悲しみとどう向き合ったらいいか分からなかった、悲しむ資格があるのかも分からなかった女と、娘を亡くした男が、共に希望を見つけていく物語。
アリソン(フローレンス・ピュー)と婚約者のネイサン(Chinaza Uche)は、ネイサンの姉夫婦と芝居を見に行く途中、事故に遭い、姉夫婦は命を落とす。
運転をしていたアリソンも大怪我を負い入院し、自分の運転で二人が亡くなったことを知る。
アリソンは自分のせいで将来の義理姉夫婦が亡くなったという事実に耐えきれず薬物中毒になるが、自分は悪くないと思いこんでいる。
事故から1年後、ネイサンの姪っ子ライアン(セレステ・オコナー)は父親で元警官のダニエル(モーガン・フリーマン)と暮らしているが、ライアンも両親を失ったショックから抜け出せずにいる。
ダニエルは事故の原因がアリソンにあることを知っているが、彼女が立ち直ることを応援し、アリソンもライアンと向き合うことになる。
アリソンは悲しみから抜け出そうと薬物に手を出すが、それでも自分は悪くないと言うけど、やっぱり自分が原因だったというのは、無意識ではあるが知っていて、その葛藤に苦しんでるように見える。
罪悪感を言語化できないから伝えることもできない。
映画の冒頭、「結婚したらベッドでスマホをいじるのは禁止する」とネイサンがアリソンに言う。
このセリフがあったからこそ、気づくのがあまりに遅かったというのが、観る側にはストレートに入ってくる。
依存症の集会で再会するダニエルと再開したアリソンだが、拒んでいた彼女が今度はライアンと向き合うことになるんだが、共に乗り越えようとする共存関係になっていくのが切なく、ライアンの微妙で子どもっぽい行動もいいアクセントになってる。
フローレンス・ピューの、イケイケから薬物でヘロヘロからの生還は見事で、ストーリーにメリハリを与えてる。
モーガン・フリーマンは相変わらずの世界観で、こっちも安定してて楽しめた。
原題は「A Good Person(善良な人)」であり、人がいかに脆い存在であり、過ちを犯しながらも「善良」であり続けようともがく姿を示唆してる。
一方、邦題の「87分の1」とはダニエルの趣味の鉄道模型の縮尺のことで、原題の意味も含め、これは実際に見て感じて欲しい。
ラストの手紙が染みてくるので。
