何を伝えたいのかがさっぱり分からない、在日朝鮮人青年の青春グラフィティー。
中学校まで朝鮮学校に通ってた杉原(窪塚洋介)は、高校から日本学校に通う。
そして国籍も朝鮮から韓国に切り替える。
杉原は小学4年生の頃から、東洋フライ級7位の父親・秀吉(山﨑努)にボクシングを習う。
毎日喧嘩に明け暮れていた杉原は、桜井(柴咲コウ)と知り合ったことで国籍という呪縛から解放されていく。
そんなある日、駅のホームでチョゴリを着て通学する朝高生の女の子をかばったことで、杉原の民族学校時代からの大親友ジョンイル(細山田隆人)が刺され、命を落とす。
ここから杉原の青年の主張になっていく。
杉原が拳一つで、在日朝鮮人に対する社会の偏見や、理不尽な国籍の枠組みを殴り倒していくという話が物語の芯になってると思うが、致命的にリアルさがないので実感が湧かない。
小説の原作者である金城一紀の中学校まで朝鮮学校で、高校から日本の学校に通った経験をもとにした作品とのこと。
金城一紀は1968年生まれなので、急激に在日を取り巻く環境が変わり始めた時代だったが、雰囲気的に私の時代とそう変わらないと思う。
だから朝鮮学校の描写は、恐らく本人の経験や願望と、先輩などから聞いた話がごっちゃになってると思う。
だから時系列もおかしい。
それと最も違和感があるのが、杉原が父親に「〜しろよ」「おい、親父」と言うところ。
アレはありえない。
少なくとも私の周りでは聞いたことがないし、そんな口の利き方をしてると知ったら、周りも黙ってないと思う。
それどころか、東洋フライ級7位の父親に向かっていくか?って。
だから、同じ在日朝鮮人をテーマにした『月はどっちに出ている』と比べると、リアルさがなく、作り物感が半端ない。
あっちは在日の生活の匂いがしたけど、本作には感じられない。
ジョンイルが駅のホームで刺されるシーンも、思わず「なんで?」になるほど不思議な描写で、リアルさはまったくない。
そこから始まる杉原と桜井の話も、まるで違う映画のような作りになっていく。
杉原が「小銭もってない?」と声をかけてきた巡査を突き飛ばしたシーンも、その後に回収するシーンもない。
まぁ、観ていて何が言いたいのかは分かるが、唐突すぎる。
あれは「経験者は知ってるっ」、て話で、あの文脈で入れても意味がない。
北朝鮮に帰った叔父の死など、よくあるエピソードの詰め合わせになってるが、急ぎすぎて、それぞれのプロットの意味が伝わらないと思う。
まぁ、ここは『月はどっちに出ている』と同じで、当事者なら分かる話なんだけど。
映画としてどういう演出をしたいのかもよく分からない。
だからテンポも悪い。
役者の演技もアレで、特に窪塚洋介の棒読みは醜い。
ただ、山本太郎が朝鮮半島を題材にした作品に出てる印象はやっぱり強い。

