アウシュヴィッツ強制収容所から解放されたユダヤ人が、故郷のイタリアを目指しながら「人間の生活」を取り戻していくロードムービー。
アウシュヴィッツの地獄を生き延びたイタリア系ユダヤ人プリーモ・レーヴィ(ジョン・タトゥーロ)は、ソ連軍によって解放されたものの、移送される汽車が故障して立ち往生し、困った挙句、ギリシャ人のムルド(ラデ・シェルベッジア)と行動をともにすることにする。
ムルドは「戦争は終わったが、生きるための戦いは死ぬまで続く。靴のない人間に未来はない」と、プリーモを引き連れ放浪の旅に出る。
プリーモは旅の途中でムルドと袂を分かち、故郷トリノへ帰るためにひたすら歩く。
アウシュヴィッツ強制収容所からいきなり解放されても、どうしていいか分からない。
昨日まで囚人だった人間が、突然「ハイ、自由です」と言われても、自由になったからといって生活まで戻ってくるわけではない。
そこに来たのがソ連軍で、信用していいのかどうかすら分からない。
それでもプリーモは故郷のトリノを目指す。
ムルドの存在感が圧倒的で、行く先々で口八丁手八丁、相手を丸め込んではその場に溶け込み、「サバイバルのルール」を身をもってプリーモに見せつける。
そして別れる時には靴を置いて立ち去り、プリーモにとってはバランサーのような役柄。
ムルドの、「靴のない人間に未来はない」というのが超現実的で、思想でも正義でもない。
「生き延びたければ、まずは靴を履け」がものすごく現実なんやと思う。
だからプリーモにとってムルドは単なる旅仲間ではなく、収容所から出たあとにもう一度「生きる方法」を教える人間に見えてくる。
オデッサーに向かう機関車が故障し、ミンスクでまた降ろされるが、誰彼なしに徒党を組んでオデッサを目指す。
ここでドイツ人捕虜が「パンをくれ」と寄ってくる。
プリーモは拒否しようとするが、ダニエーレがパンを置くと、捕虜たちはパンを奪い合う。
そして歩き続け、ロシア人から”クーリッツァ(鶏)”を恵んでもらい、仲間と分け合って食べる。
そして、ムルドと再会する。
印象的だったのが、同じ収容所にいた女性と再会するシーン。
食事を貰いにいった時に、この女性に食事を分け与えようとすると、食料を配る男が「アウシュビッツで十分食べた」「SSと食ってた、彼女には必要ない、出ていけ近づくな」という。
アウシュヴィッツで行われた最悪の罪は、食事を与えなかったことでも、命を奪ったことでもない。
彼らの最悪の罪は、我々の魂を砕いたことだ。
我々が持つ慈悲の心を憎悪で埋め尽くしたことだ。
お互いに対してさえも。
作者はこれがいいたかったと思う。
面白いのが、故郷を目指す苦難の行軍なんだが、そんな中でも音楽を忘れないこと。
自分たちで曲を作ったりして、和む時間を作ってる。
お調子者がいたり、一服の清涼剤のようなシーンもあり、実際もこんなんやったんだろうな、と思ってしまう。
故郷を目指し、いろんな人間とその時々の「友人」として行動をともにし、時には徒党を組む。
プリーモはヨーロッパ中を転々とするが、最後に中継地としてミュンヘン駅に着くと、アウシュヴィッツ収容所にいた兵士と再会する。
この時、駆け寄るプリーモに対して兵士はひざまずいて謝罪する。
淡々としてるが、重たすぎず、静かな良い映画やった。
