時代的には、1980年代のコリアンコミュニティーの姿を描いた群像劇。
梁石日の小説『タクシー狂躁曲』を映画化した作品。
主人公カン・チュンナム(岸谷五朗)の目を通じて、在日1世である親の世代が築いてきたコミュニティーの中で、自らのアイデンティティや生き方に悩み、もがく姿をリアルに描いてる。
同級生のセイル(小木茂光)が社長の「金田タクシー」で働くチュンナムは、同僚のホソ(有薗芳記)から「朝鮮人は嫌いだけど...」と言われながらも黙々と働く日々の中、母ヨンスン(絵沢萠子)のスナックで働くコニー(ルビー・モレノ)のアパートに転がり込んで一緒に生活を始める。
セイルは同級生の貸金屋グァンス(遠藤憲一)からゴルフ場の開発を持ちかけられ、半信半疑ながらこの話に乗ったことで、莫大な借金を背負うことになる。
それでもチュンナムは、明日に向かって生きる。
というストーリー。
80年代後半にかけて、日本にはアジア各国からの出稼ぎ労働者が急増する。
ヒロインのコニーのようなフィリピン人ホステスやイラン人労働者などが、伝統的な在日コリアンのコミュニティーと交錯し、やがて入れ替わっていくことになるが、この頃はまだコミュニティーがしっかりと存在していたと思う。
だから差別や偏見は存在したが、今ほど醜いことはなかった。
ヨンスンが段ボール箱に衣類を詰めていると、チュンナムがお金が入った封筒を段ボールの底に隠して、ガムテープを張るシーンや、この時にチュンナムが言った「済州道はダメ、民団はダメ」というセリフ。
この映画を観ると、当時の在日コリアンが置かれていた現実を、自然と思い出してしまう。
公開当時、友だちの間でも「あれ、日本人が聞いても意味分からんやろ」と笑い合ったもので、我々からすると、「あったな」と思わせるシーンやセリフが実に多い。
梁石日原作の映画は当時のことをマメに描いていて、立ち位置としては総連寄りだと思う。
とにかく「ある、ある」のシーンや設定が多く、今となっては当時を知る貴重な資料と言ってもいい。
日本企業への就職もままならない中で、貸金業やスナック、タクシー業界、パチンコ店、町工場など、ほぼ自営業が多かった。
名字も金田や新井など、我々からすると「そのスジね」となり、見るからに在日と分かる友達は「顔面登録」なんて言われていた。
在日に自営業が多かった背景には、職種が限られていたこともあり、日本企業に就職しようとすると通名を使うことが条件になったり、帰化を迫る会社もあった。
陸上部の先輩がアシックスから声をかけられたり、同級生が大学での研究成果から花王に声をかけられたが、どちらも帰化が条件で断ったと言っていたこともあった。
私も大阪にいる時はずっと本名で通していたが、仕事で石川県に来た時に通名を使うように、会社から言われ、今に至ってる。
チュンナムがホソから「朝鮮人は嫌いだけど…」と言われても、黙って耐えるしかなかった。
あの時代、多くの在日コリアンにとって、自営業は夢ではなく、生きていくための選択肢だったわけで、この映画は、そんな時代の空気を今に伝える貴重な一本だと思う。
