もはや映画レビューの姿をした中央アジア史の調査ノート。
カザフスタン共和国、その前身となるカザフ汗国建国の英雄を描いた歴史超大作。
イリヤス・エセンベルリンの歴史小説『Diamond Sword』を基にした作品。
カザフスタン語に馴染みがないというわけでもないけど、男性ナレーションの声になれるまで大変やと思う。
ユーラシア大陸の大部分を支配する大帝国を築いたチンギス・ハン。
その長男ジョチに与えられた領地を基盤として、のちに「ジョチ・ウルス」と呼ばれる巨大な勢力圏が形成されていく。
日本では「キプチャク・ハン国」や「金帳汗国」と呼ばれることもあるらしい。
しかし14世紀に入ると、ジョチ・ウルスでは王位継承をめぐる内乱が激しくなり、各地の勢力が自立していく。
現在のカザフスタン一帯を含む東方では、ジョチの子オルダの系統を中心とする勢力が支配していた。
ところが、ここからがややこしくなる。
この東方の勢力を「アク・オルダ(白帳汗国)」とする資料もあれば、「キョク・オルダ(青帳汗国)」とする研究もある。
映画の日本語字幕でも「白帳汗国→青帳汗国→白帳汗国」と表記が変わるので、観ていて何が何だかワケワカメになった。
あとで調べてみると、これは単純な字幕の間違いだけとも言い切れず、白帳・青帳という呼称自体が史料や研究によって揺れてるらしい。
そして、1428年、この地域ではバラク・ハンが死亡し、同じ年にジョチの子シバンの系統を引くアブルハイルがハンとなり、遊牧ウズベクなどの諸部族をまとめて勢力を拡大していく。
ここも映画ではアブルハイルがバラク・ハンを倒して王座を奪ったように描かれているが、史実として「アブルハイルがバラクを殺した」と断定するのは難しいみたい。
そして1457年、アブルハイルはシグナク付近で東方から侵攻してきたオイラトのウズ・テミル率いる軍に大敗し、屈辱的な和平を余儀なくされる。
この敗北がアブルハイルの権威を大きく傷つけ、その後、彼に不満を持つ遊牧部族がケレイとジャニベクのもとへ集まり、カザフ汗国成立へとつながっていく。
本作ではオイラトとの戦いに、ケレイ・ハーン(カイラット・ケマロブ)とジャニベク・ハーン(イエルケブラン・ダイロブ)が参戦している。
この戦いで、援軍はシャイバンジャーに待機を命じられ、アルグン族はシャイバンジャーに撤退を命じられ、ケレイとジャニベクは、ハンに裏切られたことになる。
そこにオイラトが来て、ウズ・テミルがジャニベクとケレイに「スルタンよ分かっている、シャイバンジャーの望みはお前たちの死だ」「だが彼の好きにはさせない」「お前たちは生かす価値がある」「取り決めについては使者を通じて彼に知らせる」という。
ところが史実を調べてみると、1457年のこの戦いにケレイとジャニベクが参加していたこと自体に根拠がないという指摘もあり、このあたりは映画の物語と史実を分けて考えた方がいいみたい。
「こうして青帳汗国の軍はオイラトに敗北した」と字幕にはあった。
ところが、それまで白帳汗国と表記されていたものが青帳汗国になり、その後また白帳汗国に戻る。
原語が分からないので実際に何と言っているのかまでは確認できないが、日本語字幕だけを追っていると白帳汗国と青帳汗国が何を指しているのか、さっぱり分からなくなってくる。
汗国とは、簡単に言えばハンが統治する政治勢力を指す言葉らしい。
ハンとハーンについても単純に「皇帝=ハーン、その下の部族長=ハン」と分けられるものではなく、言語や時代、日本語への転写によって表記が揺れるらしい。
とにかく名前が似てそうで似てないのでこんがらがる。
この戦いでは映画でも双方に大きな犠牲が出るが、史実ではアブルハイルの息子アフマドと弟バフティヤールが死亡したとされている。
アブルハイルはこの敗北によって求心力を失い、彼の支配に不満を持つ部族がケレイとジャニベクのもとへ集まっていく。
そして二人は配下の遊牧民を率いてモグーリスタンへ移動し、その支配者エセン・ブガに受け入れられ、チュー川流域などに拠点を与えられる。
これが1465~66年ごろのカザフ汗国成立へとつながっていく。
いよいよここから本題、映画では1458年のシグナク集落。
アブルハイル(ドスハン・ジョルジャクシノフ)は約30年前の1428年にハンとなり、長い時間をかけて大草原の支配者へとのし上がった人物として描かれる。
映画では彼を「シャイバンシャー」と呼ぶ場面が多いので余計にややこしい。
調べてみると、アブルハイルはジョチの子シバンの子孫=シャイバン系ではあるが、「シャイバン」がアブルハイル本人の名前だったわけではないらしい。
彼はトランソクシアナへの軍事作戦などを通じてティムール朝とも関係を持ち、ティムールの孫ウルグ・ベクの娘ラビア・スルタン・ベギムを第4夫人とする。
そのアブルハイルは、狩りの最中に落馬し、ライオンに襲われそうになったところをジャニベクに助けられるが、今度はジャニベクが何者かに矢を射られる。
ジャニベクが犯人に誰の命令かと迫ると、その賊をアブルハイルが殺してしまう。
アブルハイルはかねて「最も信頼できる武器は死」だと言っていたが、これが後の伏線となる。
そして息子シャフモハメドに「敵はジャニベクとケレイの子、カシムとブルンダク」だとも言っていた。
ただ、このあたりも映画独自の脚色がかなり入っているようで、狩りの最中にジャニベクがアブルハイルを助けたというエピソードにも史実上の裏付けは確認できない。
第一夫人は、ジャニベクの子カシムが「オルダ・イェジェンの子孫が次のハンになる」「青帳汗国の崩壊後にケレイが白帳汗国のハンになる」と言っていたのに、それを聞いたシャフモハメドが黙っていた、とアブルハイルに告げ口する。
そしてラビアがジャニベクと恋仲だともいう。
しかし、このラビアとジャニベクの関係についても史実というより映画上のドラマとして観た方がよさそう。
オイラトとの和平交渉では、アブルハイルの孫を人質として差し出すよう要求される。
青帳汗国の民は重い苦しみを背負い、若者は男女を問わず家族から引き離され、奴隷として連れて行かれる。
韓国ドラマ『奇皇后』でもあったけど、モンゴル系勢力が戦争で人を連れて行く描写は、こういう歴史物ではよく出てくる。
そして、この屈辱的な和平とアブルハイルの支配に反発するキプチャク草原の民は、ケレイとジャニベクのもとに集結する。
スルタンたちは部族の有力者たちを集め、アブルハイルのもとを離れてモグーリスタンへ移住することを決める。
結局、この時代の草原社会を現在の「国」という感覚だけで理解しようとすると分かりにくい。
いろんな部族が地縁・血縁、婚姻や主従関係によって結びついていて、その結びつきが変われば政治勢力そのものが大きく動く。
そして部族が結集する一方で血縁関係が壊れることにもなり、いとこ同士で争うことになる。
映画のアブルハイル=シャイバンシャーは、ケレイとジャニベクの勢力を恐れ、部族同士を対立させることで権力を維持しようとするが、それが逆に人心を失う原因にもなっていく。
なんしか、顔が似てるうえに登場部族が多く、それぞれの名前も似たりよったりで、人間関係と部族関係の整理が追いつかん。
顔の左ほっぺにある印も、あったりなかったりするし。
しかも白帳汗国と青帳汗国の字幕表記まで途中で変わる。
実際、メモを取りながら人物や歴史を調べていたら、最初の20分を観るだけで1時間以上かかった。
2時間ちょっとの映画やのに、もはや映画を観てるのか中央アジア史を勉強してるのか分からんくなってきた。
そして1465年、キプチャク高原のシーンは圧巻で、土地を持たない遊牧の民というのがよく分かる。
皆さん馬術に長けてて、大自然とか大草原とかいう次元の話ではない迫力ある映像で、CGを使ってるっぽいけど、「はい、カット〜!」とか「やり直し!」とか、どんな方法で撮影したのか気になる。
本家と言っていい、馬上から弓を射る戦いにはものすごい迫力があって、やっぱり引き出しが多いと思う。
そして女性も立派な戦士として戦ってるのがすごい。
「アラーの神よ」というセリフがあったけど、風俗も中東と似ていて、この頃の中央アジアを現在の国境線や民族国家という感覚だけで捉えると、余計に分からなくなるんやろうな。
役者さんの顔も東洋人っぽいし、衣装が中国や朝鮮の古代劇で見るようなものに似ていて、それでいてどこか中東っぽい。
東洋と西洋、中東が交わる中央アジアという場所そのものが映像になっているようで、この文化の入り交じり方も面白い。
そう言えば『中央アジアの草原にて』というボロディンの曲があったけど、あの曲の雰囲気がする。
聞き慣れない言葉に初めは戸惑うし、字幕表記まで揺れるので序盤はかなり大変。
それでも人物関係と時代背景がある程度整理できてくると、ケレイとジャニベクの反乱という話だけではなく、いろんな部族が離合集散を繰り返しながら一つの新しい政治勢力を形成し、それがカザフ汗国へつながっていく物語として見えてくる。
序盤の時代整理さえできたら、騎馬戦や大草原の映像だけでも十分に観る価値がある、いい映画やと思う。
とにかく、字幕 → ググる → 映画 → カザフ史 → また映画 →「お前、さっきと名前ちゃうやんけ!誰やねん!」でたいへんやった。
