『禁じられた遊び』 | 三匹の忠臣蔵

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日々是好日。
お弁当ブログだった「お弁当にはたまご焼き」からリニューアル。
映画レビューを中心に、日々思いついたこと、感じたこと、趣味のことを書いてます。

今日は終戦記念日とおかしな名前をつけてるが、正しくは「敗戦の日」だと思う。
第二次世界大戦に想いをはせる映画として、アマプラに出てたので本作を選んだ。

1940年6月、ドイツ軍に追われてパリから南フランスへ向かって逃げ惑う避難民の群れに、ドイツ軍の戦闘機が激しい爆撃と機銃掃射を浴びせるシーンからはじまる。
ポーレット(ブリジット・フォッセー)も両親と逃げる途中に空爆に遭い、橋の上で両親と愛犬を失ってしまう。

逃げた牛を追っていたミシェル(ジョルジュ・プージュリー)は犬の死体を抱きながら泣いているポーレットを、「ちがう犬をあげるから」と家に連れ帰る。

ミシェルの父ドレ(リュシアン・ヒューバート)と母(シュザンヌ・クルトワ)は突然やってきた身寄りのないポーレットを、不器用ながらも受け入れる。

ポーレットが愛犬を埋めてやろうと土を掘っているとミシェルがやってきて手伝い、「二人で犬のお墓を作ろう」というが、ポーレットはお墓の意味が分からない。

しかし、お墓なら十字架がいる。

そして一匹では寂しいだろうと、他の動物(友達)の死体も集めはじめる。

 

 


 

 

 

 

昔は、この有名な美しいギターの旋律の題名は『禁じられた遊び』で通ってて、実際は『愛のロマンス』といい、ギターを持ったら必ず弾く曲になっていた。
子どもの頃に観たときは二人の「十字架集め」が滑稽で笑ったのを覚えてる。

しかし今観ると、この”禁じられた遊び”は子ども特有の基地遊びに似てると思う。

子どもたちだけの秘密の領域で、大人にバレてはいけない、大人が立ち入ってはいけない子どもだけの聖域。

大人が戦争という名のもとで殺し合い、その裏では子どもたちがひっそりと「死んだ動物たちのお墓を作り、祈りを捧げる」という儀式を行う。
純粋な5歳のポーレットを、ちょっと大人に近いミシェルがいたわり助ける。
これを悲しそうでいて、どこか悲しくないギターの調べが伴走する。

とにかくポーレットを演じたブリジット・フォッセーが可愛い。
ちらちら見えるパンツが幼さを演出してる。

そして田舎育ちのミシェルを演じたジョルジュ・プージュリーが無条件でポーレットを守ろうとする。

これは愛と言うより同志に近い。
子どもながらの、大人には内緒の共通の秘密を持つ仲間と言ったところかな。

ミシェルの姉ベルト(ロランス・バディ)と、親同士が敵対している隣人グアール(ジャック・マラン)の息子レイモン(アメデ)との「ロミオとジュリエット」が一服の清涼剤になっていて、純真なポーレットとミシェルとの対比にもなってる。

しかしお互いの弱みを握ってるミシェルとベルトの「逢引きバラしたんぞ vs 十字架盗んだやろ」のシーンは笑えた。

そしてドレとグアールは隣同士でいがみ合っているが、二人が「なぜ争っているのか」は描かれていない。
戦争に理由なんかないということなんだろうね。

特に印象に残ったのは、ミシェルとポーレットが”死体の名簿作り”をしているとコオロギがやってくるシーン。

ミシェルは空爆を真似るようにコオロギを殺すと、ポーレットは殺さないでと泣く。
するとミシェルは「僕じゃない、爆弾のせいだ」といい、「生きてると埋められない」ともいう。

ミシェルは照明弾に喜んだり、戦争が身近にあり、それを不思議なことだとは思っていない。
しかしポーレットは戦争の実態を知ってる。

戦争を遊びとして真似るミシェルと、その戦争によって両親を失ったポーレット。
戦争を知らない人間にとって、戦争はいつしかゲームのようなものになってしまうのかもしれない。
この二人の対比が、今の日本を覆ってるような気がする。

そして最後には、二人だけで作っていた「子どもの聖域」までもが大人の世界に壊されてしまう。
ラストはあまりにも悲しい。

 

 

 

『禁じられた遊び』