これまでのあの人の行動を考えると、たぶん裏で私のことあれこれ他の人に言って、うわさを広げられてると思う。
それが自分の生み出した被害妄想なのか、事実なのか、ハッキリとはわからない。だから自分を責めたりもする。「被害妄想かもしれないのに、不信感がなくならない」と。
だけど、
そう感じずにはいられない、背景があったんだよね。
自分が見聞きした中には、疑わしい、なんだか信じられない、そういう気持ちになるような出来事があった。
そう感じたのは事実だし、それが現にいまに影響してるのも事実。
「被害妄想かもしれない」という客観的に自分を見る視点はすばらしい。でもさ、自分の直感はけっこう当たってる時もあるから。その感じをあんまり否定しすぎないで。
不信感をもつから、危ないところからは離れることができるし、身を守ることができるのだから。
自分の身を自分で守るのは、とても大事なことなのだから。
不信感や疑わしい気持ちが起きたら、それを封印したり押し込めたりするよりも、その場から離れるサインかも。
それでもここからは離れられない、と思うのなら、自分にメリットも与えてくれてるからなの。
そのメリットは何だろう。考えてみて、不信感や疑念のデメリット、不健全さよりも、メリットのほうが大きいと思うのなら、続けてもいい。
受けているメリット、恩恵にも焦点を当ててみよう。
メリット・デメリットを挙げた上で、それでも自分は続けるのか、やめるのか。その選択をするのは自分。
どんなに誰から引き止められようと、誰がやめろと言おうとも、それもひっくるめて、メリット・デメリットを挙げて、どうするのか決めるのは自分なんだよね。
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