『ギョンアの娘』 | 三匹の忠臣蔵

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お弁当ブログだった「お弁当にはたまご焼き」からリニューアル。
映画レビューを中心に、日々思いついたこと、感じたこと、趣味のことを書いてます。

リベンジポルノに遭ってしまった女性の葛藤を描いた作品。
社会問題というより、被害者の暮らしがどのように壊れ、そして手探りで再生していくかに焦点を当てている。

実家を離れて高校の非常勤講師として働くヨンス(ハ・ユンギョン)は、仕事の帰り道にかつての交際相手サンヒョン(キム・ウギョム)の待ち伏せに遭う。
よりを戻そうとするサンヒョンに対し、ヨンスはきっぱり断るが、帰り際にサンヒョンの「後悔はないのか」という言葉を背中で聞きながら別れる。

数日後、サンヒョンはヨンスと付き合っていた当時に撮影した二人の動画を、ヨンスの母親であるギョンア(キム・ジョンヨン)に送りつける。
この動画はヨンスの友達にも送られていて、彼女は友人からの知らせで動画の存在を知る。

ことの顛末を察知したギョンアは、ヨンスより先に拡散したのがサンヒョンだと知り、彼の親が経営するカフェに向かうが、現れたサンヒョンを取り逃がしてしまう。

ヨンスは警察に行き被害届を出すが、「動画の撮影を同意したのか」と聞かれ、言葉に詰まってしまい、これが彼女の足かせになってしまう。

ギョンアがヨンスのアパートを訪ねたことで、ヨンスはギョンアがこの動画のことを知っていたことに気づく。

ここからヨンスの力になろうと奔走する母ギョンアと、二次被害に遭いながらも自分で解決しようとするヨンスとのすれ違いが浮き彫りになる。

 

 


 

 

雰囲気的に、名優キム・ジョンヨンとハ・ユンギョンの二人芝居で、ワンシチュエーションドラマのような映画になってる。

犯人のサンヒョンは捕まったとはいえ、ヨンスはこの動画のことを誰が知っていて、どこまで拡散されるのかという恐怖と背中合わせで生きることになる。
ここから二次被害が始まり、彼女は学校も辞め、住まいも引き払い、ギョンアにも居場所を知らせない。

ヨンスは、拡散された動画削除の業者に支払う資金も必要なので、ネット家庭教師になる。

しかしネット越しとはいえ、自分の顔が相手に知られることに恐怖を感じ、アバターで家庭教師を続ける。

ところが勝手に携帯電話の番号を生徒に教えたことに憤り、会社を辞めてしまう。

数年ぶりに会った友人も動画のことを知っていて、「よく似てるけど、あれは自分じゃない」と言うのが精いっぱい。
何もできない無力感が伝わってくる。

母だから頼ろうとしたギョンアが開口一番「あれじゃ売春婦だ」「この動画の撮影に同意したのか」と言い放つ。
するとヨンスは、なぜかギョンア自身の生き方を責める。

ヨンスからすると、一番安全な場所だと思っていた母親も、最初に「被害者としての娘」ではなく、動画に映った自分を評価されてしまうことに、耐えられなかったんだろな。

確かにヨンスからするとそっとしておいて欲しいし、拠り所と思っていた母親から「売春婦」と言われると、さすがに立つ瀬がない。

しかしギョンアはヨンスの先回りをして、先手先手で対応する。
それはギョンア自身も、無責任な噂話によって村八分になった経験があったから。
だからこそヨンスの”これから”が手に取るように分かり、弁護士の手配までする。

しかし、ギョンアの頑張りとは裏腹に、ヨンスは示談を選択する。徹底的に闘おうとしていたギョンアからすると、悔しくてたまらない。
サンヒョンの母親が、息子のために「示談にして欲しい」と頼むと、ヨンスは「全財産出せますか?」と返す。

ここは観てるこっちも歯がゆい。

とはいえ、これはヨンスの人生なので、ギョンアにもどうすることもできない。
そしてラストは、同じように目に見えない噂によって傷ついた母娘が、真逆の選択をする。

日本でもリベンジポルノは一時大きく取り上げられて、SNSでも「デジタルタトゥー」と言われるように、その被害は想像すらできない。
にもかかわらず本作は、どこか他人事のように淡々と描いていることで、迫りくるものがある。

言い方は悪いが、騒ぐギョンアと、淡々とやるしかないと悟ったヨンス。
このままだと娘も私と同じようになる。

ギョンアは、自分と同じ道をヨンスに歩ませたくなかったのだと思う。

無責任な噂によって傷つき、そこから逃げた自分の二の舞を踏ませたくない。

だから娘の先回りをして、必死になって闘おうとした。

しかしヨンスは、ギョンアが思っていた以上に大人で、ギョンアが思っていた以上に強かった。

リベンジポルノは犯人が捕まって終わりじゃない。

動画を消して終わりでもない。


観ながら、『ギョンアの娘』というタイトルが不思議だったが、ヨンスは壊された「自分」を取り戻そうとしていたように思う。
だから彼女は、「ギョンアの娘」ではなく「ヨンス」として生きていくことを選択した。

それを悟ったギョンアは安堵した。

そう思わせるラストだった。

 

 

『ギョンアの娘』