいってよく判らない。というのは、恋愛をしている最中のふたりの関係性における評価点は、お笑い番組での対戦ゲームでよくある最終問題の配点みたいなもので、他のファクターがどれほどあろうが、それら全てを秤の片側に乗せてもまったく問題にしないくらい大きいのが常なのだから。
ただ、外輪を義務付けた僕の場合で言うと、自分の「味方(たとえば相手の親友とか)」をつくることが出来なかった、もしくは難しかったというデメリットだけは、お伝えすることが出来るだろう。
今まさに恋愛しているひと。密かに恋愛の芽を育てているひと。恋愛していた自分を忘れたくないひと。みんな頑張れ。
学生時代は、やはり世界が狭いせいか僕自身内輪のメンバーで付き合いをはじめていた。それしか選択肢が無かった、とも言える。高校時代ならクラスメイト、大学ではサークルの後輩、ゼミのパートナー。で、お約束のように別れ話や横恋慕の修羅場と、それに伴う人間関係のリストラクチャリングがあったりするワケだ。
就職し、いっぱしの社会人になってからは、だからテーマを公言することにした。
「売り物には手を出さない」
これがそのテーマ。幸い、というか不幸にしてというか、高校から大学、大学から就職への移行期の度に居住エリアが大きく変わったこともあり、そのときの僕にとっての内輪は「就職先」にほぼ限られていた。その中で「売り物」すなわち同僚や客先のOLたちを無条件に恋愛対象から除外するという宣言は、ある意味無謀ともいえよう。まさに若気の至り。
だが結局のところ、以降今に至るまでの約20年、その宣言から大きく逸脱することはない。良かったのか悪かったのかはわからないが、そのおかげで、少なくとも内輪における(その手のハナシの)信頼は獲得できたことは間違いない。
内輪とか外輪のどちらがいいかは、はっきりいってよく判らない。というのは、恋愛をしている最中のふたりの関係性における評価点は、お笑い番組での対戦ゲームでよくある最終問題の配点みたいなもので、他のファクターがどれほどあろうが、それら全てを秤の片側に乗せてもまったく問題にしないくらい大きいのが常なのだから。
ただ、外輪を義務付けた僕の場合で言うと、自分の「味方(たとえば相手の親友とか)」をつくることが出来なかった、もしくは難しかったというデメリットだけは、お伝えすることが出来るだろう。
今まさに恋愛しているひと。密かに恋愛の芽を育てているひと。恋愛していた自分を忘れたくないひと。みんな頑張れ。
ファースト インプレッション。
僕の細胞は、あのときからこっち、片時だってEを忘れたことは無かったのだ。
忘れもしない13歳の春。
いくつかの子供じみた好きだの嫌いだのを順調にこなしてきた僕は、自らのタレントをあげるためもあって、生徒会役員になっていた。放課後、黴臭い生徒会室に集まる僕らは、学校の進むべき道を方向付ける(と決め付けていた)御託を毎日のようにこねくり回して戯れていた。学生運動残滓の時代だ。そんな僕らに与えられた職務の一つとして、部門別委員会へのオブザーバ参加というのがあった。
僕と同じく下心ありで役員となった友人とともに、担当である保険委員会に出席する。初回の議題は当然のごとく委員会役員選出。あらかじめ根回ししておいたとおり、僕の選挙の際に応援してくれた一年上の女子が委員長に決定する。女子卓球部の部長で面倒見の良いそのひとは、まさに委員長にうってつけだった。
副委員長、第一書記と順調に選出され、最後の一席、第二書記を選ぶ段になって、委員長が権限を行使した。自分の味方を要職につけんと、同じ卓球部員を指名したのだ。
指名に答え後ろの一団から立ち上がった少女は、ちょっとはにかんだような複雑な表情で、席と席の間を縫いながら僕らの座る役員席に向かって歩いてきた。ショートカットの下に大きく理知的な瞳をたたえたEを初めて見たそのときのことを、僕は今でもスロウモーションを再生するように思い出せる。膝丈のスカートから伸びる細長い脚を交互に動かし、ゆっくりと彼女は僕に近づいてくる。
そうして僕らは、少なくとも僕は、Eと出逢った。
忘れもしない13歳の春。
いくつかの子供じみた好きだの嫌いだのを順調にこなしてきた僕は、自らのタレントをあげるためもあって、生徒会役員になっていた。放課後、黴臭い生徒会室に集まる僕らは、学校の進むべき道を方向付ける(と決め付けていた)御託を毎日のようにこねくり回して戯れていた。学生運動残滓の時代だ。そんな僕らに与えられた職務の一つとして、部門別委員会へのオブザーバ参加というのがあった。
僕と同じく下心ありで役員となった友人とともに、担当である保険委員会に出席する。初回の議題は当然のごとく委員会役員選出。あらかじめ根回ししておいたとおり、僕の選挙の際に応援してくれた一年上の女子が委員長に決定する。女子卓球部の部長で面倒見の良いそのひとは、まさに委員長にうってつけだった。
副委員長、第一書記と順調に選出され、最後の一席、第二書記を選ぶ段になって、委員長が権限を行使した。自分の味方を要職につけんと、同じ卓球部員を指名したのだ。
指名に答え後ろの一団から立ち上がった少女は、ちょっとはにかんだような複雑な表情で、席と席の間を縫いながら僕らの座る役員席に向かって歩いてきた。ショートカットの下に大きく理知的な瞳をたたえたEを初めて見たそのときのことを、僕は今でもスロウモーションを再生するように思い出せる。膝丈のスカートから伸びる細長い脚を交互に動かし、ゆっくりと彼女は僕に近づいてくる。
そうして僕らは、少なくとも僕は、Eと出逢った。
オン ザ ライン。
6月初旬の日曜日、僕は電話器を取りあげた。
受話器を握る掌は、数回の呼び出し音の間にじっとりと湿っている。
唐突にラインが繋がる。
「もしもし」
ほんの気持ち鼻にかかった声。聞き違えることはない。Eだ。
どもらないように気をつけながら、僕は自分の名を告げた。憶えていてくれてるだろうか。確か最後に会ったのは5年前。エスカレータ式の短大に進学したEが社交辞令に言った招待の言葉を真に受けて、自転車を壊す勢い(本当にタイヤが破裂したのだが)で彼女の自宅に訪問したときだ。その後の年賀状のやり取り(こちらが送り、その返事が届く)も、僕が進学するのとあわせて自然消滅している。むろんEのことだ、憶えてはいるだろう。たいして印象はないにしても。
Eは僕の予想以上によく憶えていてくれていた。地方にある僕の大学のことも、会ったこともない我が家の犬のことも。あがりまくった僕は、それでも近況の報告と、あらかじめ調べておいた店で会う約束まで取り付けることができた。
金曜の夜、中華街のはずれにあるJAZZバーで。
我ながらオトナになったなぁ、と電話を切ったあとでそう思う。もちろん、そんなのは単なる気のせいだ。実際なにを話したのか、よく思い出せないくらいだったのだから。
なにはともあれ週末へ。ほとんど1年ぶりの高揚と充実を、そのとき僕は感じた。
そうなのだ。
僕の細胞は、あのときからこっち、片時だってEを忘れたことは無かったのだ。
受話器を握る掌は、数回の呼び出し音の間にじっとりと湿っている。
唐突にラインが繋がる。
「もしもし」
ほんの気持ち鼻にかかった声。聞き違えることはない。Eだ。
どもらないように気をつけながら、僕は自分の名を告げた。憶えていてくれてるだろうか。確か最後に会ったのは5年前。エスカレータ式の短大に進学したEが社交辞令に言った招待の言葉を真に受けて、自転車を壊す勢い(本当にタイヤが破裂したのだが)で彼女の自宅に訪問したときだ。その後の年賀状のやり取り(こちらが送り、その返事が届く)も、僕が進学するのとあわせて自然消滅している。むろんEのことだ、憶えてはいるだろう。たいして印象はないにしても。
Eは僕の予想以上によく憶えていてくれていた。地方にある僕の大学のことも、会ったこともない我が家の犬のことも。あがりまくった僕は、それでも近況の報告と、あらかじめ調べておいた店で会う約束まで取り付けることができた。
金曜の夜、中華街のはずれにあるJAZZバーで。
我ながらオトナになったなぁ、と電話を切ったあとでそう思う。もちろん、そんなのは単なる気のせいだ。実際なにを話したのか、よく思い出せないくらいだったのだから。
なにはともあれ週末へ。ほとんど1年ぶりの高揚と充実を、そのとき僕は感じた。
そうなのだ。
僕の細胞は、あのときからこっち、片時だってEを忘れたことは無かったのだ。
出直しの一歩。
そうして僕は、新しい恋を探し始めることにした。
とは言うものの、多少余裕が出来たとはいえ平日は残業もあって忙しく、丸4年離れていた街は今ひとつ勝手もわからない。第一、新しい出会い自体、いったいどこに行けばぶつかるというのだ。誰でもいいってワケじゃないのだ。僕のアタマには、ティーンズ時代の淡い想い出ばかりが去来する。だが、高校時代親しかった女の子たちはみな既に、それぞれの道を歩んでいた。
そんなとき、ひとつの記憶が蘇った。
2年前の秋、バイク事故で脚を故障し松葉杖をついて帰省した際に、自宅に程近い駅のホームを行くEを見かけたこと。傷めた脚は走り降りることもままならず、目の前で閉じられたドアの向こうをオトナの女性として美しく成長したEが改札に向かって歩くのを、ただ眺めるだけだった。すっかり空いた車両の座席に足を投げ出して座り込んだ僕は、初恋だったEとの出会いと既にステディのいる今の自分とを交互に想い、静かに気持ちを沈めたものだった。
そう。少なくとも2年前、Eは以前と同じ街に住んでいたのだ。短大に進学した彼女は、あの時点で就職していたはず。ならば、今も同じところにいるかもしれない。かけたことなど片手以下であろうとも、電話番号なら今でもそらで言える。なにも失うもののない今なら、優柔不断だったあの頃よりもよほどうまく、10年来の気持ちを表現できるに違いない。
6月初旬の日曜日、僕は電話器を取りあげた。
とは言うものの、多少余裕が出来たとはいえ平日は残業もあって忙しく、丸4年離れていた街は今ひとつ勝手もわからない。第一、新しい出会い自体、いったいどこに行けばぶつかるというのだ。誰でもいいってワケじゃないのだ。僕のアタマには、ティーンズ時代の淡い想い出ばかりが去来する。だが、高校時代親しかった女の子たちはみな既に、それぞれの道を歩んでいた。
そんなとき、ひとつの記憶が蘇った。
2年前の秋、バイク事故で脚を故障し松葉杖をついて帰省した際に、自宅に程近い駅のホームを行くEを見かけたこと。傷めた脚は走り降りることもままならず、目の前で閉じられたドアの向こうをオトナの女性として美しく成長したEが改札に向かって歩くのを、ただ眺めるだけだった。すっかり空いた車両の座席に足を投げ出して座り込んだ僕は、初恋だったEとの出会いと既にステディのいる今の自分とを交互に想い、静かに気持ちを沈めたものだった。
そう。少なくとも2年前、Eは以前と同じ街に住んでいたのだ。短大に進学した彼女は、あの時点で就職していたはず。ならば、今も同じところにいるかもしれない。かけたことなど片手以下であろうとも、電話番号なら今でもそらで言える。なにも失うもののない今なら、優柔不断だったあの頃よりもよほどうまく、10年来の気持ちを表現できるに違いない。
6月初旬の日曜日、僕は電話器を取りあげた。
昔話をしよう。
昔話をしよう。
そのころの僕は、空っぽの心のままで、ただひたすら新しいルールやスキルを機械的に詰め込んでいた。新卒で三流広告代理店に入社したばかりのことだ。
同じ未来を夢見ていたワケじゃない。ただ、どうしようもなく広がる溝に必死で抗っていただけなのかもしれない。そうして過ごした泥沼のような半年余を経て、住む場所も環境も完膚なきまで一変した新生活に入った僕の心は、ただ空虚で、とにかく目の前の課題をこなすことに集中していた。
勘違いした上司や同僚から低くはない評価を得始めていた5月末、仕事にも余裕ができ、そろそろ独りであることが自覚出来てきたころ僕は、試しに同期入社の女の子をドライブに誘ってみた。
久しぶりの擬似恋愛ごっこはそれなりに楽しかった。と思う。正直なところ、ほとんど記憶がない。
ただ覚えているのは、その女 の子を自宅まで送り届けたあと、こんないい加減で適当な恋愛もどきをしていてもなんにもならない、と感じたこと。熱くなるものが、萌えるものが芯になけりゃ、恋愛なんてゲームにすらならない。
そうして僕は、新しい恋を探し始めることにした。
そのころの僕は、空っぽの心のままで、ただひたすら新しいルールやスキルを機械的に詰め込んでいた。新卒で三流広告代理店に入社したばかりのことだ。
同じ未来を夢見ていたワケじゃない。ただ、どうしようもなく広がる溝に必死で抗っていただけなのかもしれない。そうして過ごした泥沼のような半年余を経て、住む場所も環境も完膚なきまで一変した新生活に入った僕の心は、ただ空虚で、とにかく目の前の課題をこなすことに集中していた。
勘違いした上司や同僚から低くはない評価を得始めていた5月末、仕事にも余裕ができ、そろそろ独りであることが自覚出来てきたころ僕は、試しに同期入社の女の子をドライブに誘ってみた。
久しぶりの擬似恋愛ごっこはそれなりに楽しかった。と思う。正直なところ、ほとんど記憶がない。
ただ覚えているのは、その女 の子を自宅まで送り届けたあと、こんないい加減で適当な恋愛もどきをしていてもなんにもならない、と感じたこと。熱くなるものが、萌えるものが芯になけりゃ、恋愛なんてゲームにすらならない。
そうして僕は、新しい恋を探し始めることにした。